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眞匏祗’  作者: ノノギ
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第百二十三話 眼と本当のこと

 頬杖を着いて窓から外を眺める。そんな穂琥の眼には一体何が映っているだろうか。


「遅いなぁ~・・・・」


学校の席に座って外を眺めていた穂琥のそんな呟きを籐下が聞いて薪のことかと尋ねた。


「うん。もう四日も経ってる・・・。大丈夫だとは思うんだけど・・・お姉ちゃんの様子を見るとどうにも大丈夫には思えなくて・・・。でも薪の出て行くときの顔に不安要素はなくて・・・」

「ん~・・・そっか・・・」


とろけるように机に突っ伏す穂琥。時間が果てしなく長い。そう思えた。


 帰宅してリビングに行くと綺邑がそこにいた。瞳を閉じて姿勢を正しくソファに座っている。ただひたすら薪が無事で戻ってくることを祈っているようでどこか切なくなる。


 と、そのとき。空間がぼわっと歪んだ。


「いってぇ!!」


そこから薪が転がり落ちてきた。


「薪!遅いから心配したんだよ!?」

「遅いって・・・あぁ、時の流れが違うのか!これでもオレ、最速の半日で帰ってきたんだぞ?」

「え?!もう四日だよ!?」

「ほぇ~、そんなにずれ・・」


薪の言葉を遮って乾いた音が部屋に響いた。


「いった・・・・綺邑・・・」


綺邑の見事な平手打ち。いつもに比べれば当然痛くないのだが。


「死ね!」

「えぇ・・・・!?」

「うえ!?」


薪と穂琥がその綺邑の暴言に驚く。綺邑は本来、死神であって冗談であろうと、『死』の言葉を使ってはならない。しかし、今は人。それも問題ない、からなのだろうが、癖としてある薪にとっては随分堪える言葉だった。よって、頬よりも心が痛かった薪だった。綺邑はそんな薪を無視してさっさと別に部屋へと移動してしまった。


「うっは・・・すげぇ怒っているよ」


薪は苦笑いでそう言った。胡坐をかくようにして座る薪の姿は確かに出たときと何にも変化がない。むしろなさ過ぎると言ってもいいかもしれない。何かをしてきたのならそれなりに衣服の汚れなどがあってもおかしくないというのにそれが見受けられなかった。


「冥界へと一度行ってきたんだ。向こうは此方の有体とは違って無体だからな。汚れるとか言うのはないんだけど

「むたい・・・?ゆうたい・・・?」

「あれ、知らなかったか?以前説明をしたような・・・していないか?」

「え・・・たぶんしていないと思うけど・・・」

「ふーむ・・・。有体はこの世界に列記とした『肉体』を持っていることで、それに反して神や死神といった形こそ存在はするが『肉体』という概念のないものたちは無体って言うわけ。了解?」

「あ、うん・・・」


しかしまぁ、そう言った冥界から下界のものだけで帰ってこられる可能性はひどく低い。それで綺邑はあそこまで怒りを見せているのだが。


「だけどおかげでアイツをたすけることができるんだ」


確信を得たように薪はそう言った。そんな自信のある姿に穂琥は改めて羨ましく思えた。


「ねぇ」


穂琥は薪へそっと尋ねる。


「ん?」


立ち上がって綺邑の後を追おうとしていた薪は足を止めて振り返った。


「薪は・・・・」


―貴方は何故そんなに強く在れるの・・・・?


穂琥の心が叫ぶ。薪はただ黙って穂琥を見詰める。


「・・・・ううん。なんでもない」

「なんだよ」


珍しく薪が穂琥の言動の様子を窺う。


「いいよ、言えば」


薪は扉から戻ってきて穂琥の前に座った。


「いや・・・。その・・・・」


穂琥は言いよどんだ。しかし薪の催促に負けて声を発した。


「どうしてそんなに強いの?どうしてそう、強くなれるの?」

「なんだ、それか」


薪は小さく笑った。穂琥はなんだか薪が遠く見えた。


「強く、ねぇ。穂琥は憧れとかある?」

「え?」


予想外の言葉に穂琥は眼を丸くした。


「ま、別にいいんだけどさ。オレにも昔憧れた眞匏祗がいた」


これは本当に予想外な話。薪に憧れるべき対象がいたとは驚きだった。


「お母様?」

「はは。まぁ、確かに凄い方だった。でも憧れていたわけじゃない」


薪は昔に会ったとある眞匏祗の話をした。


 ずっと昔。まだ、両親ともに生きていた頃。父の横行をなんとしても止めたかった薪は必死で星中を駆け巡っていた。父の行く手を阻むため。父の行動を阻止するため。薪はひたすら走り回っていた。そんな折に出会った小さな眞匏祗。


「この糞餓鬼がぁ!」


ある商店街で刀を振り上げた大柄の男。その足元に膝を着く小さな眞匏祗の少年がいた。薄い蒼紫色の髪をした小さな小さな少年、子供がいた。


 それを見つけた薪は地面を蹴り男の振り下ろした刀を弾き返した。そして事情を知るにこの少年が屋台のものを盗もうとしたという話だった。


「あ・・・・いや・・・そんな・・・」


少年はひたすら怯えてそしてどこか驚愕している様子だった。そしてそんな彼が窃盗などをするような柄にはとても見えなかったし、その気配も無かった。恐らくそう考えるとこの男の言いがかりだろうと薪は判断した。こんな不安定で治安の悪い状態はこの今の情勢にある。薪はそれを知っている。だからこの小さな少年にそれを押し付けるのが嫌だった。薪はその少年を庇うことを決める。


「盗もうとしたものは何でしょうか。全てオレが弁償いたします。だから手を出さないでください」


男はにやりと笑った。



 頬杖を着いて薪はにやりと笑った。穂琥はその笑った意味が理解できなかった。


「その男はね、その子供が何も盗んでいなくてもどうでもいいんだよ」


そんな台詞を聞けばその店の一番高いものを盗んだと言い張ればいい話。


「ひどい!そんな・・・!」

「それが当時のあり方、世界だったんだよ」

「それは・・・」


だから薪は当時、その金を全て払って少年とともにそこを後にしたのだ。


「で・・・その子供の眞匏祗が憧れなの・・・?」

「ははは。そうだな。希望は持った。でも彼じゃない。オレが憧れたのは・・・」

「たのは・・・?」

「その少年の父親だ」

「お父様に?」


薪は小さく笑った。その少年とひとまずその場を離れて眞匏祗たちの少ない場所まで移動をした。しかし、その移動先でとんでもないことが起こった。


「父上に・・・見つかったんだよ」

「お父様に!?」

「そう。その子供と随分と親睦を深めていてね。仲良くなっていたんだけど。それを見た父上がその子供を殺そうとした」

「そんな・・・!?」


しかし話の割に薪はどこか嬉しそうな顔をしているのが気になって仕方なかった。


「殺される、と思ったよ。そんな時だった」


 目の前を覆う青白い光。そしてそこから現れた紺色のローブを身に纏った眞匏祗が現れた。薪はその姿に驚愕した。そして己の刀を弾き返された巧伎も少し驚いている様子だった。


「だ・・」


誰か、そう尋ねようとした幼少期、薪の声は隣にいた少年の声にかき消された。


「父さま!」


その声に反応して現れた眞匏祗はふっと振り返りこちらに小さく微笑みかけた。それから巧伎へと向かう。構える刀。光る切っ先。迸る眞稀。どれをとっても凄まじく薪はただそれを見ていることしか出来なかった。


 ある程度巧伎と刀を交えた後、ふっと巧伎から殺気が消えた。


「興が冷めたな。面倒だ。見逃してやるから消えうせろ」


巧伎はそれだけ言うと踵を返して姿を消した。それを確認したその眞匏祗はすぐさま振り返り、少年の安否を確認していた。


「はい、大丈夫です、父さま。それよりも・・・」

「あぁ、問題ないよ」


そんな会話をした後にそっと薪へと手を伸ばし、少しだけ冷たいその手を薪の頬へと当て、傷だらけの薪からだの傷を一瞬にして治癒した。


「あの・・・ありがとう・・・御座います」

「いや、いいよ」

「貴方は・・・・何者ですか・・・」

「ふふ。いずれ、わかるときが来るよ。お前が強さを求める限り、きっと」


眞匏祗はそう言って少年を抱きかかえて立ち上がった。その姿があまりに凄すぎた。薪はそれに見とれた。その姿に、その眞稀に。


「オレは・・・貴方の様に強くなれるでしょうか?」


薪はその眞匏祗に願うように尋ねた。その眞匏祗は小さく笑った。


「いずれなれるさ。お前なら絶対に。護りたいという気持ちを持ち続けて高みを目指せ」


頭にそっと置かれたその手から伝わる強い意志。薪はそれを受け取ってしっかりと頷いた。



 眞匏祗はすっかりどこかへ消えてしまった。


「移動術・・・?」


穂琥は薪の話を聞いてそう思った。しかし薪は頭を横に振った。


「いや、あれはそんな生易しいものじゃない。今でもわからないんだ。あのときの事はわからないことが多すぎる」


薪は少し視線を落とした。


「あの時、自分には向かってきた眞匏祗を相手に何故父上が刀を納め、姿を消したのかもわからない。そしてあの後、余裕が出来次第、すぐにその眞匏祗を探したが何処にも見つからなかった。見つけることが出来なかった」

「なまえは・・・?」

「・・・・そういえば聞き忘れたな」

「え・・・・」


薪はまた笑った。それでもはっきりと覚えているのはあの眞稀。強く苛烈でしかし暖かく優しく包むようなあの感覚を。


「だからオレは強くなる、そう決めた。父上さえも刀を納めた何かがあの眞匏祗にはあったんだ。だからオレはあれを目指して・・・言われたように高みを目指して」

「そう、なんだ・・・」


知らなかった意外な薪の過去の一面。そんな出会いが薪にあったことを知らなかった。薪が言う『憧れ』は本気だと穂琥も悟った。これは生半可な気持ちではないことがわかった。だからこそ、薪は全力を掛けて強くなろうとするのかもしれない。護りたいものがある、それを護るだけの力が必要だから。目指したい対象があったから。


「何事も上がないと上がれないだろうからな」


薪はにこやかに笑った。あまりにそれが素直で真っ直ぐな笑みだったので一瞬、儒楠と錯覚するほどだった。


「さて。いいかな?」

「あ、うん・・・」


薪はどこか嬉しそうに笑うと立ち上がって綺邑の後を追った。


 部屋にいた綺邑へ強制的に準備をさせる。無論、普段の綺邑相手にそれは出来ないが今の人間レベルの綺邑なら何の支障もない。


「奪還作業、始めるぞ!絶対にいける!」

「何故・・・そこまでする?」


綺邑が問いかける。薪は綺邑のほうを見てにやりと笑った。


「仲間、だからだ」


薪の言葉に怪訝そうに顔をゆがめる綺邑。そんな綺邑に薪はさらに声を掛ける。


「今から綺邑は過去に遡る。そこで確かめて来い。お前の、全てを」


準備が整った薪はそれで力を込める。あたりになんともいえない不思議な気配が立ち込めた。これはどこか不気味で気持ち悪くそれでいて不安を煽るような気配。しかしそのどこかに手を伸ばしたくなるような暖かいものがある気がした。そして綺邑はその場から姿を消した。


「大丈夫、なんだよね・・・?」

「・・・綺邑は強い。大丈夫さ」



 暗闇を深く深く。落ちていく。そこでふっと瞳を開けた。上も下も知れぬ摩訶不思議な世界。ここは境。しかし雰囲気が違う。これは。


「過去、か」


綺邑はふっと体勢を立て直した。


―あぁ・・・・お前か


どこか遠い世界で聞いたことがある声。綺邑はそちらに顔を向ける。



 ずっとずっと過去。それは生まれた。

 目の前に現れた大きな影。その影の伝えてきたのは名前。


―綺邑


 名前を告げると影は消えてしまたった。残された己の体。

 置き去りにされてしばらく。立つ事を覚えた。その時・・・-。

 体を突き抜ける感覚が襲った。

 貫かれた衝撃はしばらく収まらなかった。ふと気付くとこの衝撃は・・・・-

 影の視線だった。そいつは歩み寄ってくる・・・。


―・・・・ッッ!


 声にならない絶叫がほとばしる。影は『眼』をもぎ取った・・・-。

 手を地に着き、息を切らした。下を向いた瞬間、眼から赤いものが流れた。それが・・・血と言うものだった。

 影は高らかに笑った。にっこりと笑ったまま己の目を抉り出した。

 影は呪を言った。取り出した『眼』は綺邑にめり込む。

 影の『眼』がとり憑いた・・・。

 『眼』はすぐさま暴走を始めた。

 暴走した『眼』はどす黒い光を放ち影を襲った。

 ものすごい力を受けたにも拘らず影は笑っている。耳に残る甲高い奇声のような笑い声を発して・・・。影は消えた・・・・・。

 それからどのくらいの時間が経っただろう。『眼』は落ち着きを取り戻した。しかし・・・。開けばたちまちに暴走を始めた。

 行く当てなく黒い光はうねる。身体の中の力がほぼ抜けたとき。その場に伏せるしかなかった。

 どのくらい・・・・?わからない―。

 全てがわからなくなった。ここまでに落とした影。それは紛れもなく父親・・・。

 世界は狂った。死者を誘う存在が消えた。死した魂が世に溢れる。狂いまくった世界の中で眼を開けた―。 全てを知って・・・。


 眼を覚ました綺邑は凄まじい力を発した。迷えし死者を全てまとめた。


 それから長い年月が経つ・・・。

 死者を誘う・・・ずっとそれをしていたのに・・・・。

 とある少年の涙が流れたとき、運命が変わった。

 それは・・・・その出会いは・・・・――。

 直、愨夸になる少年との出会いだった・・・・・・・。



 声を聞いてそんな過去を脳裏によみがえらせていた綺邑。そして目の前に立つ男へと眼を送る。その姿に綺邑は愕然とした。


 死神は『黒』であらねばならない。しかし綺邑は『黒』ではなかった。故に死神としての存在がかすんでしまっていた。そしてこの邑頴も。同じ様に『黒』ではなかった。いや、正確には『黒』ではなくなってきている、といった方が正解か。


 邑頴のその姿は見る見るうちに白くなっていった。


「お前・・・」

「くく。あぁ、未来から来たのか」


何もかもを悟ったようなその声に綺邑は眉間に力を入れた。


「・・・。ここでお前を殺せば私は解放されるのか?」

「やってみるといい。楽しくなりそうだな」


邑頴は余裕で笑う。それがどこか憎らしくどこか切なかった。そして沈黙が流れる。目の前の邑頴からはまるで殺気を感じない。それどころか覇気すらない。


「お前は今、幸せか?」


唐突に邑頴が言った。綺邑はそれを肯定も否定もせずに答えた。


「私にそのような感情はない」

「そうかい」


どんどんうす抜けていくその姿。これが死神の最後の姿なのかと確認をする綺邑。そんな綺邑を悟ってか邑頴はにやりと笑った。


「不安か?直に己もこうなるのかと」

「いや。参照にしているだけだ」

「ほぉ」


邑頴の姿がゆらり、ゆらりと揺らぐ。しかしそれでもまだ目の前に存在するその姿にどこか心を持っていかれそうな気配を覚える。綺邑はそれを押し殺して邑頴を睨む。


「くくく・・・。何を迷っているのやら。俺はお前に恨まれるべき存在だぞ?何を躊躇っている」

「躊躇う?何を世迷言を」

「わかるさ。口調、呼び方。それら全てで」


白く白く抜けていくその身体。消えることが目に見えてわかった。


「消えるのか」

「当然だろう?死神は『黒』であって輝く」

「私は異なる。何故だ?」

「くく。その答えは己で見つけるんだよ、綺邑」

「・・・そうか」


状況が不安定になってきている。周囲の均衡が崩れ始めている。本能的にもうこの場を離れるべきだと伝えてくる。目の前の邑頴も同じ様なことを言っている。


「くっ・・・・」


強烈なめまいに見舞われ意識が朦朧とする。それに何とか耐え様としても耳の奥で耳鳴りが鳴り響き意識が飛びそうになる。白くなっていく死神はその場で悠然と笑っていた。消えていくその姿。足元から徐々に。そして胸のところまで消えた辺りでやっと邑頴から『笑み』がこぼれた。そしてその口が動く。


―無事に成長出来てよかった


それが音となり綺邑の耳に届いたかは定かではない。綺邑はそのまま意識を手放すこととなった。


 何もしなくていい。何もするべきではない。そんな虚無的な空間。このまま瞳を閉じ流れに身を任せていればいずれは。


 そこは境と冥界の途中。死者が必ず通るその道。三途の川、と俗に呼ばれるのはここのことかもしれない。そうしてここをずっと流れていけば、当然その先に。


 そうすれば新たな死神が生まれ、新たな均衡が生まれる。それで・・・・。


 耳鳴りがする。それを不快に思う。ここは冥府への入り口。そんな現象が起こること自体が間違えている。しかしその耳鳴りは絶えず綺邑を襲った。


―・・・・!


誰かの『声』だろうか。綺邑は呆然とそれに耳を傾けた。何かが叫んでいるように・・・。


―・・・ぃ!


綺邑はふっとそれに意識を向ける。この声は・・・どこかで・・・。


―戻って来い!!



 はっと目を開けた綺邑の視界には二つの顔が入っていた。心配そうな顔をしている眞匏祗、愨夸とその妹の顔。


―あぁ・・・そうだ、これらの声だ


綺邑は遠い意識でそう思った。穂琥の泣き叫ぶ声が聞こえた。


「姿が消えかけていたから焦ったよ」


安心はしているが未だ不安が抜けていないそんな表情で薪が細く笑いながら言った。


「消えてもらっちゃ困るからな」

「・・・・・な、ぜ?」


朦朧とする意識の中、薪へと尋ねた。すると薪は当然だといわんばかりの口調で答えた。


「大切だからさ。大切な仲間だ。それが消えるなんて嫌だろう」


そういう存在が大事なのだから。綺邑はふっと瞳を閉じる。今の右目に何の違和感もない。むしろそれが違和感。己の目であることがよくわかった。


「邑頴と・・・・。話をした。一体・・・・何を望んだのだろう・・・」


消えそうな声で綺邑が洩らした。薪はそれに答える事は出来なかった。なにぶん、薪の親も・・・。


「普通の親の願いなど一つに決まっていよう」


この声は簾乃神。そしてふっと姿を見せる。疲弊している綺邑へそっと手を翳す。そこで神々の間で何かが行われたように思えたが薪にはそれがわからなかった。そして簾乃神はすくっと立ち上がると紅蓮の瞳を和ませて言った。


「直に力も戻るだろう。此方の均衡も平常に戻りつつある」


今までないほど暖かな声。それを残して簾乃神は姿を消した。


 それから長いこと沈黙が続いた。泣きつかれたのかいつの間にか穂琥は眠ってしまっていた。そんな穂琥の涙の跡にそっと触れてから薪は綺邑へと視線を戻した。綺邑は横になり微動だにしない。


「何故・・・」


綺邑は小さくそう洩らした。一体何に対してなのか薪にはわからない。


「何が」

「・・・・邑頴のことだ」


綺邑にとって邑頴は己の身体を蝕んだ呪いそのもの。にもかかわらずあの最期はなんだ。あれではまるで。


「簾乃神の言っていたことを考えれば親、だからだろうな」


親という存在は絶対的にどこかで子の事を思っている。どこかできっと。だから綺邑の親も・・・・邑頴も綺邑のことを思って。


「それがなければオレと綺邑は会えなかったと思う。そしてこの出会いにオレは感謝する。お前がどう思っているかはオレに理解する事は出来ないけど・・・」


少なくともマイナスではないことを祈りたい。


「私は・・・」


綺邑はその先、言葉を閉ざし何も言わなかった。


 結局のところ綺邑の真意はわからないが綺邑の中できっと今までのことが無駄ではないと解釈してくれているだろう。


 きっとこの先も彼女の手を借りることが来るかもしれない。それは別に悩みでなくとも。次に彼女に出会うときは・・・。


 薪は小さく笑った。ふと思ったことに自嘲気味に。そしていつかそれが実現することを祈って。


 この先に紡がれるは何の因果か・・・。誰にもわからない。きっとそれでいい。それだから・・・・世界は回るのだ。


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