第十八話 内に秘めた心(後編)
暗闇の中を歩く音が聞こえる。珍しいこともあるものだ。こうも続けてここへたどり着くものがあろうとは。
そんな事を思っていると、聞きおぼえのある声が聞こえた。
「また来ますって言いましたでしょう?門番様」
にこやかに笑う少女の顔。酷く驚いた。
「以前ここに来た者も同じ事を言っておったよ。また来ると。しかし、来る事は無かった。来られなんだ。それが普通なのだよ」
「その話、私にしてみれば少し意外に思えます。それでもきっと何か事情があったのですよ。私に来られて彼に来られないわけ無い」
穂琥の言い切った言葉を聞いて門番は苦笑した。
「以前、誰がここに着たのか知っておるのか?」
「勘、ですが。私の兄です」
「そうか。まぁ、合っておるよ」
門番は苦しげに笑う。そんな姿を見て穂琥は門番の今おかれている状況を心苦しく思っていた。
「こんな所に貴女は在っていい存在ではないと思うのです。間違っていませんでしょう?」
「さてね。小娘に何がわかるというのだ?」
門番はまるで穂琥を脅すように呻く。しかし穂琥はそんな言葉すらもしっかりと受け止める。
「先ほどは失礼致しました。門番様に名乗らせようとしてしまって。それは『禁忌』でしたね」
穂琥のその言葉に門番は酷く反応した。最早、この少女に自分の存在を隠す必要が無いということを悟らせた。
「貴女様のお名前、簾堵乃槽耀、ですね?」
「知っておったのか・・・」
彼女の唸るような低い声が穂琥の耳に届く。それに応えようとしたが、それよりも早く穂琥の言葉に反応するように門番の身体に巻きついていた鎖が光を帯びて砕け散る。それと同時覆いかぶさっていた布も緑色の美しい炎に焼かれ消え去る。
そうして現れたのは目も疑う妖麗な美しい姿。紅蓮の様に燃ゆる紅き衣に、海の様な深い藍の髪が地面に付きそうなほど長く煌いていた。すっと開けたその瞳は衣と似たしかしそれはまた異なった強く輝く緋。それに反して真っ白いその肌は今にも透けてしまいそうなほどだった。そんな白い肌を隠すことのない素足がこの真っ暗な空間に降り立つ。
「正直言うと知りませんでした。それでも門を潜るとき、誰かが教えてくれたような気がしたのです。簾堵乃槽耀様、簾乃神様。貴女様は禁忌を犯した古き神、ですね」
「あぁ・・・いかにも」
姿だけでなく声も美しい。透き通った曇りの無い美しい声を轟かせる。
「礼を、しなければならなくなったなぁ」
「いいえ。構いません。私などがこの様な出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ありません」
彼女は美しく微笑む。緋い目が煌き穂琥に向う。穂琥はその目にうっかり飲み込まれてしまいそうだった。
「いや、良いわ。時期も丁度よい。さぁ、ぬしも帰るがよい」
「はい」
帰り間際に兄に渡して欲しいと簾乃神から封を渡されそれをしっかりと懐にしまって穂琥は目を閉じるのだった。
気がついたらベッドから落ちていた。それは身体が痛いわけだ。何とか身体を起こすと窓辺の椅子に腰を下ろした薪がいた。しかし、さっきとは打って変わって落ち着いた表情をして此方を見据えていた。
「お帰り」
静かにそう言った薪にただいまと返す穂琥。とても穏やかで落ちついた目をしているので穂琥は少し安心した。先程みたいに青ざめさせてしまっては穂琥としても申し訳ない気持ちになる。
薪は立ち上がって穂琥の前で座った。目線が丁度同じ位置になった。そして穂琥の頬をそっと包むようにして触れると穏やかなその目を穂琥にしっかりと合わせた。
「気を失っていたのはこれが原因だったんだな。正式な開眼、おめでとう」
「気づいたの・・・?」
「そらね。あの門を潜ればそのものからはそれなりに眞稀が放出されることになるからね」
穂琥からあふれ出す眞稀を外に漏れないように必死に抑えてくれていたことに感謝する穂琥だった。
ベッドに戻ろうと立ち上がったとき、懐に違和感を覚えてそこに触れる。
「あ」
穂琥の漏らした声に部屋を出ようとしていた薪が足を止めた。
「どうした?」
「封を、もらったの」
「封?」
穂琥は懐からその封を取り出して薪に渡した。そしてそれの内容を確認した瞬間、薪の顔から血の気が一気に引いた。明らかに動揺して目が泳いでいる薪のその姿があまりにも珍しいことなので穂琥まで動揺してきた。
「なんて事を・・・」
やっともらした一言がそれだったので穂琥は肩を竦めた。もしかしたら先ほどの門番の件、やってはいけない事だったのかもしれない。
「何をして・・・帰ってきたんだ?」
薪の震える言葉に驚きながら穂琥はとりあえず自分のした事を説明する。
「ええっと・・・。門番様を解放・・・?してきて・・・」
「そういうことを聞いているんじゃないよ。簾乃神を開放したのはわかる。だけどそれだけでこんな言葉をもらえるなんて思えない・・・!」
薪の口から当然のように簾乃神の名前が出たので少し疑問に思ったが自分にわかったくらいだから薪だって知っていてもおかしくはないのだろうと思うことにした穂琥だった。
動揺する薪の声がいつもより荒れているので怒っているのかと不安に駆られるがそういうわけではないらしいと解釈する穂琥。そして薪に門前で起きたことを事細かに説明するように求められ、出来うる限り正確にあった出来事を伝える。
話しを聞いた薪は顔を緊張でこわばらせていた。自分がそんなにもいけないことをしてしまったのかと不安に駆られた。
「いや、触れずに・・・か。オレも母上もさすがに門には触れたし踏ん張りもしたんだが・・・」
薪に言葉を聞いて穂琥は絶句した。そんな事は・・・!それではまるで・・・。
「やっぱり穂琥は・・・・凄いな」
「え・・・・・・・?」
あまりに自然に出過ぎた薪のその言葉に嘘も偽りも嘲りも嫌味も無い。ただ純粋にそう思った薪の言葉に、穂琥は言葉を詰まらせた。薪が自分のことをそんな風に言ってくれたことなど、一度も無かったから。