第百十話 傍と死神のこと
自分の力が本当にちゃんと戻るのか、そんな不安を口にする穂琥に儒楠は励ますように笑う。
「ねぇ、儒楠君~」
「ん?」
「儒楠君はどのくらい強いの?本気で戦っているところ、見たことないもん~。薪と遣り合っているときでも本気じゃないでしょう~?」
「そうだね~」
やる気がなく、ぐれているチックの穂琥の言葉に合わせて儒楠もそう答える。正直、儒楠は今まで本気で力を解放したことがないため、どのくらいかはわからない。
「ねぇ、穂琥。綺邑に頼んですぐ傍にいてもらいな?オレは力にそこまでの自信はないし、薪ほどの感知能力に長けているわけではないから何かがあってからじゃ遅いだろう?傍にいてもらったほうが安全だよ」
「・・・わかった。聞いてみる」
「うん」
穂琥は綺邑へ本気で願い出ようと自室で綺邑を呼び出す。
「奴を信用していないのか?」
「違うよ!?そういうわけじゃない・・・!」
綺邑に予想外の言葉を言われて少し驚いた。綺邑がそんな事を言うようにはとても思えない。穂琥は不安になった。なぜそんな事を言ったのか。綺邑はついと視線を落とした。そしてふわりと宙から地面に足をつけてそのまましゃがみこんだ。綺邑にしてはとても珍しい体制だ。
「私の力も失せてきている」
理由がないとは言わないが、それだけのことで衰えるとはとても思えない。完全に消えたわけではなくまだまだ薪を凌駕するくらいの力くらいは持ち合わせている。しかし減ってきている事は確実。
「だから穂琥の傍にいようとしないのか?」
突然入ってきた儒楠に穂琥は驚いた。綺邑もふっと浮き上がっていつものように凛と立った。綺邑の目がどこか冷たかった。穂琥は戸惑っていると儒楠がそっと優しい笑みを向けて穂琥に一旦部屋から出るように指示した。穂琥はそれに大人しく従って部屋を出て下に降りる。残った儒楠は綺邑に背を向けていた。
「・・・なぜ戻った?」
「はは、ばれるの早いな」
「ふん」
儒楠、否、薪。先ほど儒楠から穂琥の容態についての連絡を受けて此方に戻ってきた。儒楠にはひとまず仭狛へ行ってもらった。
「知りたかったんだよ。オレの力なしで穂琥がどうなるのか。知る必要があったんだ。まさかこんな事態になるなんて正直、想像もしていなかった」
薪は不安そうな顔で言う。綺邑はそれにため息をつく。
「覚醒できると思っているのか?あの娘が壊れる可能性だってあるのだぞ」
「わかっている。でも・・・」
「戯言などどうでもいい。意味を成さない。何がしたいか、それだけ答えろ」
綺邑の言葉に薪は深く息を吸い込んだ。いっぱいまで吸い込むと少しだけ止めてそれを全て吐き出す。そして綺邑へ己の真意を語る。
「穂琥の、完全覚醒」
簡潔、且明確なその回答に綺邑は怪訝な表情を浮かべた。
「それが出来るかどうかははっきりとはわからない。それでもアイツはちゃんとした力を手にするべきだ」
「・・・・。ふん。気持ちがわからないと言うつもりはないが」
「すまない。出来ることなら綺邑に穂琥の傍にいて欲しかったが・・・・」
薪の妙な言い方に綺邑が疑問符をぶつけた。薪のその言葉が過去形になっていること。
「穂琥と違い、オレの眞稀は暴走寸前に来ている。恐らくあの時、無理に毅邏を抜いたのが原因かと・・・。自業自得なのはわかっている。それでも綺邑に・・・」
「私にその力を制御しろと?ふざけるのも大概にしろよ、餓鬼が」
「すまん・・・」
綺邑が訝しげな表情で薪に語る。穂琥の力の低下、薪の力の暴走。そして綺邑自身の死からの消失。これらが繋ぐ関わりを。