第百十四話 気と正気のこと
目の前にいるのはどう考えても薪。でも放たれている眞稀も放っている雰囲気も感覚もその後姿も・・・。今まで見たことない、感じたことない『薪』だった。本当に怖いと思った。どうしても恐怖が拭えない。
「まさか・・・」
これが暴走、暴発か。その様子を流石の裏の住人の男も驚いているようだった。
「私でもあれはしんどいな」
綺邑の弱い声で言うので穂琥は不安で振り向いた。その表情はいつもと変わらず無。小さくため息をついてふっとローブから右手を出す。そこに光の球を生成する。
「止められる・・・?」
「今のままならな」
綺邑が薪のほうへと向かう。しかし、それを男が食い止める。そのせいで光の球ははじけ飛んでしまった。
「この餓鬼!何をする!」
綺邑がまた怒鳴り声を出した。それと被さるように大きな破壊音が耳を塞いだ。
巨大な爆発。その中心に薪がいる。穂琥は薪から発せられる恐ろしい殺気を感じ取り、初めて薪に対して後ずさりした。薪の目が違う。いつもの目じゃない。鋭く殺気に煌き禍々しい眞稀が身体から漏れ出している。
「ひっ」
あまりのそれに男がついに悲鳴を上げた。綺邑が男を蹴り飛ばした。
「これをどうする?貴様が止めるか?」
冷たい凍るような言葉。それに男は頭を抱えて丸くなってしまった。
「お姉ちゃん・・・少しやりすぎじゃ・・・・」
「ふん。何を世迷言を。今のあの奴を簡単に止められると思っているのか?出来るのならお前がやってみろ」
綺邑はついと顔を背けてしまった。
声こそはとても静かで落ち着いているというのにこに圧迫してくるような苛烈な気配は一体何のだろうか。穂琥は震えてまともに声すら出なかった。相手は薪なのだ。薪であることに変わりはないのに。
「手が震えているぞ」
綺邑にいわれてはっとした。それからまた俯いて手の震えを感じる。
「だって・・・・怖いから・・・」
「そんな状態でどう止めるというのだ」
「違う・・・。薪も怖い。でも・・・・」
綺邑が怖いのだ。一体何が起きたのかわからない。穂琥としては綺邑は外側の気配はピリッとしているとは思っているが、内面はもっと温厚であると思っている。そしてそれはいつも感じていた。しかし、今の綺邑からその温厚さすら感じない。その、あまりのらしくない行為に穂琥は恐怖したのだ。
「・・・・。焦っているのさ。奴の力は徐々に上がりつつある。私の力では到底抑えきれない」
穂琥はその言葉にショックを受ける。そしてその後、さらに大きなショックを受けることとなった。
今までぼうっとしていた薪がふいに此方を見た。その瞳に宿るものは大よそ感情と呼べるものではなかった。そして穂琥と目が合った瞬間、薪の口元がにやりと歪んだ。その直後、綺邑に腹部を蹴り飛ばされた。慌てて体制を取り直してみて驚く。自分が立っていた地面が悲惨なまでに抉られている。綺邑に蹴飛ばされなかったらアレの餌食になっていたかもしれない。いや、なっていただろう。そしてそれをやったのは間違いなく薪であること。それがどれだけショックだったか。綺邑がそんな薪へ蹴りを入れた。吹っ飛んだ薪は宙で体制を整え綺麗に地面へ着地する。薪の目がギラリと光った。