第百七話 帰路に着く者を見送れ
全員を無事に仭狛へと送り届けた。これで薪たちの成すべき事は全て終了。つまりは仭狛への帰省を意味する。それを聞いた穂琥がショックで悲しみくれるのは言うまでもないことだった。地球で育った穂琥が地球を離れることは相当寂しいことのようだった。そっとしておくべきだと儒楠が言うが、薪は構わず穂琥の部屋へと入る。その前に儒楠になぜかウィンクなんかするものだから儒楠は目を丸くして部屋の向こうに消えていった薪の背を見送った。
部屋に入ると穂琥がベッドに伏せている。これを俗に不貞寝と言うのだろう。
「お前の部屋、綺麗に月が見えるな」
「え・・・あ・・うん。薪のところは見えないの?」
「おう、全く」
少し会話が途切れる。窓の前に立つ薪は穂琥のほうを見ない。穂琥がそっと尋ねる。いつここを立つのか。しかしそれに対する薪の答えは予想外のものだった。
「残るか?」
「え?!」
穂琥はベッドから飛び起きて薪を見た。薪は相変わらず窓の外の月を見詰めている。
「オレはこれ以上仭狛を空けるわけにはいかないけどお前なら別にいいよ?」
何も薪が保護しなければいけない理由は何処にもない。力さえあれば問題ない。綺邑とかであれば絶えずそばにいることが出来るし、何より。儒楠だって何の問題もなく穂琥の保護につける。その決断を明日までに出すようにといって薪はやっと外から視線をずらして穂琥に笑いかけた。穂琥はその笑顔がどこか切なく、どこか・・・弱く見えた気がしたのは気のせいだっただろうか。
「じゃ、ご決断をよろしく」
そう言って薪は部屋を出る。出た先に腰に手を当てていかにも不服そうな表情をしている儒楠が立っている。
「あ~、聞いてましたか」
「当然です。何を言っているんだ、この馬鹿」
「いいだろう、別に」
綺邑を頼るのもいい加減にするべきではあるのだが。儒楠のそんな主張を薪はことごとく打ち消す。綺邑は穂琥を気に入っている。その事実さえあれば何も問題はない。
「ふーん。で?今はその綺邑様サマとはどうなってんだ?」
「ん、怒って交渉を一切してくれない状況だけど?」
「そういう事はもう少し反省の気持ちを込めて言いなさい」
儒楠にそういわれて苦笑いをする薪。希衛を境に送って以来、うんともすんとも言わなくなってしまったので相当ご立腹のご様子。この調子でこの先に不安が募るのだった。
翌日。仭狛へ帰るので籐下へその連絡をしようと、儒楠に呼んでもらって家まで来てもらった。
「用事は一旦終わったし、帰るわ。オレって災厄の権化なんかね?オレいるとなんか不幸ばっか起こるからできれば地球にはいたくねぇし」
「薪・・・」
そのあまりの儚い笑顔にとても辛くなる。薪もやはり、地球という小さな星を本当に愛してくれているのだと感じる籐下。
「さて、後は穂琥。お前はどうするか決めたのか?」
薪の質問に穂琥は押し黙る。まだ決めかねているのだ。
「・・・お前に残るかと持ちかけたのは穂琥の気持ち以前に他の理由もあるんだよ」
「え?」
今までずっと穂琥のそばには薪がいた。過保護、といえばそうかもしれない。そんな過保護に包んだ炎は自らの煙に沈んでしまう。穂琥という逸材をそんなくだらない理由で燻り消したくない。過保護すぎる炎では自らその存在を消してしまう。
「別にオレはお前が共にいることを否定しているわけではないんだよ」
薪の言葉に穂琥は小さく頷く。そして決断をする。まだ大きすぎる仭狛。だからもう少し。
「もう少しだけ地球に・・・」
それ以上の言葉が出なかった穂琥だが、薪はそれを聞くとにこやかに笑って穂琥の頭を二回叩いた。儒楠に後を頼んで籐下に挨拶をしてから薪はその場で消えた。
「・・・何もこんな急に帰らなくても」
「籐下隼人は知らないのか?」
「え?何を?」
「・・・・いや、なんでもない」
籐下の言葉に儒楠が反応したが、結局儒楠ははぐらかしてしまった。それよりも、学校のものになんと言い伝えるか、が問題として上がった。
「記憶を操作できないかな~?」
「だから穂琥、それは違法だって・・・」
儒楠が呆れたように言う。人間に対して眞稀の行使は違法。それを思い出して穂琥は頷く。
「普通に言えばいいんじゃないのか?」
「でもなんか私いるのに・・・とか少し疑問に・・・」
「まぁ・・・説明とか面倒そうだな」
悩む三人。(正確には一人と二祇。まぁ、面倒だからいいけど)
「フリ、とか出来ないかな?」
穂琥が儒楠に言う。無論、無理にとは言わない。
「オレが・・・?だからオレ、字読めないし」
「勉強してもダメかな?」
「おいおい、学校とかって明日もあるだろう?籐下隼人は一日で新しい言葉の書き取りできるか?」
「あ~、無理っすね」
「あ!」
穂琥が突然声を上げたので儒楠と籐下は驚いて穂琥を見た。何か妙案でも浮かんだのだろうか。
「あ・・・ごめん、全然そういうのじゃなくて・・・。なんか、儒楠君にずっと違和感あって・・・今それが何だかわかって」
「何?」
「儒楠君、どうして籐下君のこと、フルネームで呼ぶの?」
少しの間。
「うーんー、なんでだろーねー?」
丸っきりの棒読み具合に穂琥も籐下も全く疑問系に思えなかった。儒楠はそれに対しての回答を一切せずにするりと薪の話へと戻してしまった。何か言いたくない『事情』でもあるのかと考えてしまう穂琥だった。
結局、普通に薪の事は普通に帰ったとみんなに伝えることとなり、さらには儒楠が薪のように遠隔で穂琥を保護できるほど優れてないと謙遜の言葉を残したので儒楠もともに学校に来て授業を受けることとなった。そうして話は終末へと流れていくのだった。