第百二話 語学をその頭に叩き込め
「邪魔してくれたわね」
翌日、薪の復活を待ちつつ、穂琥と儒楠は学校に着くと栗依に言われた言葉。
「リーダー命令ですから?そちらと同じ状況だよ」
儒楠がどこか勝ち誇ったような顔でそう言った。
「なんだよ、それ。つーか、その『薪』は学校に来てないわけか?」
「あー、ないよ。別件で動いているしね。オレらが呼べば別だけど」
笠來の質問になんともてきとうな声音で答える儒楠。しかしそれとは裏腹に転入眞匏祗組みは昨日の件、相当気にしているようでやたらと絡んできた。
「お前たち、一体何を味方につけている?」
小刃が怪訝な顔で聞いてきた。確かにあの量の魂魄を集めるのには時間が短すぎる。それにそれを一箇所に集めることの難しさは百も承知のつもりだ。故に、その真相を知りたがってもムリはない。しかし穂琥も儒楠もそれについては知らないの一点張り。当たり前だ。綺邑、つまりは死神の存在の公表など、薪が許しても綺邑が絶対に許さない。
やっと開放された穂琥と儒楠は軽い文句を言いながら自分たちの教室へと戻った。
「あ、やっと来た。ほら、手紙」
「ん?オレに?」
「そ」
籐下はにやりと笑って儒楠に手紙を渡す。
「・・・オレに?」
再び尋ねた儒楠に籐下はさらににやりと笑った。
「そ、薪じゃなくて儒楠に」
「・・・へぇ?」
何が書いてあるのか気になって穂琥が儒楠の隣でひょこひょこと手紙を盗み見ようとする。そんな風景に興味を示してか、クラスの数人も集まってきた。質問の飛び交う中、儒楠は手紙の封を開ける。そして便箋を取り出して中身を確認する。
「何が書いてあるの?」
「ラブレター?」
「なんて、なんて?」
クラスの質問をまるで無視するように儒楠はじっと手紙に視線を落とす。それほど重要なことが書いてあるのだろうか。
「儒楠君・・・?」
「・・・・だめだな、読めない」
「・・・・あ」
儒楠は放棄するように手紙をヒラヒラと振った。
「・・・は?」
クラスの声が一体となって重なった。何を言っているのかさっぱりわからないといった風だった。
「あ~、皆さん、忘れてません?オレ、眞匏祗です。こっちとそっちは別。言葉は同じにしろ、文字まで一緒じゃないんだよ?だから地球の言語は読めない」
儒楠の説明で全員が納得する。その話を聞いて穂琥はふと思った。
「あれ・・・。私、眞匏祗のほうの文字、読めないかも」
「・・・おいおい、穂琥よ。それはやばいぞ・・・?」
「そうだよ、穂琥ちゃん!?それ、二重にやばいよ!?」
穂琥の発言に儒楠と籐下が食いつく。二重、つまり一つは自分の母国語が読めないなど危険すぎる。そして何より危険なのが、それが薪の耳に届くこと。
「怒られそう・・・・」
むしろ、そっちのほうがやばい気のする穂琥だった。
「いいんだよ、私は!地球育ちだもん!さぁ、儒楠君!日本語文字、覚えよう!私が教え・・」
「私が教えるよ!」
「え、いや、私やるよ!」
穂琥の言葉を区切って女の子たちがどっと名乗りを上げる。儒楠はその状況に少しだけ困惑した。そっと穂琥が耳打ちする。
「儒楠君、かっこいいし、人気あるんだよ。さっきの手紙もラブレターだったし」
「え・・・いや・・・。何、見た目か・・・?だったら薪も?」
穂琥はその質問に唸る。いや、事実、確かに薪は人気はあった。頭も良いし運動も出来るし(眞匏祗だから基礎値等々、人間より上で当たり前なため)なんやかんやで人付き合いも悪くない。女子、というよりはみんなから好かれていたが。ただ何より。
「薪、だからね・・・・。そういうことに一切関心示さなかったから・・・」
「なるほど」
穂琥と儒楠は横目で視線を合わせるとこの乱闘から抜け出す算段を踏んだ。
ふと気がついたとき、そこには誰が教えるとの口論をしている女子たちしかいなくなっていた。
「あ・・・」
気づいてももう遅いのだが。