第百二十一話 稀と醒然のこと
不安げに覗き込む穂琥。その少しはなれたところで美しい珠を手のひらの上で転がしている薪。
「大丈夫・・・?」
「さぁな。とりあえずは生きているからな」
薪はさっと魂石を体内にしまうと立ち上がって綺邑の眠る傍まで歩み寄った。
アレから数時間。この状態だ。混乱している籐下をとりあえず大した説明もなしに帰し、綺邑を神々から受け取る。そして綺邑が目を覚ますのをずっと待っている状態。そんな綺邑からは神気も感じることが出来ず、本当に人間のような気配を放っている。まぁ、その身体こそ、人間仕様なのだから当たり前だが。本来の肉体ではないのだから。
「ったく。こいつがこう、死にそうなっていると何だか調子が狂うな」
「・・・そう、だね・・・」
薪はさっと踵を返して部屋を出て行く。ここにいてもしょうがないという判断のようだ。
先にリビングでくつろいでいた薪の様子が少しおかしくてその隣に座ってどうしたのかを尋ねた。
「いや、よく考えたら大変なことなんだな~って思ってさ。もし仮にないだろうけどあくまで空想上の話として綺邑が消えてしまったら色々困るな~って」
「凄い仮定・・・」
遠い目で薪は語る。現に、今の綺邑が薪と面識があるが故にそれなりに言うことを聞いてくれているのかもしれないが、全く新しい死神が生まれればそれとは全く面識がないことになる。となると、そことのかかわりも断絶することになるのだと考えると・・・。
「でもなんで綺邑は働いてくれるんだろうなぁ~?」
「興味があるからじゃないの?稀に見ない眞匏祗で」
「お前のこと?」
「違うよ!なんで私なの!」
「いや、稀に見ないアホ度に興味が・・」
「だぁ!もう!うるさい!!」
穂琥の猛攻撃をテキトウに受け流しながらそうやって時間は流れていく。
そんな折、インターフォンが鳴ったのでひょっこり穂琥が出ると先ほど見舞いに来ていた数人とひどく申し訳なさそうな顔をしている籐下がそこにいた。
「あれ?どうしたの?」
「いやね、やっぱり色々問題あるじゃん?男女一つ屋根のしたって」
「・・・・え?」
「儒楠と穂琥ちゃん二人だけってあれでしょう?」
「だから私たちも一緒にいるよ、ってこと!」
予想外の流れにぎこちなく籐下へ首を巡らせると何も言わずにただ顔の前で手を合わせている。穂琥はそれに頬を引きつらせた。今は特に色々状況がヤバイ。
「騒がしいけど何?」
薪が顔を出す。
「よ、よう・・・」
引きつった顔の籐下が挨拶をする。
「へ?」
なんか状況を悟って薪が嫌な表情をする。
「泊まり会やるから!」
「・・・いやいやいや、ダメだから。今は危篤預かっている状態だし」
「危篤?!」
驚いた声を上げた数名だが、それよりももっと驚くべきことが目の前で起きたので全員硬直した。無論、全員なので籐下も穂琥も。
「誰が危篤だ」
階段から誰かが降りてきてそのまま物凄い勢いで薪を蹴飛ばしリビングのほうへ消えていく。
「・・・・・え?」
恐らく全員その感想。穂琥ですらその感想だ。今着たばかりの彼らにそれ以外の反応など無理に決まっている。
「貴様如きと・・・同じにするなよ」
「いやぁ・・・死にかけたお前が言う台詞では・・」
「黙れ!」
そんなやり取りの後、状況をつかめた穂琥が即座に動く。
「よかったぁ!全然動かないから心配したよぉ!」
穂琥は今目を覚ました綺邑へと抱きつく。それに少し困ったような表情を浮かべる綺邑。それからそっとそんな穂琥を引き剥がす。
「・・・誰・・・」
小さく聞こえる疑問を完全に無視して薪へ向き直った綺邑の怒号が飛ぶ。
「この身体は何だ?!貴様、私をどうした!?」
「え・・・あ・・・いや・・・・その・・・」
しどろもどろする薪だが綺邑は物凄い剣幕で薪に迫る。
「これは何だ?!」
「ひ、人の・・・から・・だ・・・です・・・」
「そんな事を聞いていると思ったか?貴様のその小さな脳はそれすらも解らぬか?」
「いや・・・あの・・・はい・・・その・・・・」
「返せ。私の身体を返せ!」
「いや・・・そんな事したら・・・また昏倒・・」
「知ったことか!不快だ!この状態が!」
怒り狂っている綺邑を抑えることが今の薪に出来るわけがない。
「え・・つか・・・え?体返せって・・・?儒楠、一体何をしたの?」
やっと状況を掴み始めたクラスメイトが声を洩らした。それを聞き取った綺邑が薪へ迫るのを一度止める。
「儒楠・・・?」
「は、はい・・・。そういうことだから・・・あとで・・・」
綺邑が薪を睨む。困ったように笑いながら薪はみんなに細々と説明をする。
「えっとね・・ほら、オレら眞匏祗だろう?だから身体を擬態で補ったりすることがあるんだよ・・・」
人にとって説明としてもわかりにくいかもしれないが一応は理解してもらえたようだった。
「うわっ!」
突然声がして薪の上に何かが落ちてきた。
「いって・・・」
「わるい・・・着地場所間違えた・・・」
落ちてきたのは儒楠だった。そして落ちてきた反動で最早どっちがどっちか判別できない。となれば後は元に戻るだけ。
「さて。ちょっと渡すものが・・・っと、人いるのか」
「・・・さてじゃぁ、ちょっといいかな?この状況は何だかよくわからんけど、オレんちで一体何をしているわけだ?」
薪が切り返す。これで元通り、問題ない。そして薪が薪であるなら家から追い出すことも簡単に出来るわけだ。しかし、それよりも前に綺邑の怒りが噴火する。
「貴様、いつまでも待つほど私は良心的ではないぞ」
「あ・・・はい・・・」
引きつった顔をする薪に綺邑が怒りを露にする。それからするりするりと抜ける儒楠は穂琥に尋ねる。
「何かあったの?」
儒楠は穂琥に尋ねたつもりだったが他の人にもそれが聞こえたらしくそちらから反応が帰ってきた。
「そりゃ、こっちの台詞だよ!?擬態なんでしょう、その人?!」
「・・・・・」
そんな事言われても今来た儒楠にそれを理解するのは困難なこと。しかし、なんとなく事情を知っている穂琥と籐下は祈るのだ。
―察して儒楠君!
―儒楠なら察せる!
「・・・あぁ、そうだよ。眞匏祗って凄いだろう?」
「何でもできるのか?!」
「いやいや、さすがにそれは無理だろ」
儒楠が普通に会話を始めたのでその素晴らしさに心で拍手を送る。その察しの良さは質か、はたまた愨夸代理で強制的についたものか。なんとなく後者なきがするのは穂琥だけだろうか。
「まぁ、本来眞匏祗は人に手を出しちゃいけないからね。眞稀で触れた時点でアウトだな」
「は?」
「危ないからな。人を傷つけてしまったら愨夸に罰せられるからな」
「触れただけでそうなるの?!コッカってこわ!」
「そんなことない!!」
今まで話を聞いていた穂琥が急に参戦した。
「私たち眞匏祗は人間に比べたらはるかに強い力を持っているの!だから誤って殺してしまう事だってありえるんだから!それを制御するためにそういう法律を作ったんだもん!」
穂琥のあまりの怒涛ぶりにみんな少し引きつった表情をしていた。
「はいはい、穂琥。落ち着いて~。そうムキにならないで。そういわれたら誰だって腹立つよね~わかるよ~?でも落ち着こうね?」
「う・・・」
「じゃぁ、オレはそろそろ・・・」
「どいてー!!」
突然薪の声がしたので驚いてそちらを見ると物凄い勢いで突っ込んできた。儒楠は周囲にいた人を軽く抱えてその場からするりと逃避する。そして薪と綺邑の乱闘を見ていてしばらく沈黙の後、籐下がぼそりと洩らす。
「・・・・・怖い」
それに一同。
「うん」
呆然と見詰めることしかできないのが現状だった。
息が切れて薪がぜーはーしているのを笑いながら儒楠は声をかける。
「んじゃ、『交代』ってことでオレはもう行くぜ?」
「お、おう・・・悪かったな」
薪が軽く手を上げて挨拶をする。今度は薪が残る、ということが知れて色々忙しいんだな~とぼやくクラスメイトたちだった。