第百十八話 憩と低下のこと
甘いわ!考えが本当に甘い!勝てるかもとかミジンコでも思った自分が甘かった!勝てるわけないんだよ、薪を相手に何事においても!
「ん~、やっぱり予想よりうまくいかないもんだねぇ~。でも持続時間は延びてきたみたいでよかったわ」
呑気な声を上げている薪に穂琥は震えながら文句を言う。
「だから勝てるわけないんだって!薪相手に何をしても無意味だって!!」
薪はさっさと部屋へ戻っていく。穂琥もがっくりしながらそれについていく。
部屋に戻った薪の姿は凛としてどこか美しかった。それはまるで・・・。
「神様・・・?」
「そ、今から少し話しかけようと思ってね。御礼をしなくてはいけないからね。神様と神様に」
「・・・・・なんで二回・・・?」
穂琥の疑問に薪は首をかしげた。どうにも理解が及びきれていないようだと切ない声を上げる。
「死神だって『神』だよ?」
「あ・・・」
合点の言った穂琥は頷きながら薪と同じ様に姿勢を正して座る。
「さて。どうしたものかね」
「ん?」
「神となる存在をそう簡単に下界に呼んでいいものではないんだよね」
神気は強すぎる。それだけじゃない。気まぐれな神を相手にするのだから機嫌を損ねてはならないのだ。(ごく一部の神様に対しひどく機嫌を損ねまくっているという事実は今はおいておこう)
「神様たちのところにはいけないのかな?」
「・・・・・・・ほくちゃぁん?」
「あ゛・・・」
この呼び方をするときの薪は相当やばい。
「たかが眞匏祗ふぜいがぁ?天界に行こうなんてそんなふざけた話ないよねぇ~?ちょうしにのりすぎってもんだぁろぃ?」
「ははは、はい!!!すすすすみません!!」
一括終了。薪は再び姿勢を整え、結界を張るにもどの程度がベストなのか考えあぐねていると苛烈な神気が降り立つ。
「簾乃神・・・。ここは地球ですよ、壊れてしまう・・・」
「あぁ、すまぬな。状況がまずいだけに少し急ぎで来させてもらった」
その様子は確かに尋常ではなかった。あの平静を保つ簾乃神がどこか焦りを見せている。
死神の、綺邑の容態がおかしく、天界にても治癒が成されない。回復が全くされない。それを危惧し、薪へと尋ねに参った簾乃神。しかし、薪とてそんな事は聞いた事もないので答えようがない。それを何とかすることができると知るのは恐らく綺邑だけ。しかし、いくら問いかけても綺邑は神々にすら口を開こうとはしなかった。
「そうか、知らぬか」
「申し訳ありません」
「何、按ずるな」
簾乃神はふっと瞳を伏せた。それからぱっと顔を上げた。
「交代しよう。我はこれで引く」
簾乃神はふっとその場から消えた。そしてその代わりに新しい神気が降り立った。陣軌掠黎、感情の神といわれる神。またの名を陣黎。印象は緑。長いふわっとした髪をエメラルドに光らせ黄金の瞳は簾乃神とはまた別の輝きを放っている。
「あら、そちらの方はお初にお目にかかりますね。陣黎と申します」
「え・・あ・・・は、はい!ほ、穂琥と申します。ホク=スィンス=トゥウェルブ・・・」
陣黎神は柔らかく微笑んだ。
「陣黎神様。一体何用で・・・」
「えぇ。エンドいうものを探しに参りましたが・・・。貴方が、そうですね?」
「・・・はい、シン=フォア=エンドです」
陣黎神は薪を見詰めしばし考えた風を見せた。それから小さくため息をつくとどこか申し訳無さそうに口を開いた。
「貴方の魂をお借りしたいのです」
「どういうことでしょう・・・?」
「死神の子が回復しません」
陣黎神はどこか憂えているような声を出した。
天才と謳われた前代の死神。所謂綺邑の父。それの力の受け継ぎ、一時瀕死にまで至ったが、凄まじい力の元、復活を遂げた。その後、どんな傷においても即座に治癒できる力を有していた。しかし、今はその回復の様子が一切見られない。それの回復の手助けをすることが出来るかもしれない。
「それが・・・オレの『魂』・・・?」
「はい」
綺邑が激しく力を増したのは今からほんの少し前、小さな眞匏祗が生と死の境、つまりは展開の入り口まで来たときだった。それが原因で綺邑は大いなる成長を遂げた。だからそんな刺激を与えた眞匏祗なら・・・薪であるのなら、再びその力を有することができるかもしれないというあくまで仮定の話。
「・・・わかりました。しかし陣黎神様。二週間、という期間をお守りください。それ以上の期間、お貸しするわけには行きません」
「承知いたしました」
陣黎神の了承を受け、薪はそっと瞳を閉じる。そして魂を・・・魂石を体内から取り出す。白銀に輝いた右の脇腹辺り。そこからふっと手のひら大の珠が現れる。それは銀と蒼の入り混じった美しく輝くものだった。
陣黎神はそれを受け取ると深く頭を下げさっと消えた。その直後薪が手を床に付いて苦しそうに息をするので慌てた。
「薪!?」
「大丈夫・・・疲れただけ・・・」
「え?」
薪は小さく笑う。神々にもそれぞれ性質が存在する。薪にとってあの陣黎神の放つ神気は少し合わない。だから長時間傍にいるとひどく疲労してしまう。
「さて、穂琥ちゃん」
「は、はい!?」
「オレは今魂石抜いた状態だわ~。だから眞匏祗に襲われてもたすけられませーん。なので自分でちゃんと身は守ってくださいね~」
「りょりょ、了解です!」
なんだか少し恐怖を感じる言葉のように思えたが穂琥はひとまず敬礼だけしておく。
「さて、じゃぁ、メシ」
「は?」
「いや、起きてから、というかその前からだけど何も食べてない。腹減った」
「あぁ、そっか。まずは食べて体力つけないとね!じゃぁ私作るから待ってて!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・わかった、待っている」
「その間は何!?」
「いや、料理できたっけ、って」
「出来ます!!」
「あーはいはい、すみませんでした」
「くそ!!絶対うまく作ってやる!」
穂琥は駆け出す。