第二十五話 決戦
ふっと目が覚める。それでもまだ頭はぼんやりとしていて完全に覚醒はしていない。そんな状態で、ふと隣に気配を感じた。誰の気配だろう・・・。そんなことを考えている間にだんだんと覚醒してきた意識の中でその隣の気配が先ほどから身動きしていないことに気がついた。
穂琥はゆっくりと体を起こすと、そこには薪がいた。ベッドに向いて床に座って諸手を組み、その諸手で出来た穴に顔をうずめている。
「薪・・・」
穂琥はそっと小さな声で呼びかける。薪はわずかに声に反応して身動きする。すっぽりと入っていた顔が少し腕の中から出てきて薪の表情が見えたとき、穂琥は一瞬ドキッとした。そして心がどこか痛いと泣いているような気がしながらそっと薪の顔に手を伸ばす。
「あぁ・・・薪も怖いんだよね」
そっと薪のほほに伝っていた水滴を指で拭う。
「ん・・・」
触れたことで覚醒した薪が頭を起こした。
「あ~・・・おはよう」
珍しく寝ぼけているような雰囲気で薪は穂琥に挨拶する。それに穂琥も答えた。
完全に準備を整えた薪と穂琥。外に出ると外はまだ朝靄がかかっており、本来なら人々がまだ夢の中でうつらうつらとしている時間だろう。朝の空気が漂い、どこか肌を刺激する寒気に穂琥はぶるっと身震いをした。
「ねぇ」
朝の空気を切りながらずっと抱いていた疑問を薪へぶつける。
「薪は・・・戦うの、怖い?」
「当たり前だろう。でもやらなきゃいけないから。そうでなくては滅んでしまう」
薪の声が静かな道に木霊して吸い込まれていくようだった。その木霊が完全に朝靄の向こうに飲み込まれれてから薪は穂琥にたずねる。
「聞きたいことは何だ?」
薪に言われてドキッとする。薪はわかっている。穂琥が本当に聞きたかったことはそれではないということを。穂琥は少しだけためらってそっと薪にたずねる。
はて、薪は自分の力をどう思っているのだろう?自分の力に恐怖したことは無いだろうか?
穂琥の質問に薪は少しだけ視線を落としてから穂琥に視線を戻して言い放つ。
「怖い?そんな風に思ったことは無いな。オレは別にこの今有している力を才能で持っていたものではない。そらまぁ、多少の才はあったかも知れないけどな、愨夸だし」
薪は最後を少し早口で言った。
薪の持っているこの力は確かに巧伎や紫火の血を受け継いで強大なものかもしれないけれど結局のところほとんどの力を薪は努力のみで手に入れている。普通では考えられないくらい血のにじむ努力の元。その努力の中には巧伎による強制も入っているのだが。
そして今ある力に自惚れることは無い。そうやって努力で手に入れたのなら自惚れてもおかしくないかもしれないけれど薪にそれは無い。それはなぜか。簡単な話だ。
「限界を超える」
「え?」
「オレはまだまだ強くなる。まだ護りたいものだってろくに護れてなどいない。だからもっと強く」
薪の声に張りを感じた。己に打ち勝つこと。それが薪の目標であって力の上限。
「ただね」
薪が妙に言葉のトーンを落としたので気になってその薪の言葉に耳を傾ける。
「唯一つ。怖い力がある」
今までの話とは裏腹のその言葉に穂琥は妙に嫌な予感がした。
薪が怖いといった力は以前、話してくれた開眼のことだった。これだけはコントロールを失ったときの恐怖を覚えるという。
「さすがになぁ。あれはオレでもきついからな。己の力に恐怖するって言うのはつまり制限が出来なくなるからだろう?オレはその開眼だけ、コントロールを失う可能性があるから怖いんだよ」
薪は少し悔しそうに言った。
「何で急にこんなこと聞いたんだよ?」
薪がたずねてきた。話に区切りがついたからだろう。いつか聞かれるかと思っていた穂琥としては回答に少し困った。答えるつもりはあまり無かった。そんな穂琥の様子を悟ってか薪はそれ以上の追求はせずにその質問を打ち切った。
移動をするために薪につかまる。
これから起こる悲劇。穂琥の心が悲鳴を上げる。そして何より薪の心が限界を超える。押さえ込んでいた我慢の鎖が音を立てて砕け散る。鎖で縛られていたものが巨大な音を立てて外に湧き上がってくる。そんな薪を穂琥は目の当たりにする。経験したことの無い驚きと恐怖。そして悲しみが穂琥を襲うのだった。