第百十六話 神と死神のこと
意識を失った薪。それは苛烈な神気をその身に浴びたから、が大まかな原因だ。それが暴走をした力を抑える手っ取り早い方法らしい。無論、荒療治であることに変わりはなく、薪でなければそんな事はしないと嗤う簾乃神の横顔に穂琥はしばし見とれていた。
「さぁ、死神の子よ。その餓鬼はお前が見張っておれ。我は少しこの少女と話しをしよう」
簾乃神にそういわれ反論することのない綺邑はただそこに黙したままだった。簾乃神はそれを肯定と受け取り穂琥と別室へと移った。
簾乃神はふわりと腰を下ろす。穂琥もさっと腰を下ろしたがどうにも簾乃神のような美しさは出ないことを悟った。
「さて。穂琥よ。お前のその力はどうした」
「・・・」
簾乃神の問いかけに穂琥は押し黙った。答えることができない。相手は神だ。到底自分の思いなど理解は出来ない。決して侮っているわけではなく、強靭は存在である神に己のような小さなことを理解する事はとても容易ではないということ。
「あの・・・簾乃神様は・・・・己の力に失望した事はありますか」
「これはまた突拍子もない質問だねぇ」
あるはずがないのだ。だから今穂琥が苦しみ悩むことが彼女には理解できないと穂琥はそう思った。しかし、簾乃神から返ってきた答えは意外なものだった。
「ふふ。失望、ねぇ。あるさ」
驚いて穂琥は顔を上げて簾乃神の目を見た。彼女の紅蓮の瞳はいつにもまして深く輝いている。
「我は神。そしてその周囲にあるのも神。故に力及ばぬ事だってあろうて。及ばなかったが故にあの死神の子を苦しめることとなってしまっているのだからな」
そう洩らした簾乃神の言葉に穂琥は首をかしげる。なんでもないと笑う簾乃神だったがその笑みはいつもと違いどこか弱かった。
「あぁ、簾乃神様・・・。私は・・・私はどうしたらよいでしょう・・・?」
「ふむ、話してみよ」
穂琥はくっと拳に力を入れた。
自分は強いのだろうか?愨夸の血筋を受け継いでいるのにこの体たらくはなんだろうか?同じ愨夸の血を受け継いでいる薪は当然のこと、その朋としてある儒楠も、そんな薪と剣を交えることができる力量を持っている。自分の力がひどく弱いのではないかと不安になっていた。周囲のものたちの力の強さに穂琥は気圧されていた。羨ましい。その力がひどく羨ましい。
「力が欲しいと・・・そう思っていました」
「いました、か。では今は違うと?」
穂琥の言葉を正確に汲み取った簾乃神のその返しに穂琥は小さくこくりと頷いた。
「今は・・・その力が怖いです」
心底感じた恐怖。薪の力に恐怖した事はこんなになかった。薪自らの力で恐怖を覚えることなど何もなかった。それを恐怖だと感じたのはきっとその力に敵意を感じたから、というのが妥当だろう。暴走してしまった薪の力をとめようとも思わなかった。いや、思えなかった。ただその力の絶大さにただ見ていることしか出来なかった。
「按ずるな。奴は決して己の力に呑まれた訳ではない」
「え?それは・・」
「おっと・・・。もうこんなにも席をはずしていたな。すまぬな。我はそろそろ戻ろう」
「え!?あの・・・待って下さい!どういうことでしょうか!?」
簾乃神は細く微笑みそのまま姿を消してしまった。途方にくれて呆然としていた穂琥の後ろから呆れたような声が聞こえた。
「全く、半端に残していけば不安を煽るだけだろうに」