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眞匏祗’  作者: ノノギ
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第二十九話 黒き目の強大たる力

 薪が以前、紅眼よりも使いやすいといった力。薪の有している最高峰の力。ただ、その使い方を誤ってはならない危険な力でもある。


 黒眼、と穂琥がもらしたことで李湖南も少しあせりを見せた。その焦る意味もよくわかる。恐ろしいまでのその纏う気配に完全に呑まれてしまっている。呼吸さえも忘れさせる圧倒的な力。その力を前に穂琥は心底恐怖した。今まで出会ってきたものの中でもここまで凄まじい殺気と眞稀を感じたことがない。それを放っているのが薪であるということが恐ろしくてたまらない。


 伏せがちの薪の目が完全に上を向いて李湖南を捕らえたとき、恐らく李湖南は終わる。生死は関係なく。とにかくこの李湖南という核は完全に壊れる。それだけにとどまればいいのだが。穂琥は薪にそんなことをさせたくなかった。恐らく自分が原因。あんな小もない術に掛かって薪を怒らせたことが原因だろう。だから今の薪を止められるのは穂琥だけかもしれない。穂琥は必死に考える。どうすれば薪を止められるだろうか。


 考えるまでもなかった。もうすでに遅かったのだ。何とかしなくてはと思った直後に、李湖南の耳に耐えない絶叫が迸った。その声に穂琥は身体の奥から震えが来た。そして耳を塞ぎたくなった。


 黒眼の能力。穂琥がチートだ、反則だと意味がここにてわかると思う。この『眼』は他の眼とは異なりただ『合わせるだけ』で相手を押しつぶせる最強の、そして最厄の力。視線がぶつかった瞬間に相手へ苦痛を与える。己の眞稀を相手へ強制的に流し込み、相手の眞稀の流れをめちゃくちゃにする。それは生きたまま身を切られることよりも苦痛のこと。人間で言う全身の血液が一気に逆流を始めるということ。あるいは血管のかに多量の水が浸入することに等しいかも知れない。


 一層死んでしまったほうが楽かと思えるくらい苦痛が全身を駆け巡る。とめどなく荒れ狂う薪の眞稀が全身を確実に崩壊していく。


「薪!やめてぇ!!」


穂琥の悲痛の声が薪の耳に届く。はっとして薪は閉眼する。しかし薪の眼からは無茶な開眼による涙がとめどなく溢れていた。意識が狂う。薪は閉眼したは良いがどこを見て良いのかわからずぼけた視界が広がるだけだった。そうして意識が少しだけ遠くなる。これが黒眼のデメリットかもしれない。己の眞稀を相手へ強制的に流し込むということは己の眞稀がどんどん減っていくということ。力を失うということ。無論、時間が経てば眞稀など回復するが冷静さを失って完全に怒りに任せて押し込めばそれの量を回復するのにはずいぶんな時間が掛かってしまうことだろう。


 穂琥は倒れた薪を抱えて崩れ落ちる。


「馬鹿!薪の馬鹿!馬鹿馬鹿馬鹿!!」


薪の頭の上で涙をボロボロこぼしながら穂琥が叫んだ。桃眼を開いて薪を治さなければ。開いている眼からは疲労による涙が溢れ出ている。しかしその眼は焦点が合っておらず穂琥の不安をあおった。


 物音がしたのはいざ、薪を治そうとしたときだった。あわてて振り向くとふらふらとしながら立ち上がってくる李湖南の姿だった。


「そんな・・・!?」

「ふふ・・・さすが、としかいえませんね・・・・ぐふっ・・・」


李湖南は吐血をしながら笑っていた。恐らく壊しきる前に穂琥が薪を止めたので李湖南のほうも重症になるまでもなかったのだろう。それがよかったようなよくないような。穂琥は複雑な心境に駆られていた。


「薪様の治療はさせませんよ・・・」


弱い声で李湖南はそういった。穂琥はその言葉にもう攻撃をする。確か、李湖南は薪を仲間に入れたいと思っていたはず。それならば今は治すことを最優先にするべきだと。


「いや・・・今の、状態のほうが・・・洗脳しやすい。治すのはそれからだ・・・。もし、それで・・・。失せてしまうよう、なら。いりません」


李湖南は途切れ途切れにそういう。穂琥の眼にぐっと力がこもる。


 一体自分は何のために薪に付き合ってもらって修行をしたのだろう。これじゃ意味がないじゃないか。結局薪を護ることなんて出来ていないじゃないか。護られるばかりで。傷つけるばかりで。


 こんなことをするためにここについてきたわけじゃない。何も出来ない自分が惨めでしょうがない。悔しくて仕方がない。


 眼にくっとちからを入れる。さぁ、開眼だ。こんな情も徳もない馬鹿には付き合ってなどいられない。早く、薪を助けなければならないのだから。


 李湖南が飛ばしてきた眞稀。穂琥はそれを触れずに微動だにせずに飛散させた。


「何!?」


突然の穂琥の眞稀の向上に李湖南も言葉を詰まらせた。


「私はもう、嫌なの」


薪を傷つけて苦しい思いをさせて。辛い事は全て薪に押し付けることが。ゆっくりと立ち上がった穂琥の瞳は柔らかく閉じられたままだった。


「黒眼を受けた貴方を助けようと思った。幾ら敵でもそんなことは薪の意思に反する。でも。それももうやめる」

「ほう?ではどうするかね?」


李湖南は笑う。少しだけ汗ばんでいることからまだ身体の中に薪の眞稀が残っているのかもしれない。それでも今はどうでもいい。


 薪は傷つけることを極度に恐れた。敵でも味方でもどちらでも。でもそんなこと弱い穂琥には言えない。過去の過ちのない穂琥には理解できない。薪がどんなにそれを嫌だといっても薪をこんな風に傷つけて苦しめているような奴を野放しになんて絶対にしたくないし、簡単な刑罰で終わりになんてしたくない。だから、薪の代わりに自分が鬼になる。どんなことも咎める鬼になる。


「私は貴方を許さない」


穂琥の強い言葉。李湖南は一瞬だけすくんだが、指をぱちんと鳴らすとその周りに眞匏祗が集結した。


「許さないからなんですか?我の周りには信頼しゆる壁がありますよ?」

「信頼?果たして誰のことを言っているのかしら。笑わせないでよ。己を護るためだけの『手駒の盾』でしょう。そんな安い壁で私の怒りを防げると思わないでよ。言ったでしょう。私は貴方を絶対に許さない」


穂琥の苛烈な力が当たりに迸る。


 薪がいなければ何も出来ない。それくらいわかっている。でも逆に。薪がそこにいてくれれば。薪が後ろで見守ってくれていれば。何だって出来る気がする。


「何を世迷言を。そもそも傷つけたのはあなたでしょう?穂琥様」

「えぇ。そうよ。だから私は私を一番許さない。だから本当ならここで死んで詫びたいくらい。でもそれをしてはならない理由がある。それにそんなことをしたら薪が嘆くわ。私は生きてこの罪を償う。薪と同じように」


穂琥のその覚悟の眼を見て李湖南は怯んだ。


 こんな下らない争いをさせたこと。穂琥に刀を向けさせたこと。そして何より、黒眼を開眼させたこと。この三つ。これを咎として今から本気で李湖南を叩く。李湖南が今、ひどくにくい。それでも今このやられた三つ分以上は決して叩けない。


―遣られた分はやり返せ。その代わり遣られてない分は決してやるな。


それが薪の意思。薪の想いなら。それを否定するような行為はしたくない。だからこの散発に全てを載せて全てを込めて終わりにする。


―絶対に許さない


穂琥の眼がゆっくりと開く。この長い時で溜めた眞稀が『眼』へと力を変える。その開いた眼を見て李湖南は言葉を失っていた。見たこともないその『眼』に恐怖心を煽られていた。


 このとき。ぐったりとしていた手がわずかに動いたのを誰も知らない。


「さぁ、お仕置きの時間だよ」


穂琥の手がゆっくりと上がる。眼からその穂琥の手へと眞稀が流れこむ。その力の大きさは計り知れないものだろう。


大歳たいさい!」


穂琥が声を上げた瞬間、穂琥の突き出した手から眞稀が放出される。李湖南は中を舞った。周りを固めていた眞匏祗たちはひどく驚いた顔を青ざめさせて今出来た出来事を理解しようとしていた。


太白たいはく!」


有無を言わさず二言目が穂琥から発せられる。それに伴って李湖南は落ちかけていた身体がさらに上へと吹っ飛ぶ。そしてむなしくも地面に叩きつけられる。


「ぐ・・・!!こ、こんなこと・・・たったの二発でこれほどまで・・・。いや、だが二発でこれ。後一発でできるかな?」


ふざけた笑いが李湖南の顔に浮かぶ。しかし今の穂琥にその笑みは見えない。笑っていればいい。好きなだけ余裕をかましていればいい。知らないのだ。次に撃つ穂琥の込める眞稀の量を。


「黒眼を開眼させた罪は重いわよ」


穂琥の重たい言葉に李湖南は笑みを消す。鮮烈だが鋭い碇を含めた穂琥の眞稀は周りにいる眞匏祗たちの膝を折らせた。李湖南だけはかろうじてその場に立っていた。しかし、それだけ。立っていることで精一杯だった。


「本当はあなたを殺してやりた。でも薪は生きているもの。命はみな平等。だからあなたを殺すわけにはいかないの」


穂琥は感情のあまりこもっていない表情で李湖南に向かって最後の眞稀を放つ。


「太陰!!」


放たれた眞稀に李湖南は宙を舞った。どさりと地面に叩きつけられた李湖南は起き上がってこなかった。穂琥はそっと手を下ろして目を細める。本当だったらもう一発打ち込んでやりたい。でも、だめだ。これ以上遣ってしまったら本当に殺してしまうかもしれない。


「ひゃはっ・・・ひゃははははは!!」


穂琥は驚きで固まった。そして勢いよく振り向く。すると寝そべっている状態で李湖南が狂ったように笑っていた。穂琥はその笑い方にだんだん怒りがわいてきた。


「何よ!」

「ひゃははは!我は生きている!何度でもお前らを追い込んでやる!何度でも苦しめてやる!ひゃははははは!!」


まだなのか?こいつはまだ懲りていないのか?


 穂琥の中にけたり狂う怒りの炎が穂琥の頭をおかしくさせた。もう、こんな奴、この世から消えてしまえばいい。そんな風に思った。そしてぐっと手に力を込めて眼から眞稀を送る。四発目の攻撃。


「歳け・・」


言い切る前に言葉が切れる。驚いたからだ。後ろからそっと包むようにして穂琥の手に血が通っていないのではないかと思えるくらい冷たいでも、どこか温もりを感じる手がかぶさる。そしてあげていた手をそのまま下ろされる。


「もう止せ」

「し・・・ん・・・?」


後ろから抱きかかえるように穂琥の攻撃を止めた薪。


「これ以上はだめだ。そんな勢いのを当ててはだめだ。オレなんかのために穂琥がそこまでする必要はない」


聞き取れないくらい小さな声で薪は言う。途切れ途切れ息が荒いことを見ると恐らく経っているのもやっとなのではないかと思えるほどだった。


 穂琥の手を下ろすと変わりに薪が手を上げて未だに気味悪く笑っている李湖南に向けて、一瞬眞稀を放つ。その瞬間、李湖南は静かになった。


「この程度の眞稀で気を失うんだ。もういい・・・」


眞稀を放った手をそのまま穂琥を抱く。穂琥は冷たい薪の体温が怖かった。このまま消えてしまうのではないかと思えるくらい冷たかった。いつも暖かい薪のぬくもりが。


「うん。わかった。もう帰ろう」

「あぁ」


薪と穂琥は周りのものに背を向けて帰路の道を行く。それと同時に李湖南の力を失ったこの建物が今にも崩れ去ることを理解した李湖南の哀れな部下たちも急いでここから脱出することを選んだようだった。


「どうしよう・・・」


穂琥は小さな声で言う。隣で担いでいる薪はすでに意識を手放してしまっている。先ほど意識を取り戻したことが奇跡なほどだった。建物はすでに崩落を始め出口を見つけることが出来ない。穂琥に移動術は使えない。使えるようになっておけばと後悔したところで今は何も出来ない。穂琥は急いで走った。上を目指して。


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