第十三話 修行に関しての千思万考
眞稀を練ることに集中できずに薪にどやされる。休憩をやっているんだからしっかりしろと薪に叱責を食らう。
薪の次の指令は先ほど同じダミー潰し。ただし今回は2体ではなく5体。穂琥は一瞬だけ文句を言ったが完全にスルーされたため諦める。
一体目は案外すんなり壊すことに成功した。ただ、あちこちに漂うのは薪の眞稀。何処にあのダミーがいるのかはよくわかりにくい。よって、これだと思っても一般の眞匏祗の可能性も秘めている。しかし、ここにいるのはダミーとそれ以外の眞稀。
「おりゃ!」
とりあえずだから勘で眞稀を放つ。見事に二体目のダミーを破壊する。しかし、それをカウントした薪からキツイ一言が。
「次勘で打ったらオレがお前を打つぞ」
「は、はい・・・申し訳御座いません・・・」
謝罪を全力でして意識を集中させる穂琥だった。
残り時間あと半分を宣告されて穂琥はかなり焦った。まだ、二体しか破壊できていない。あと三体もいるというのに。
―ダメだ!このままじゃ大変だ!殺される!薪に!確実にヤられる!!
穂琥は自分に妙な暗示をかけるように頭の中でそう呟く。これをもし薪が聞くことが出来たらきっと呆れるだろう。
―オレは鬼か
急激に穂琥の集中力と眞稀が上がったので薪は首をかしげた。ここまで穂琥が眞稀を上げることが出来るのだろうか。
何とか集中して三体目のダミーを破壊する。それからさらにダミーらしきものを発見して穂琥は眞稀を放った。すると見事にダミーが破壊されるのを確認した。よしっ、とガッツポーズを決めようとした瞬間、後頭部に激痛が走った。
「ぬふぁ!?」
「勘で打つなと言っただろうが」
薪の見事なとび蹴りを喰らった穂琥だった。
「す、すいません・・・」
言葉に出したり表情に出したりしていないのに薪は何故勘で打ったとわかるんでしょうかね、そんな疑問を抱きながらも穂琥は最後の一体を探すことに専念した。
「はーい、残り二分~」
やる気があまり感じられない薪の言葉にむっとしながらも穂琥は必死で集中力を高める。
ある程度のめぼしをつけてそのダミーがいそうな場所を凝視しているというのに全く見つけることができないのは一体何故だろうか。穂琥は必死に考える。相手は知らない眞稀じゃない。薪の眞稀だ。感知しやすいはずなのに。そんな事を考えているとちらりと視界の隅で空間の動きを視た。
穂琥は合点がいった。どうりで目星をつけて見つけることが出来ないわけだ。相手は移動をしていたのだ。それがわかれば簡単な話だ。その移動して出来た空間のゆがみを感知してそれを追えば絶対に捉えることが出来るのだから。今まで気づかなかったことが不思議なくらいに。
「はい、残り2秒。ギリギリだったな」
ダミーを破壊してから薪が言ったので穂琥はがっくりと腰を落とした。
「ま、よく出来たよ。ご苦労さん。次はもっとレベル高いから頑張れよ。ってなわけで休憩な」
「え・・・あ・・・・はい」
薪のその甘い言葉の裏には一体何が隠されているのだろうか。一瞬、儒楠が化けているのかと思ったが桃眼が療蔚の技である以上、儒楠が教えることなどできるわけが無い。裏の読めない薪の優しい行動がどこか怖いような・・・。
「で?何?」
「え?」
突然薪が尋ねてきたので穂琥は呆然とした表情を浮かべた。岩に腰を下ろして頬杖を付いている薪の表情はどこか面倒くささを感じさせた。
「さっきから睨むような、食い入るような。よくわからんけど」
「あ・・・いや・・・ちょっと気になって」
穂琥は少し俯きながら応える。薪に今まで思っていたことを言うのもどこか申し訳ないような気もした。せっかく優しく接してくれているのにそんな事を言っては酷いではないか。
「馬鹿の癖に頭が休まない状況を作るな。集中力が大事なんだからさ」
その薪の一言にぷつーんと来た穂琥は何処が優しいだ、絶対に嘘だ!と頭の中で怒号を上げながら薪に抗議をスタートする。
「うるさいな!馬鹿って!どーせ私は薪みたいにちょぉっと違うことして相手を陥れるようなマネできませんものねぇ~」
「・・・?何を言ってんだ?」
「修行って言ったら薪、全然優しくないじゃん!それなのに今回優しいからさ!なんか調子狂っちゃって頑張んなきゃ~みたいに思ってさぁ?」
罵倒の如く言い切った穂琥の言葉に薪は案外ぽかんとした表情をしていた。あまりのその表情に穂琥は何、と尋ねると薪は突然何かが破裂したように笑い出した。
「っふ、アハハハハ!くく・・・ふふ・・・アハハハハ!」
途中で笑いをこらえようとしているのは見て取れたがどうにも耐えることが出来ないようで噴出してしまっていた。突然そんな風に薪が笑い出したので驚いて穂琥は目を丸くした。薪がこんなに笑っているのを見た事がない。
「何、お前・・・ずっとそれを考えていたの?」
薪の笑いを堪えたその質問に無言のまま頷くと薪はさらに噴出して笑い始める。
「ブフッ・・・!!くくく・・・ぐふっ・・・フフフ・・・アハハハ!!」
あまりに薪が笑うので穂琥はだんだん赤面してきた。薪がこんなにも取り乱して笑うところなんて見た事ない!何だよ、これ!レアだな、これ!ムービーにでも撮っておくか!そんな風に思いながらも穂琥は目の前の薪の状態にただ恥じらいを感じながら不貞腐れた表情をするので精一杯だった。
「いや、ゴメン・・・くくふ・・・ふふ・・・は~・・・。ククク・・・!!」
落ち着こうとしているのか笑おうとしているのかわからない。くどいようだけどもう一度。こんな薪見た事無い。
「さて、次行こうか」
「ちょぉお!?質問!!私の質問は?!」
あまりにさらっと薪が次に行くことを言い始めたので穂琥は薪に勢いよく突っ込む。
「どーーーでも、いいし。そんな事」
薪の表情にはまだ笑いが残っている状態でそんな事を言う。いつもの薪ではないと穂琥は猛抗議をする。薪は仕方無さそうになんとなくだ、そんな風にやっているだけだ、と応えた。
「いや、答えじゃないからね!?それ!」
穂琥の言葉に薪はまだまだ笑みの残った顔で馬鹿だから、と付け足す。ぷつんっと切れる穂琥の頭の中の何かの糸。
「なんじゃいそらぁぁぁ!?偽もんだ!偽もんだ!!薪はこんなんじゃないしぃ!偽―!本物どこだー!」
「いや、ここにいるし」
「嘘だ~!偽だ!そんな笑わないもん!!」
穂琥のその言葉に薪はまた噴出して笑い始める。本当に一体薪に何があったのか知りたい穂琥だった。
「くっくっく・・・。本当に馬鹿な」
薪はまだ笑い続ける。一体何のツボにはまってしまったのだろう。
「休憩だって簡単にくれるじゃん!」
「当たり前だろう?今までのとは全く違うんだから。くく・・・。桃眼だぜ?休憩もなしにやったらお前、死ぬぞ。それでもいいんならいつも通りやるけど」
「いや、すいません・・・」
「はい、次やるよ」
なんとなく薪には誤魔化された様な気もしたけれど仕方なく穂琥は集中することに決めた。
次のステップは今まで薪の眞稀だけだったのを一般の眞稀を含めた中から薪の眞稀のみを探して打つこと。制限時間は10分。
「ま、もし間違えた場合は・・・」
「言われなくてもわかります・・・・」
「よろしい」
そんな会話をしてからスタートの合図。穂琥は一気に開眼する。するとその目に映ったのは信じられない数の眞稀たち。これほどの眞稀を薪は一体どうやって集めたのか疑問だが、それはさておき、所謂この状況は街中と同じことだ。この中から的確に相手を探し出さなければならないということ。今までと違ってあちこちで眞稀が動いているせいで空間のゆがみだけを探せばいいなんてものではない。歪み放題だから。
―苦戦しているな・・・。穂琥ならできると思ったんだけどなぁ
薪は穂琥をみてそんな事を思っていた。全然わからないと途方にくれ始めてしまったので薪は仕方なくヒントを与える。
「一つ!いくら桃眼といえど、観ようとするな。感じ取れ」
「え?あ、はい」
穂琥としては思わぬ薪からのヒントに戸惑う。しかし、それを何とか素直に受け止めたところで見ようとしなくて感じ取るにしても全くわからない。
「ふたっつ。桃眼に頼り切るな」
「え?あ、自分の感覚も・・・?」
「そういうこと」
腕を組んで立つ薪の姿を軽く見てから穂琥は首を傾げる。一体何故こんなに優しくしてくれるのだろうか。それほど桃眼という技が凄いのだろうか。
とにかく、今はそんな薪の不可解な親切を真に受けてしっかりと集中することにした。ふと思ったが、自分の間隔も頼りにしろと言うことは決して『観る』だけが桃眼の力ではないということかと思い当たる。感じ取れといった薪の言葉を理解して穂琥はその瞳を閉じる。そうしてふと視界の隅にうごめく光の束を垣間見る。そこでようやく気づく。観ようとするからダメなんだ。相手は隠れ潜んでしまっているのだから『観よう』としても観られるわけもなかったのだ。
「この感覚は薪の眞稀だ!」
穂琥は急いで眞稀を放って見事にダミーを破壊した。それと同時に大きなため息をついて膝を突いて息を切らせる。そして発っている薪に残りの時間を尋ねる。
「いや、気にしなくていいよ」
薪はそう言ってにこりと笑う。きっと時間内に収まったのだろう。穂琥はほっとして地面に大の字に倒れる。
安心したような穂琥の表情を横目で見ながら薪は時間を確認する。
―ま、初めてだし多少の時間オーバーは許してやるか
そんな事を思いながら小さく笑う。
「上出来、かな」
「え?私上出来!?」
思わず出た声に穂琥が鋭く反応したのでとりあえずそれを肯定した。それを聞いた穂琥がひたすら嬉しそうに騒いでいるので薪はだんだんバカらしく思えてきた。
「図に乗るな」
「いでっ・・・」
軽く穂琥の頭を叩いて穂琥を鎮圧した薪だった。