第十七話 内に秘めた心(前編)
身体がぐっと回転して強制的に立たされたような感覚になる。そうして目を開けると巨大なあの門がある。
「よく来られたね、お嬢さん」
門番の低い声が鳴り渡る。
「連れて来て下さったのは貴女でしょう」
「くっくっくっ。力なくては来る事は出来んよ。して?」
「はい。ここは大いなる力の持ち主が通ることの出来る門」
「大いなる・・・。なるほど、確かに。その力とは?」
門番が低く唸る。穂琥はその門番をしっかりと目に移してから巨大な門へと目を移す。そしてまるでその門に語りかけるように話し始めた。
「全力を掛けて護りたいものがある。それはいつも強くて私の前に居て。飄々としていてまるで霞のようにつかめなくて。それでもそれは霞。吹けば飛んでしまう事だってある。そんなときは私だってそれを護りたい。護る力が欲しい。敵を倒す力なんて要らない。仲間を、大切なヤツを、護りたい。私は誰かを護れるそんな力が欲しい!」
穂琥の声に門が呼応する。
「桃眼の力、ワタクシにお与えください」
声が木霊する。この暗闇の中で。その木霊に反応するようにぼうっと輝いていた白い門が急に強い光を放った。穂琥はそっと手を前にかざす。そして門に触れるでもなくそっとその手を前に押し出す。すると門がゆっくりと開いていった。
「そんな事・・・」
門番が震える。触れることなく門を開ける。そんな事があるのだろうか。いや、現に目の前でそれが起きているのだから。この娘の『想い』がそれほどまでに強かったということだろう。
穂琥はそっと門のほうへ歩いていく。そして門番の前まで来て足を止める。
「門番様。一つ、聞きたいことがあるのです」
「何を・・・?」
「貴女様のお名前を伺いたいのです」
門番は肩をぶるっと震わせた。
「お前らは不思議な生き物よの。いや、しかし。ぬしがそれを聞いたところで何になる」
「貴女様はただの門番では在りませんでしょう?なんとなくわかるのです。だからどうか、名をお教えください」
そんなに長い時間を過ごしたというわけでも無いにも関わらず一体何故そこまで深く心に触れることが出来る。いや、きっと時間ではないからだろう。心が触れ合えれば時間なんてきっと関係ないのかもしれない。
「いかんよ。いけないのだよ。我はここに在らねばならぬのだから」
門番は酷く低い声で唸っていた。そのしゃがれた声を出すのももしかしたら一苦労なのかもしれない。その身体に巻きついた鎖がその身を締め付けいためているのかもしれない。
「ぬしは結局何もわかっていない。我が何であってどうしてここに在るのか」
「・・・いいえ、少しならわかる気がします。貴女様は・・・」
「ゆけ。門が閉まるその前に」
門番は穂琥の言葉をがむしゃらに切ってそう言い放った。穂琥はその哀れな門番の姿を目に映してからふっと俯いた。
「また来ます」
「来られぬよ。門を潜ったものは二度とここには来られまい」
穂琥はそんな門番の言葉をまるで無視するようににこやかに笑って足を踏み出した。
「勝手にするがよい」
門番の声が耳の奥で聞こえた。そうして穂琥は光り輝く門の向こうへと消えていくのだった。
閉門されまた静かな闇が広がったとき、門番はやっと身体に入っていた力に気づきその力を抜いた。
「来られぬよ。戻ってなど来られぬというのに。あの兄妹はどうしていつもそう、期待させるのだろう」
嘲笑するように門番は声を立てた。そしてまた深い孤独と闇に沈んでいくのだった。