第百三話 平和な一時を利用しろ
後日、薪が登校してきたのでみんなが驚いた顔をした。何より穂琥たちが一番驚いた。
「今日は特にやることないし、護衛兼ねて登校」
なんだ、このやる気のない台詞は。そしていいのか、こんなに余裕で。色々言いたい事はあるが薪のことだから無駄なことではないはずだ。
「あ、そうだ儒楠。お前、少しオレと付き合わない?」
「え?」
「・・・え?」
「え・・・?」
あちこちから「え?」が聞こえて少し呆れたような不服そうな、そんな表情の薪が声のした方へ首を巡らせる。
「・・・ん?なんだよ。まぁいいや。で、儒楠どうだ?『愨夸』戦を前に今のままだと調子も狂いそうだし少し付き合ってもらえないか?」
薪はそういいながら剣の素振りをする。儒楠はそれを引きつった表情で否定しようとしていた。しかしそれに対して乾いた笑いを立てて薪はいいから相手をしろとねだる。それはそうとしてクラスのあちこちで聞こえた「え?」の主たちはどこか胸をなでおろしていた。
「いや・・・てっきり薪が危ない方向へ走ったのかと思ったわ・・・・」
「え?何?」
「い、いや!なんでもないっす!」
クラスの誰かが洩らした言葉に薪が少しだけ反応したが否定したので薪もさして気にしていない様子だった。
「ところで儒楠君、何をそんなに嫌そうにしているの?別に剣技の練習くらい付き合ってあげればいいじゃん?」
「穂琥ちゃん?何を言っているのかオレにはさっぱりわからないな?」
相も変わらず引きつった表情のまま穂琥に顔を向ける。この言い方はどちらかというと薪が脅すとき等々に使用される言い方のため穂琥は少しだけびくっと肩を震わせた。
「薪の相手をするんだぞ?この!薪の!言っている意味わかる?」
「おいおい、その言い方はひどいな~」
必死で言う儒楠に対して呑気な声を出す薪。
「あ・・・」
「わかった?わかったよね?オレなんかじゃ薪の足元にも及ばないんだよ?それをやるんだよ?オレが相手するんだよ?絶対コイツ加減しないって!!」
「ま、そういわずに♪」
さわやかな笑顔の薪だが、絶対に顔に影がかかっているとそれを見ていたもの、全てが思った。そして嫌だと否定する儒楠の肩を掴むと問答無用で引き摺っていく。語尾に♪のマークの付いた薪を止めることなんて恐らく絶対に出来ない。無駄な本気を意味するこの印に儒楠は涙目になりながら連行されていった。
「が、頑張って・・・・」
それしか言う事のできない穂琥はただ手を振った。それはみんなも同じでただ手を振るだけだった。
穂琥につれられて(クラスの仲間には内緒だが)薪の家へ練習とやらを見学しに行くこととなった籐下は下にあるというその場所を見て改めて眞匏祗という存在、そしてその力の凄さに驚くべくモノだった。普通の家をその眞稀の力でここまで改造するとは。ないぞ、普通の家に・・・一介の面積を凌駕する地下室なんて。
「ってー!加減しろ!このクソヤロウ!」
部屋から儒楠の怒号が聞こえた。穂琥と籐下は顔を見合わせて少しだけ笑った。そしてその地下室へと入る。そこで確実に地球の服装ではない姿で薪と儒楠が剣を交えているところに出くわす。キンと耳に響く金属音がどこか美しく聞こえた。
「この!バカ!何処が30%制御だ、嘘つきヤロウ!」
「おいおい、心外だな。嘘じゃねぇっての。ほらほら、加減している場合じゃねぇぜ?」
何だか状況的に確実に薪が儒楠をいじめているようにも見えるそれに籐下は少し苦く笑った。それから儒楠の発した言葉に少し疑問を抱いた。
「制御?薪、制御しているの?」
隣の穂琥に聞くとにこやかにそうだと肯定してきた。今の薪は全力を出すことが出来ない。小さく弱い地球という星の中、愨夸という強大な存在が仮にも何かのミスで本気を出してしまったら星が消えてしまってもおかしくないということがある。故に薪は地球にいるときはおのずとそう、制御している。
「へぇ~?じゃぁ、今70%くらいしか本気出せないんだ・・・」
「ううん、違うよ」
「え?」
「30%『に』制御しているの」
「は?!じゃぁ、半分も本気出せていないってこと!?」
「うん」
穂琥は頷く。果たしてそれがいいのか悪いのかは知らない。その制御のせいで苦しむことになるのは間違いない。その制御を解除するのは容易なことではない。いざ解除が必要なときになってもすぐさま解除する事は出来ないから危険といえば危険。そして何より。これからだ。仮にも愨夸と名乗る以上、強敵になる事は間違いない。それが今の制御状態で果たしていいのだろうか。少し不安も残るのだった。