第十二話 開眼を目覚めさせて
薪の笑う声が聞こえる。
「何言ってんだよ。穂琥は穂琥だろう?もう強いんだし、自分で何とかできるだろう?オレは忙しいし、もう自分の命は自分で護ればいいさ」
目の前の薪はそうやって笑う。にこやかにとっても晴れた笑顔で。それとは反対に穂琥は悲痛の表情を浮かべる。どんどん歩き去っていく薪に手を伸ばして。
―待って。お願いだから待って。見捨てないで、薪。お願い、薪・・・薪。
「薪!!」
「!?」
大声を出して飛び起きた穂琥はしばらく呆然としいていた。目の前に酷く驚いた薪の顔があった。穂琥は思わず薪に抱きついた。
「は!?ちょっと!?穂琥?!」
驚いた薪は何とかして穂琥を引き剥がす。
「もう朝だし、魘されていたみたいだから起こしてみようとしたんだけど起きる気配なかったから諦めようとしたら飛び起きてきたら驚いたよ」
「あ、ゴメン・・・。夢だ・・・」
「オレの名前を絶叫に近い形で呼ぶ夢ってどんなだよ・・・」
いつものように呆れたような口調で言ったがどうやら今回はそんな呑気な話ではないらしく、穂琥が尋常ではないほど落ち込んだので薪は少し焦った。
「薪は・・・さ」
穂琥が低いトーンで言う。
「私のこと・・・・見捨てる?」
突拍子も無い穂琥の質問。いつもの薪だったら「は?」と応えたかもしれないけれど今の穂琥を相手にそんな反応、するわけも無かった。穂琥の傍まで歩み寄って穂琥の前に膝を落として穂琥と目線の高さを同じにした。
「あるわけないだろう、そんな事」
「お前を見捨てるなんてオレの命を捨てるより有り得ない。何があってもお前を見捨てるようなことはしない。大丈夫、安心しろ」
優しくそっと、頭を撫でながら薪が言ってくれた。それが嬉しくて穂琥はそっと頷いた。
薪はそんな穂琥を確認して立ち上がると俯いている穂琥には見えない、見せないようにして微笑む。穂琥を大切に思う家族として優しく暖かな笑みを浮かべるのだった。
「落ち着いたら降りて来い。朝飯食って落ち着いたら特訓だから」
「うん・・・。・・・・・特訓んんんん!?」
「当たり前だろ」
朝餉の支度をしながら薪が言う。穂琥は必死でそれに食いつく。完全ではない以上、しなくてはいけないということはわかるけれど、桃眼というものは療蔚の技だ。これからの戦いに必要性は存在しない、と穂琥は思うのだった。
「なんだ、お前。桃眼が『治すだけ』とでも言いたいのか?」
「え?違うの?」
「違うね。医療、療蔚の術であることに代わりはないけど。でも考えても見ろよ?」
薪の例え話に穂琥は絶句した。
とある一つの病院で起きたと仮定する酷い事件。あくまで過程であり事実ではない。
一人のドクターがいた。そのドクターが抱える患者は一日に30人を看るとする。その30人は健康診断で来ただけのいたって健康な人であったとする。そしてそのドクターがその患者全員に嘘の診断を渡す。
『癌になっています』
すると患者はどうする?
『それを治す手立てはありませんか?』
ドクターが応える。
『有りますよ。この薬を毎日飲んでください』
手渡した薬を嬉しそうにもらっていく患者たち。それはドクターが今までに勝ち取ってきた信頼の証。そうして薬を持ち帰った患者たちはその日のうちに全員死んでしまった。原因は癌の特効薬としてもらった薬。その薬は特効薬でもなんでもなくてただの毒薬。それを飲めば瞬時に死に至る。
「な?医者の力って結構怖いんだぜ?」
「いや!あんたのその思考のほうが怖い!!」
苦情を言う穂琥に涼しい顔をして受け流す薪。要するに、『医療』というのは『ミス』というだけで人を死に追いやり殺してしまう。それほど恐ろしいものがある。
血が詰まってしまった病にかかったらそれを治すために血が流れやすいように眞稀を送ってやるとする。しかしだ。血が詰まっていないで健常なその血管にその流れやすい処置を行えばその血流は急激なものとなってきっと死に至るかもしれない。
眞匏祗の領域になってくれば神経経路を自在に操る事だって桃眼であれば容易くなってくるだろう。そんな神経経路を切断してしまえばどんなに強情なものでもたつことすらできなくなってしまう。そうして立てなくなってしまった相手は最早翼を捥がれて地を這う虫けら同然。後は眞稀を流し込んで血液の流れ逆流させたり、そもそも臓器器官の経路を断ち切ってしまえば直に魂石だって割れて・・・
「だぁぁぁ!!!わかった!!わかった!!もういい!わかったから!頑張って習得しますから!!!」
薪の言葉を遮って穂琥は耳を塞いで叫ぶ。薪はわかればよろしいといてさっさと食器を片付ける。
「とはいっても今のは例えだぞ?」
「わかってるわい!それを本気でやれって言うなら私は薪と家族の縁を切るわ!!」
「まぁ、そうわめくな。さて、移動するぞ」
薪は穂琥を椅子から強制的に立ち上がらせるとそそくさと歩き始める。仕方なく穂琥はその後に続くのだった。
眞匏祗の世界と違って地球という世界は酷く狭い。そして柔らかく脆い。そんなところで本気の修行が出来るわけも無く。そこで薪はい空間を作り出したのでした。
「薪って本当に何でもできるのね・・・・」
「そんなわけ無いだろう。儒楠だって出来るさ。上級クラスになればこれくらい出来る」
薪は簡単そうに言って扉を開く。その先は驚愕するほどの広さ。地面は土。岩場のようにゴツゴツとした場所がたくさんある。もし人がいれば簡単に隠れる場所を作ることができそうだった。
「ここで修行を・・・。え、でもどうやってするの?薪にぶつけるわけには行かないでしょう?」
「当たり前だろう。いくらオレでも死ぬよ」
薪は呆れたように笑った。薪が幼少期に造ったオリジナルの修行法。それを今の自分なりに改良したものを穂琥にやってみるという。
「つまりお前は実験台だ。頑張れ」
「え・・・・」
薪のあっさりとした言葉に返すことも出来ずに穂琥は固まる。誰にも試したことの無い薪だけの習得方。故に、他のものでもそれが使えるかは疑問なところだった。
見えない敵を討つ為にはどうしたらいいか。一つは薪のような感知能力の高いものが周囲を警戒しながら相手を見つける。ただ、これでは常に気配を感知し続けなければならないために集中力を相当要する。それに相手が極度に眞稀を抑えてしまえば見つけることはまず出来ない。そこで、桃眼。桃眼は『目』の力。故に『視る』力。隠れ潜んだ相手を視覚的に捉えることが出来る。
「簡単に言えばサーモグラフィか?」
「ほう・・・」
薪の例えに納得する穂琥。
「ま、ひとまずは眞稀の感覚になれていこう。はい、開眼」
「は、はい・・・」
薪に言われるままに開眼する。ぼわっとした煙のような靄のような、そんな世界が目の前に広がる。
「少し曇っているなぁ・・・。さて、どうするか」
どうやら今の薪の発言からこの靄がかかっている状態は通常の状態ではないらしいことが把握できた。
「もう少し眞稀を上げて・・・そうそう、その辺でストップ。維持して・・・」
薪のアドバイスを受けながら桃眼の修行に入った穂琥だった。
何とか目が大分桃眼の眞稀に慣れ始めた頃、薪が次の段階へ移行することを伝えた。
「今からダミー人形を2体作るからそれを時間内に潰せ。制限時間は20分」
「え?20分?!そんなに?!たった2体なのに?」
「言ったな、『たった』と。よし、頑張れ」
薪が手を上げて穂琥を応援する。その態度に妙な焦りを覚えた穂琥はちなみに時間内にもし潰すことができなかったらと尋ねると薪はこれまたさわやかな笑顔で答えた。
「罰ゲーム♪」
薪の語尾に♪が付いただけではなく、ウィンクまでしている以上、時間内に潰せなかったらきっと穂琥が潰される。穂琥は普通じゃないほど力を入れてダミー捜索の用意をした。
条件は二つ。一つ。時間内に2体のダミーを見つけて潰すこと。二つ、その場から一歩も動かないこと。これだけ守れば後は何をしても好きにしていいと言うこと。薪のスタートの合図でいつの間に隠したか知れないダミーを捜すこととなった。
「うわっ。見つけにくそう・・・」
ダミー自体に宿る眞稀は薪の組み込んだ眞稀で薪、そのもの。だから見つけることは結構簡単かと思っていたがそうもいかない。隠れるのがうまいわけだし、そもそも陰に隠れて見えないわけだから桃眼の力を引き出さなければきっと見つけることは出来ない。
そんな折に、視界の隅に妙な気配を感じた。
「アレは・・・?」
「お、見つけたか」
「いや、わからないけど・・・」
薪に言われて眞稀を放つ。するとダミーが小さく爆発した。あと一体ということで必死になって探す穂琥。しかし何処をどう見てもそれらしいかげない。本当に隠しているのだろうか。
目が急激に痛み始める。少しだが涙も出てきそうだった。それでも穂琥は目を凝らす。ぐっと力を入れて揺らぐ気配を察知する。きっとそれは薪の隠したもう一体のダミー。穂琥は目がつぶれそうなほど痛いのを我慢して眞稀を放ってダミーを破壊する。その途端、穂琥は膝の力が抜けて前に倒れた。
「おっと」
薪がそれを受け止めて静かに座らせる。
「限界だな。慣れない開眼を続ければ身体に支障をきたしてしまう。少し休憩だな」
穂琥は小さくはいとだけ答えて近くにある岩に背を預けてはっとする。
―薪ってこんなに優しいか?!
そんな疑問が浮かんでから薪を凝視しために薪から冷たい視線が帰ってきた。それを軽く避けながら穂琥は必死で考えた。薪は一体何を考えているのだろうか。こんなにやさしいのは何か裏でもあるのだろうか?そう考えたところで所詮は穂琥の頭。薪とは違う。わかるわけも無く。体は休んだが、結局のところ頭が休まない状態で休憩時間は終わってしまうのだった。