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眞匏祗’  作者: ノノギ
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第二十八話 心の重さ

 穂琥・・・お前はどこにいるんだ・・・!?


 ひたすら走り続ける薪。途中途中で眞匏祗に出会ったがその全てを突き飛ばして今走っている。ただひたすらに。ただ下に階段を駆け下りていく。さすがの薪でも息が上がってきた頃、薪はあまりの衝撃に足を止めた。


「ほ、穂琥・・・?!」


今感じた馬鹿に大きい眞稀。確実に今のは穂琥のもの。やっと感じることの出来た穂琥の存在だが今の眞稀からして薪に安心感と安堵感を与えてはくれなかった。


 階段を下りると広いロビーのようなところに出る。そこに穂琥の眞稀を感じたから。暗がりで周囲は見づらいが確実にこちらに歩いてくる影がある。


「ほ・・・く・・・?」


確実に穂琥の姿をその眼に捉えたとき、薪は絶句した。


 哀れな我が妹の姿。目に生気はなく、刀を地面に引きずってこちらに歩いてくる。そのまとう空気は紛れもなく殺気。薪はピリッとしたその感覚に冷や汗をかく。穂琥がこんなに大きな殺気を放つなど今までにないし、これからもないと思っていた。一体何が。


「くそ・・・術中、ってことか」


穂琥に向けて刀が振るえる訳のない薪は握っていた舞姫を少し下げる。


「ようこそ、我が城へ」


聞きなれない声がしたのでそちらを睨む。おそらくこの声の主こそ『主』と呼ばれていた男だろう。うっすらと浮かび上がる影。それに薪は殺気を込めて睨む。


「我の名をお伝えしなかった事を深くお詫びいたします。我は李湖南りこなと申します」

「お前・・・以前に会ったよな?」

「さすが、スウェラ様!いえ、シン=フォア=エンド様、とお呼びしますか」


影の口元がにやりと釣りあがったのが見えた。のどを鳴らすように笑う。


「穂琥に何をした」

「何、少しいじっただけですよ。簡単ですね?心に迷いや不安があるとそれを少しつつくだけ簡単に壊れてしまう。いや、実に脆い」

「穂琥を返せ・・・!」


薪の言葉に李湖南はただ笑うだけ。


「ただの手ごまに過ぎませんよ。でも貴方は違う。配下、いえ、仲間になってはいただけませんでしょうか?そうして頂ければ穂琥様も無事にお返ししましょう」

「承諾すると思っているのか?」

「でしょうね。穂琥様を無事に返すという保証もないですしね。良いでしょう。ではまぁ、死合いしてもらいましょうかね」


李湖南はただ笑う。薪はふっと殺気の感覚を得る。そして下げていた舞姫が勝手に振りあがる。


 高い金属音。どこまでも洗練とされた美しいその木霊する響き。しかしその響きは死の誘い。刀と刀が激突する命の駆け引きの音。


 穂琥がすさまじい勢いで刀を振るってくる。こんなに殺意を抱かせているものは一体何なのか。


「穂琥・・・!目を覚ませ!穂琥!」

「いやだ・・・全部嘘だ、何もかも・・・!これは薪ではないんだ・・・!!」


ただひたすらに否定を繰り返す穂琥の目にもはや正確にものを推し量る力など残っていそうには見えなかった。


 ひたすら防御に徹する薪と攻撃を繰り返す穂琥では分が悪すぎる。圧倒的に不利なその状況に薪はついに右腕を切り裂かれる。飛び散る鮮血がいやに美しく見えたのはなぜだろうか。


 全てが幻。だからその全てを壊すんだ。何もかもなくなってそうしてやっと会えた薪がきっと本物だ。だから今は目の前に現れるモノは全て斬る。何を言われても。


 一体どうしたら正気に戻すことが出来るのかがわからない。李湖南を叩けば何とかなるだろうか。いや、穂琥の目からそういう気配は感じない。最早これは暗示の類。穂琥自信に何とか正気に戻ってもらわない限りきっと無意味。故に薪は今ひたすら穂琥の刀をよけることしか出来ない。穂琥の刀に迷いはない。いつもこのくらいなら自信だって持てるだろうにと皮肉な笑いを浮かべる薪。


 どれだけ斬られた事か。ひとまず愨夸紋だけは斬られないようにと必死によける。あそこにかすればそれだけで致命傷になる。それが巧伎の残した薪への呪い。そうやって庇っているものが多すぎる薪に迷いのない穂琥の刀は簡単に切り裂いてくる。


 薪の身体はすでに傷だらけだった。もう早く動くことはきっと出来ない。今、無理に治療してもきっと意味はない。とにかく穂琥を正気に戻すことが最優先。


 穂琥にかかっている暗示のようなものが何であるのか、それはわからないけれどおそらく目の前の薪を薪ではないものだと認識させられていることが原因だろう。ならば自分が本物の『薪』であるということさえ穂琥にわからせることが出来ればきっとどうにかなるかもしれない。そう思って薪は思考を始める。いかにして穂琥の意識を覚醒させるか。


「何・・・!?」


突然李湖南が薪と穂琥の間に割って入り薪に刀を振るった。そのあまりの速さに薪は驚いたが別に李湖南が早いわけではない。穂琥によるダメージで薪が遅くなっているだけだった。


「甘いですね。前愨夸とは大違い、ですね。これも大切な妹君を護るため、ですか?」


李湖南の腹の立つ笑いに薪は苛立ちを覚える。李湖南は急に屈むとすごい勢いで突っ込んできた。


 気味の悪い感触が右の脇腹に走る。命を掠めるような気持ちの悪い感覚。李湖南の刀が薪の脇腹を突き刺す。そして勢いよく引き抜く。少しだけふらついた薪は何とか体制を整える。あと少し。あと少し上であったなら魂石に当たっていた。薪は貫かれた場所に手を当てて肩で息をする。


 李湖南が穂琥に笑いかける。しかし穂琥の目にきっと李湖南は移っていない。ただ恐怖した穂琥の目に映るのは『紛い物の薪』だけ。


「くそ・・・。お前、穂琥に何をしたんだ・・・!」


薪の声を聞いて李湖南は面倒くさそうに笑ってため息を吐いた。


「先ほども言いましたでしょう。心の隙間を少しつついただけ・・」

「それ以上ごまかすな!何をした!」


薪の怒号に李湖南から笑みが消えた。


「ふぅ。如何に愨夸といえどやはり子供は子供、かな?良いでしょう。お教えしましょう。この娘にとっての恐怖。それは貴方を失うこと。見捨てられること。だからその苦痛に浸っていただいたまで。何度も貴方に見捨てられる幻覚をお見せしたまでですよ」


李湖南の言葉に薪は手が震えてくるのを感じた。穂琥に、なんてまねをしてくれたのだと、怒りで震える。


 今まで挑発していた愨夸の子供から感じられるオーラが今までと異質になったのを李湖南は感じた。俯いている薪。静かにとても静かに。それでも苛烈な凄まじい怒りの気配を纏っている。眞稀が膨張して薪を取り巻く風となる。


「何でしょうね・・・?」


李湖南は首をかしげる。そして刀を構えている穂琥にそっと耳打ちする。


―さぁ、目の前の『薪』を倒しなさい。そうしたらその悪夢から開放されるのですよ


 ふっと聞こえてきたその声を信じていいのか悪いのか。わからなくって穂琥は泣く。それでも幻覚が消えてくれる可能性があるのなら、刀を振るおうではないか。


 穂琥の振り上げた刀が視界に入る。そしてこちらに走ってくる穂琥の姿も目に映る。そして薪は俯いていた顔を上げて一瞬だけその後ろにいる李湖南を睨む。それからすぐに穂琥へ視線を移す。こちらに突っ込んでくる哀れな妹の姿。薪は持っていた舞姫を地面に落とす。そしてその諸手を広げる。


 気色の悪い感覚。身体を貫く刀の感覚。それでもそんなことはどうでもいい。薪は広げた腕の中に穂琥が飛び込んでくるのを待ってそっと後から包み込む。


「そんなに臆するな。オレはどこにも行かない。大丈夫。お前が何をしようとも、どんなことになろうとも。オレはずっとお前のそばにいるから」


薪の声が部屋に響いた。まるでその時だけ時間が止まったようなまったりと流れが遅い時間だった。


「し・・・ん・・?」

「あぁ、そうだよ。もう大丈夫。助けに来たから」


生気のなかった穂琥の目に生気が宿る。そして強張っている手から力が抜ける。それと同時に薪に刺さっていた刀が光の束になって消える。薪が強く抱いている感覚がする穂琥。やっと本物の薪に会えたのだろうか。


「はっ!?し、薪!?」


やっと感覚が覚醒してわかった。自分が薪に一体何をしたのか。それに気づいて穂琥は抱きつく薪から離れて傷を見ようとしたが薪が離してくれなかった。


「し、薪・・・?私・・あの・・・傷を・・・・・・」

「悪かった」

「え?」

「オレがお前を不安にさせた。もっとちゃんと。こんなことなんとも思わないくらいちゃんとしていればよかったよな。もう二度とそんな不安はさせないから。二度と」


薪の声がひどく弱い。耳元でしゃべっているから聞こえるものの普通にしていたらその声はきっと聞こえなかったものだろう。そして薪はそっと穂琥から離れるとそのまま李湖南の方へ歩いていく。そんな薪の目を見たとき、穂琥はぞっとした。表現の出来ない恐怖。薪の目はいつもと違う『漆黒』の瞳をしていた。


「こ、黒眼・・・!」


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