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眞匏祗’  作者: ノノギ
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第百六話 昔の罪を拭い去れ

 ほんの少しの間で勝負は決まった。半ば本気になった薪に希衛となるものが勝てるわけもないのだが。


「薪が・・・怒っている・・・?」

「え?」


小さな声を洩らした儒楠の言葉を穂琥は聞き取った。薪がどこか荒れているような、そんな感じがした。先ほどのやり取りの中で希衛が薪に何かをしでかしたのだろうか。


「お前、薪に何をした?」

「貴様!まだ敬意を!!」


笠來が儒楠に怒号を飛ばす。儒楠はそれを聞いて笠來を一度睨んでから薪の背中を見詰めた。そして。


「敬意ね。はらうさ。愨夸なら当然。前代愨夸には敬意を表しますよ、怖いしね。でも今の愨夸には敬意こそはらうが別に敬語を使うつもりはない。オレは愨夸に命を救われた。オレは愨夸に心を救われた。オレという存在を確立してくれたのは違うことなき、今の愨夸だ。だからオレは決して愨夸を・・・朋を裏切るような事はしない。絶対に」


儒楠はそこまで言い切ったことで周囲の動揺を感じた。当然だ。目の前の者たちが愨夸だと思っているものと儒楠とのかかわりなどあるわけもない。


「もう、いい。いいさ。面倒くさくなった」


薪から異様な気配を感じた。それに儒楠はひどく驚いた。この禍々しい気配は一体なんだ?薪からこんな気色の悪い気配など、感じたことがない。


「毅邏、それがこの世のものであるわけないだろう。馬鹿か。創造したのが眞匏祗?はん、あるわけないだろう。毅邏は・・・これは・・・神々が創造主だ」


こんな予感は・・・どこかでしていたような気がする。だから・・・・あの時に・・・。


薪は左手を前に出す。そこに異様な気配が集中していく。黒い靄のようなものが集まる。そしてそれは薪の身丈とほぼ同じくらいの長さになっていく。薪はその靄の中から何かを掴み取った。そして勢いよく靄を切り払う。そして握られていた刀。黄金に近い柄に真紅の球が光る。刀身は鉄の色に輝く。しかし放つその気配は尋常ではないもの、確実に負のオーラ。毅邏の降臨を目の前に皆が硬直した。


「薪・・・!!」


毅邏の気配に飲まれかけ、薪は確実に自我を失おうとしている。そんな毅邏の恐怖は微かながらに記憶に残っている。穂琥は震える。あの巧伎ですらその毅邏に打ち勝つ事は出来なかった。そして母、紫火も。


【ふざけるのも大概にしろと言うのに】


突如聞こえた異質な声。その声を聞いて意識が飛びかけていた薪が僅かに意識を覚醒させる。そしてふっと薪の目の前に綺邑が顕現する。


「全く面倒ばかりだな、貴様」


綺邑は鋭く光る毅邏の刀身を踏みつけ地面に叩き落す。そして毅邏の上に綺邑が乗った瞬間、毅邏は消えた。綺邑の力に毅邏が押し負けたからだ。


「はぁ、はぁ・・・悪い・・・。それとありがとう・・・頼み、聞いてくれて・・・」

「ふん。承諾した覚えはない。仕事を増やしたくないからやってやっただけだ」

「はは・・・相変わらず・・・・」


げほっ、と苦しそうに咳をする薪に儒楠と穂琥が駆け寄る。安否を尋ねると薪はやっとこ大丈夫だと答えた。


「私に堕とされたく無いというなら少しは加減を知れ」

「すまん・・・」


薪は小さく萎縮する。


「毅邏とはお前の怨念、そのものだぞ。あのままなら穂琥を殺しただろう、お前」

「・・・」


それは事実。わかっている。だからこそ、薪は何もいえなかった。愨夸といえどこの程度か。


「この落とし前、どうつけるつもりだ」


綺邑の質問に薪は答えない。それに綺邑が怒りを露にしたことが穂琥も儒楠も驚いた。


「いい加減にしやがれ!」


声を荒げるだけでなくあの黒ローブから綺邑が手を出した。その姿を始めてみたのが意外だった。そしてその手は物凄い勢いで薪の左頬を打った。平手ではなくそれは拳だった。物凄い勢いで薪が吹っ飛ぶ。


「いっつ・・・」


頬を押さえながら起き上がる薪に綺邑は怒号を上げる。


「術中に落ち、それに身を任せやがって、それを弾く力くらい見せろ!雑魚が!」


声を荒げた綺邑を見たのはどうやら薪も初めてだったようでひどく複雑な顔をしていた。


「ふん」


その一言で荒げていた気配を全て消し去った綺邑の切り替えの凄さに驚嘆した。そしてそんな綺邑のおかげか、薪がいつも通りの表情になっていた。


「悪い、ありがとう」


はっきりとした言葉で薪は綺邑に言う。綺邑は何も言わず薪から視線を外した。


「一体・・・何だ・・・?」


希衛が震えた声を上げた。薪は希衛に向かう。


「オレは薪。シン=フォア=エンド。現愨夸だ」


その言葉を聞いて全員が驚く。これは想像もしていなかった事態だったようだ。まぁ、当然といえば当然だ。


「希衛。お前は一体何を望んでこんなことを?」

「・・・いえない・・・死んでも言えない・・・」


希衛は少し震えてそう言った。それを聞いた薪の目が冷たく光った。


「そうか。じゃぁ、死ねばいい」

「え?」


翳した薪の手から紫色の光が迸る。希衛はそれを喰らうと同時にぐったりと魂の抜かれたような状態になってしまった。そう、死んでしまった。その予想外というレベルの問題ではないその状況に穂琥と儒楠は正直反応すら出来なかった。しかし少しの間をおいてやっと言葉を発した。


「お、おいいい!?何しているの!?」


儒楠と穂琥が薪の元へ物凄い勢いで駆け寄ったが、完全に薪の元に行くよりも早く綺邑の素晴らしい踵落しが薪の頭上に降り注いだ。その凄さと来たら希衛がぽっくりといってしまったという状況にもかかわらず全員がそれに釘付けになるほどのクリーンヒットっぷりだった。


「貴様、本気で堕とすぞ!?それ程までに私に仕事を増やしたいか!?なら貴様の処理を優先してやろうか!?」

「す、すみません・・・・・」


物凄い怒りの形相で綺邑は急ぐようにその場から消えた。唖然としたこの状況で穂琥が不安げに薪へ尋ねる。


「ど、どうしたの・・・?」

「アイツに怒られちゃった」

「「いや、それは一目でわかる」」


穂琥と儒楠の声が重なる。薪は至極痛そうに頭をさすっている。やっと状況に慣れてきた転入眞匏祗組みが此方に焦ったように声を掛けてくる。


「希衛様はどうなったというの!?」


薪はそれに対して何も問題がないと述べた。それを聞いて唖然とする相手方。いや、味方も随分と唖然としてはいるが。


 希衛の魂を一度生と死の境へと送り届ける禁術もいいところのチート技。無論、それが出来るのは死神である綺邑とのコンタクトあり、の話だが。綺邑の誘導を経て希衛の魂は一度境へ行き、ある程度したら綺邑の力によってもとの身体におさまるというもの。勿論その間に体が腐って消えてしまうことなんていうのはない。眞匏祗だから。


「奴は・・・何者・・・?」


綺邑の事は一切言わずに説明したために派棟が疑問そうに尋ねてきた。薪は少しだけ考えた後に自分の判断で言う事は出来ないと誤魔化すように言う。眞匏祗ではない事は事実。眞匏祗が毅邏を消し去ることが出来るわけがない。


「さて。五木さんさ、その名前はオレの母の名だ。勝手には使わないでもらえるだろうか?」

「あ・・・そ、そうでした・・・。申し訳御座いません。しかし・・・あの・・・本当にすみません、出来ません。私、本当に名前が・・・ないんです・・・」


言葉を途切れ途切れに紫火はそう言った。薪はそれを聞いて驚いた顔をして逆に薪が謝罪した。


「そういう事情とは。それは申し訳ない」

「い、いえ・・・」

「いいよ、そんな事はもう・・・どうでも・・・オレ達は支えを失ったんだ・・・もう・・・」


小刃が落ち込んだように座り込んでそう言った。薪がそれに反応を示すと派棟が説明をするといい、薪のほうへ近寄って膝を突いた。


「いや、立ってくれ派棟。オレはそんな跪かれる様な存在ではないよ」


薪の言葉を聞いて少し迷った風の派棟だったがゆっくりと立ち上がって一度頭を軽く下げた。反抗的なタイプかと思ったが、別にそういうわけではないのかと薪は頭の隅で思った。


「オレ達は仭狛を追放されたものたちの末裔です。しかし、地球ですら追放を余儀なくされ生きる術を失いかけていました。その折、希衛が拾ってくれたのです。愨夸と聞き始めは驚きましたが、彼が支えとなり地球にあることが出来たという事は事実です」


派棟が説明をする。薪はそれを聞いて胸が締め付けられるほど苦しくなった。これをしたのは恐らく巧伎、前代愨夸だろう。


「すまない・・・いや、申し訳ありません・・・」

「なぜ・・・貴方が・・・?」


薪の謝罪に派棟が不思議そうに顔を歪めた。


「父の責はその後の代が受け継ぐものでしょう、背負うべきものでしょう。まぁ、父の犯した罪よりもオレの犯した罪のほうがはるかに重いだろうが・・・」

「違うもん!薪は悪くないもん!何もしていないもん!」


穂琥が突然反発する。いつものように。薪はそれを聞いてどこか頬が綻んでしまうような気がした。しかしそれを律する、甘えてはいけないと。


「わかった、事情がそうであるなら話は簡単だろう。仭狛へいけるように手配しよう。向こうでならきっといい場所が見つかる」

「うん!それがいいね」

「だな。これだけてだれ揃いならね」


薪の意見に同意する穂琥と儒楠だったが、他の眞匏祗たちが驚いた顔で固まった。


「何を驚くのさ。前代愨夸のしていることなんて全部頭のおかしいことだらけじゃないか。そんなあの方がしたことなんて全てなくしてしまえばいいのさ」


薪の笑みにみんな脱力したような表情になった。栗依と紫火はするするとしゃがみこんでしまった。


「あ、でも五木の名前は変えておかないと、向こうでは結構生活苦労するぜ?」

「あぁ、確かにな~。でも名前変えるって抵抗ねぇか?」

「い、いえ!」


座り込んでいた紫火が勢いよく立ち上がって薪たちに向かった。そんな紫火を見て薪は小さく笑って穂琥に向かう。


「名前、考えてよ。オレはそう言うの、得意じゃないから」

「私が?私も名前とかあまり得意じゃないな~・・・。花子になるよ」

「おい・・・」


ふざけているにしてもセンスがないのは事実かもしれないと遠い過去、動物に名前をつけている穂琥の姿を想像して薪は脱力した。なら適任は。


「仕方ない。じゃぁ、儒楠頼む。得意だろう?」

「おい、いつから得意に・・・」

「今、そうした。お前なら問題ないだろう?」

「無茶振り暴君め!!」


儒楠お文句の一言を聞いて驚く他眞匏祗勢。まぁ、当然といえば当然か。愨夸だと知れば。こんな態度、普通ではない。でもそれがベストな形なのだといずれ気づくこと時が来るだろう。儒楠はそうだな~と腕を組んで悩んでいる。紫火は少し俯いて上目遣いで儒楠と薪と穂琥を順番に見ている。


「ん~。れんか、でどうだろうか?短い間しか咲く事は出来ないけどその分上を向いて誇らしく咲く蓮のように、蓮誇」

「うわぁ!かっこいい!儒楠君、センスあるねぇ!?」

「いや・・・やめて・・・すげー恥ずかしい・・・」


儒楠は目を細めて肩を上げて頭をかく。


「わ、私が・・・その名を頂いても・・・・?」

「気に入れば」

「あ、ありがとう御座います!こんな素敵な名前を・・・!」

「どう致しまして」

「まぁた洒落たのつけたねぇ~、このロマンチスト」

「うるせぇ!!」


薪のからかいを受けながら儒楠がもう攻撃を開始する。それを段々と心が溶けていく他眞匏祗勢もにこやかになってきて最後にはみんなで大きく笑い合った。


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