第百十九話 楽と幸せのこと
どうだっ、と力む穂琥にテキトウに返事を返す薪。しかしそのあまりのテキトウな返答に穂琥が怒りの手刀を薪の後ろ首に入れる。
「ぐふっ」
食物を口に運んでいた薪は見事に変な声を上げた。
「あ~、はいはい・・・おいしいです・・・」
「ふん!最初からそういえばいいのよ!」
薪が食事をしている間に今後のことを尋ねる。
「ん~、まぁ、ひとまずはゆったりと身体を動かしていくことが大事かな~?訛りを取らないといけな・・・」
「よし!外に行こう!」
「は?」
薪の反応も無視して穂琥は嬉しそうに二階へ駆け上がっていった。薪はその様子を見て少し肩を落とした。
「全く・・・」
口とは別に薪はどこか嬉しそうな表情をしていた。
穂琥に連行されて外にでる。
「最近戦いばっかりでべたべただったじゃん?」
「何が言いたいわけ」
「美容院!行きたいの!いいでしょう?」
「・・・・・」
こんなくだらない馬鹿に少しの間とは言え綺邑が付き合ってくれたと思うと案外凄まじいことだと思う薪だった。
「よし、じゃぁ行こうか!」
「えっ、オレまだ了承してな・・」
「沈黙は肯定の意!」
「いや、それきゆっ・・」
薪の言葉はことごとく全て中断され引っ張られていく。薪は諦めて穂琥に引っ張られることにする。
そうして美容院で待たされること幾時間。やっと終わった穂琥がくるりと回りながら綺麗にそろえられた髪を披露するが別段反応を示さない薪に文句を言う穂琥。
「うるさいなぁ、それで?次は何処に行きたいわけ」
薪のそんな返答に穂琥はくすっと嬉しくなって薪の腕を次なる場所へと引っ張っていく。いつもただ黙ってついてくるだけの薪が次の行き先を尋ねてきてくれたことがうれしかった。穂琥は嬉しくなって薪をぐいぐい引っ張っていく。
次にたどり着いたのは最近オープンしたらしい大型のデパート。本当女子ってこういうの好きだな。と薪の内心。そして薪は周囲を見渡して穂琥に疑問を投げつける。
「お前、こんなところ来て何がしたいんだよ」
「え?薪にファッションのよさなんてわからないよ」
「・・・いや、まぁそれを否定するつもりはないけどさ・・・。ただここメンズだろ?」
「いいんだよ、女の子がここにいたらおかしいですか~?」
「いやぁ~、女の子ってお前の場合はあ・・」
「あ?」
「いや、なんでもない」
「とにかく黙ってて!」
穂琥はついっと顔を背けて服選びに専念し始めた。
「ん~・・・コートはやっぱり良いのないな~・・・。時期が悪いかな~」
「いやしらねぇけど・・・。つうかお前にしたらそれでかいだろ・・・」
「いいんだよ別に。さて次!」
引っ張られて肩の骨がガクッとなったような音が聞こえた気がした聞かなかったことにしておこう。
さて、一体どのくらいデパート内をうろついただろう。興味もクソもない薪にとってはなんとも退屈だったが一度付き合うと決めたからには最後までちゃんと付き合う。若干飽きたような表情は浮かべているがそれはあくまで相手が穂琥であって気兼ねしないということが要因だが。
やっとこ穂琥の買い物が終わりレジで袋を受け取るとさっさとデパートを出る。外に出た瞬間ひゅっと寒い風が頬を撫でる。
「さむっ。去年より寒いかねぇ~?」
薪がぼやく。
「なぁ、穂琥~。もう帰ろうぜ?」
「うん!」
「あら、随分良い返事・・・」
予想外の穂琥の潔い返答に薪は少しだけ警戒した目を見せた。
「ふふ。家まで遠いね?飛ぶ?」
「冗談だろ。今やったら死ぬわ。それにたまには歩くのも悪くないだろう」
「うん!」
「雪でも降るかね~?」
薪が空を見上げて言う。そういう天気予測はできないのかとたずねるとできないこともないと薪は返す。空気中の水分量から冷機の具合、温度や雲の状態・・・と口にしていると早くも穂琥が脱線を始めている。難しい話はすぐにこれだ。自分から聞いておいて脱線する。
「ま、何でも予測できたら楽しいものなんて何もないさ」
「・・・そうだね!」
「んじゃ寒いから帰るぞ」
「うん!」
薪はすっとポケットに手を入れて肩をすぼめた。どこか遠い目をしながら歩き始める。
「だるい?」
「少しな。寒いし」
「そっか」
少しだけ先を歩く薪の姿を見て穂琥は小さく笑う。そして先ほど買ったものを袋の中から取り出す。
「うわっ?何・・・?」
暖かいものがふっと後ろから首を包む。振り返ると嬉しそうな顔をしている穂琥がいる。
「知っている?世で言うクリスマスが近いのですよ!だから余裕あるうちに渡しておく!メリークリスマス!」
「あ・・・そう・・・。あぁ、でもオレ何もないわ・・・」
「いいよ、薪からはいつも色々もらっているから!」
穂琥の笑顔が溢れる。薪はそれを見て微笑む。もらったマフラーをちゃんと巻きなおして穂琥と並んで歩き始める。久しぶりにのんびりとしたこの時間が楽しくて。嬉しくて。飛び跳ねるように穂琥は路を奔る。そうして歩いた路に静かに雪が積もっていく。