第二十四話 脆いからこその明かせぬ心
―怖かった
薪が漏らした一言に穂琥はただぼうっとたっていることしか出来なかった。
失う怖さは痛いほど味わった。だからもう二度と何も失いたくはない。だからがむしゃらになって必死になって何もかもを護ろうとする。それが例え敵であったとしても。
穂琥にとっての全て。穂琥にとっての勇者。穂琥にとっての主人公。絶対的な存在。誰にも負けることもなくていつでも平然としていられる、そんな存在だと思っていた。でも違うのだ。彼もまた、一つの生物。全てのものに喜びを覚え万物に恐怖する。それは誰もが平等に等しく存在する。
一度でも死という恐怖に駆られてしまった薪にその恐怖の闇から逃れることは出来ないのだと。それが痛感した。
ずっと何も語ってくれなかった薪がそうやって穂琥に語ってくれたことは素直に嬉しかった。しかし、『穂琥』という存在がここまで薪の心をつぶしてしまっていたことを知らなかった。穂琥は薪に依存している。自分でもそれは自覚しているつもりだった。でも、それはまた薪も同じだったのかもしれないと心のどこかで思った。互いにたった一つしか無い血の繋がり。大切にしたいと思うのは当然の心なのか。
薪を取り巻く死の恐怖。薪自身、己の命が費えることになんら恐怖は抱いていない。ただ、それを目の当たりにする羽目になる他者において薪は死の重みを実感する。
―命を懸けてお前を護る
よくある名台詞のシーン。この言葉を薪はひどく羨んでいた。命一つかけただけで護ることが出来るというのなら好きなだけかけてやろう。でも、そんな単純なものではない。今、ここで命をかけて敵と刺し違えたとしても、次の敵の襲撃に護ることが出来ないではないか。この世の中に完全な平和など存在しないことを薪は知っている。そして何より。薪の命はすなわち穂琥の命。薪が命を懸ければ穂琥も同様に掛ける羽目になる。それではだめなのだ。ならないのだ。
薪に寝るようにと告げられてベッドの上でさまざまなことを考えていた。薪に見捨てられてしまう日が来るのではないかと内心恐怖に駆られていた。でもそれはどこかで薪も同じだったようで安心と苦しみが同時の穂琥を襲った。
薪が語った衝撃的な言葉に今でも穂琥は信じられない気持ちが胸にあふれていた。
薪も同じ。穂琥と同じ。最近、桃眼を開眼して穂琥にはぐんと力がついた。そしてそれは同時に自立を意味する。力を必要としなくなった穂琥が薪の元から離れるのではないか、そんなことを時折思ったことが薪にもあったらしい。まさか、薪にそんな弱く思う心があったなんて驚きだった。いや、違う。弱いなんて言葉は間違えているのかもしれない。そういう気持ちをきっと弱いとは言わないのかもしれない。
穂琥は薪をずっと見ていく。今までずっとそうして薪の背中を見てきた。だから今までもこれからも、ずっと。
薪は部屋に戻って後悔に苛まれていた。こんな決戦前に穂琥にあんなことを言ってどうする。同情でも買いたかったのか。薪はただ頭を抱えていた。こんなくだらないことを言って穂琥を傷つけたかもしれない。不安にさせたかもしれない。どれだけ自分が脆く愚かで未熟であるのか、思い知らされた気分だった。あんなことを今の穂琥に言ってよかったのだろうか。
そんなこと、誰にも答えがわかるはずも無い。言ったほうも、言われたほうも。どちらも。そして天を崇める神々も、きっとわかるような答えではなかったのだろう。