第二十七話 暗黒の世界の紛い物
どの位走ったか自覚が無い。穂琥の眞稀を探してこうして駆けているというのに穂琥の眞稀を見つけることが出来なかった。桃眼を使えば見つけることが出来るかも知れないけれど、今、それを使って力を消耗するわけには行かない。なんたって薪は戦鎖。普通の開眼よりも桃眼を開眼するほど疲れるものは無い。
「穂琥・・・」
ひたすら薪は走る。己の感覚を信じて。
薪が走っている時、穂琥は闇に埋もれていた。
「ここは・・・どこだろう?」
真っ暗で何も無い。光の一筋も無い闇が全てを包む場所。そこをひたすら歩きながらなぜ自分がこんなところにいるのかわからなくて記憶を思い起こす。地面が割れて落ちて。気がついたらここにいた。記憶をたどっても意味は無かった。
暗闇に溶けた身体が冷えて浸食されていく感覚を覚える。その恐怖が穂琥を震えさせる。
―薪・・・助けて・・
穂琥は蹲って眼を強く閉じるのだった。
ふっと暖かさを感じて眼を開ける。そこには見慣れた明るい風景。
「え・・・?城?」
そこは穂琥が生まれた場所。眞匏祗の世界。呆気にとられていると薪の呼ぶ声がして振り向く。
「なにぼけっとしているんだよ」
「あれ?私、地球に・・・」
「はは。もう終わって帰ってきたんだ。お前がやったんだぜ?オレも驚いたよ」
「え?」
薪は明るく話す。その笑顔がまぶしいくらいに。
「何だ、覚えていないのか?」
「・・・う、うん・・・」
薪は困ったように笑った。
暗闇にとらわれた穂琥を何とか助けようとした薪ではあったが力及ばず救出することが出来なかった。そんな時、膨大な力を発して穂琥は闇から生還した。そしてそのまま敵を叩き、鎮圧に成功した。無論、痲臨の奪還にも成功した。
「私が・・・?」
「そうだよ。すごかったよ」
全く記憶に無いけれど、無意識下でそれらを成し遂げたのならあるいは。
「そこでな、穂琥。お前はもう自分だけの力で生きていける」
「え?」
「だからもうオレの力なんて必要ないんだよ。自信持て?」
薪は相変わらずの笑顔でそういう。穂琥の心がざわついた。
「だからここから出て行け。お前だけで十分生きていけるから」
薪の言った言葉に穂琥は愕然とした。いつまでも一緒にいてくれると言ってくれたのに。離れることなんてあり得ないって・・・。薪はさっと踵を返して歩き去ってしまう。
ふっと気がつく。辺りは急に暗くなり闇に飲まれた。一体どういうことだ?考えて穂琥は辺りを見回す。そしてまた急に光が現れて城にいる。
「これ・・・誰かの術?!」
穂琥はこれでやっと気づいた。自分は誰かの術に落ちてしまっているのだと。
穂琥は地面に膝をついて耳を塞いで必死で頭を振っていた。何度も同じように薪に拒否される映像。見捨てられておいていかれる。いくらそれが紛い物であってもそれが穂琥に堪えないわけがない。震えてもうやめてほしくて。涙がこぼれる。そんな時。明るくなくて暗闇の中。薪がこちらに走ってくる。
「穂琥!」
「薪!!助けて!!」
必死で手を伸ばす穂琥の手前で薪は足を止める。それから鋭く突き刺すような冷たい眼を穂琥に向ける。
「弱いなぁ。こんな簡単な術にも引っかかるなんて。やっぱりお前、才能ないよ」
穂琥は目の前が暗くのを感じた。
―あぁ、この薪も偽者だ。敵の作り出した幻術だ。穂琥はひたすら耳を塞いで否定をし続けた。
「邪魔なんだよ」
「消えてしまえばいいんだ」
「所詮はその程度だろう?」
次々と木霊する薪の声に穂琥は涙が止まらなくボロボロとこぼれた。悲しみと恐怖。心が崩壊に向かう。くっと力を込めて刀を取り出す。そして目の前の幻術に刀で切りかかる。それは影となってすっと消えた。あちこちにいる薪の偽者を切る。
「何するんだよ!」
「待てよ!オレは本物だ!」
「邪魔なんだよ!」
「気づけよ!幻覚じゃないんだ!」
「弱いくせに!」
偽者だってわかっているんだ。だからもうやめて。それ以上薪の言葉を汚さないで。
穂琥はただむやみに刀を振るった。