天才と凡人の雑踏
「あー疲れたぁ…」
部屋の片づけが終ったのは夜8時くらいだった。正直9時位にはなると思っていたから早いと言えば早い。あの贈り物が届いてから約2時間程度で終わったのは奇跡的だ。たまに気になって贈り物を覗いたりしていたが、起動する気配は一切ない。かといって触って壊したとなれば面倒なのでしない。正直触りたくない代物だ。ヘタレと言われても仕方ないが、「責任を取れるのならば触ると良い」と言えば、たいていの人間は触れないだろう。その前に色々な意味でこれは持ちたくはない代物でもあるからして…。
「あーまぁ、暫く放置だな」
決定事項だ。触らぬ神になんとかというしな。
「さてと…そろそろ動きだすころか…」
大抵の準備と用事はこれで終わりのはずだ。だから、そろそろ始まるはずだ。
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[講義1:魔技と術者特性論(概要)]
今現在、魔技(以下マギと記述)と呼ばれるシステムが普及しつつある。その大半は移動手段である自動車、飛行機やAAD(Auto Assist Doll)に使われている。そのほとんどが非接触型のマギであり、周囲からフロキシムと呼ばれる仮想エネルギーを取り込み、設計当初から与えられる命令によってのみ行動する。フロキシムとは人体にも含まれるとされる目視出来ない物質と考えられている。AADによる空想始動実験において何かしらのエネルギーを周囲から吸収していることが仮説ではあるが一般論としてまかり通っている。が、フロキシムは人体、動物、魔物などに収束する特性があり、AADにもそれが適応されているのではという説も存在する。
AADや移動手段の他に術者を必要とする戦闘型マギがある。ここではそれを論題とする。戦闘型マギは主にデバイス、もしくは容姿に沿った名前で呼ばれることが多い。例えば、ブレスレットやイヤリングなどである。デバイスは極論をいえば欠陥品であり、不完全品である。理由は追々説明するとするが、その最たる理由は術者の技能ではなくポテンシャルによって使用、不使用が大きく分かれてしまうからである。ポテンシャルが高い場合、デバイスが負荷に耐えられなくなり、逆に低い場合にはデバイス自体に指導エネルギー不足として起動すらしない。ポテンシャル自体は訓練によって鍛えられることが分かっているが、今現在のポテンシャルを大きく変えることは難しいとされている。また、術者自体がデバイスに合わないということもある。
術者とデバイスを繋げているのは一種の感情だと言われている。人の感情を物質の燃焼(哲学的話になるため、ここでは省略する)によるものだと考える。数億とある物質をとあるパターンで燃やすと怒りにという考え方である。デバイスはこの物質の燃焼に反応し使用者と非使用者を”見分けて”いるのである。まるで生きているように、と思うだろうがデバイスは機械でもなければ”魔法”でもない。マギはシステムであり、人と同じように考え、思い、進化する”生き物”である。話がずれてしまったが、この既定概念は覚えておかなければならない。後に出てくるが禁忌に大きく関係してくるからである。
さて、デバイスは術者特性にかなり依存することになる。術者特性とは術者の使用魔術の種類と依存度、変化率などである。これについては2章以降で述べていく。
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新入生歓迎パレード。本通と呼ばれる学校と寮地帯を繋ぐ大きな通り道がある。学園内にある全ての部、は言い過ぎだが…大抵の部はこの本通に敷地を貰いデモンストレーションを行うことを許されている。大抵が体育会系、つまりは陸上部であったり剣道部であったり水泳部であったり。たまに科学部とかオカルト部なんてのもある。その、パレードと呼ばれるような何かが練り歩くなんてことはない。練り歩くのは新入生であり、歓迎はされているがパレードとしたら在校生のほうが客になる可能性もある。
ついでに、なぜ新入生はこの本通を練り歩かねばならないかと言えば…。
「やっと…おわったー」
入学後に控えていた実力テストである。所々で背伸びをしながら学校から出ていく生徒が見える。新入生の実力テストは席が決まっておらず、このテストの結果でクラス分けがなされる仕組みとなっている。
と、誤解ないように言っておくが…実力テストと言っても国語数学理科社会なんていう基礎知識のテストではない。簡単にいえばパズルや暗号を解くと言ったIQテストみたいな感じだ。
そのテストを午前中に行い、午後には本通を通らなければならないというわけだ。何とも傍迷惑なシステムだが、別に本通を通らなくても寮に帰る道はある。まぁ、かなり遠回りになってしまうわけだが。
そういうわけで学校に最後の方まで残り遠回りして帰ることにした。最後まで残ったのは途中で道を外れるため他人が出来るだけ付いてこないようにするためだ。
「まぁ、普通学校の裏門とか通って帰らないしな」
学校の裏門は実験棟、研究棟、体育棟への道になっているが、別に寮方面に帰る道がないわけではない。本通にある横道は全て閉鎖、もしくは袋小路状態にされている。しかし、裏門方面(進道というらしい)は研究者がそのまま寮に帰ることもあるため封鎖出来ない。つまりは遠回りながらもパレードを練り歩く必要はなくなるというわけなのだが。
「…」
どうも昨日不幸の手紙を受け取ってしまったせいか、トラブルに苛まれている気がしてならない。例えば、家にお届け物が3つほど届いたり、届けに来た人が秀逸すぎたり、裏門には金髪の女性が座りこんでいたり。
スルーすべきだろうか、しないべきだろうか迷っているとふとあることに気がついた。
女性(ここでは金髪の女とする)は少女(ここでは赤髪の女とする)に抱きつかれていることに。しかも金髪の女はうなされているのか「うーうー」と言っている。一方赤髪の女は余程いい夢を見ているのだろう、頬をピンク色に染めてニヤけている。あぁ、一応断っておくが…俺はこの現場に物凄く居づらい。正直に言えば逃げ出したいくらいには困っている。
「スルー…するよな、普通」
そんな考えが頭の中を充満し始めた頃(冷静な判断を下そうとした瞬間とも言える)、バッと金髪の女が顔を上げた。今までは(二人とも)髪が長く、乱れていたので服やら顔やらというものは一切見えなかったわけだが、金髪の女性が顔を上げたことでそれは一変する。一瞬と言える時間の中で見えたのは乱された服(金髪の方)と服すら見えなかった裸体(赤髪の方)。
次の瞬間には「死ね!変態!」という後頭部側から聞こえる殺意籠る声と同時に意識ごと刈り取られていた。
ジジジ…という音と同時にそれは再生される。ノイズ混じりの、しかし頭の中に直接響くような不思議な音。俺は何度目か忘れるほどに聞いたノイズ音を聞かないようにしながら音に集中する。
一人は女、もう一人は…俺だ。
『なぁ、君は暇人なのか?』
なんですか、藪から棒に。てか手伝わせておいて暇人扱いってどういうことですか。
『ん、いやな…せっかくの学園生活の一年目なのに研究の手伝いというのは釈然とせんのだよ』
…友達がいないことを自分の口から言わせるとか鬼畜ですね。
『…私よりは多いだろう?』
なんでキレ気味なんですか…。携帯端末の登録件数はまだ2件ですよ。
『ふ、私は1だ』
いや、誇るとこじゃないですし…。
『しかし…君は変わった男だな』
そっくりそのまま、返します。
『私は女だぞ』
そーでしたね…。うっかりしてると忘れ-いふぁい。
『君は本当に…デリカシーという物がない男だな』
なら暑いからといって部屋で下着だけになるのはやめていただけますか。
目が覚めるとそこは保健室で、天井の柔い光が目を焼いた。後頭部がずきずきする。何かの衝撃を喰らったのだろう。そして、その張本人によってココに運ばれた可能性が大だろう。カーテン越しに2,3人の女性の声が聞こえるからだ。一人は夢…と言っていいのか分らない代物に出てきた女の声だ。残りは聞いたことがない声だ。
「ふむ…まぁ、後は頼むよ」
どうにか最後のこれだけは聞こえ、「はい」という返事の後にドアが開く音と閉まる音が聞こえた。
「…変わらんねぇ、君は」
「うるさいですよ。男の人の前に女性がほぼ裸体を晒していたら変質者に勘違いしても仕方ないでしょう」
「はは、私が男に黙って押し倒されるようなたまかね?」
「…赤髪の女の子には黙って押し倒されるのですか」
「残念だが、アレはよく分からん。抱きつかれた瞬間に手以外動かなくなってしまってな」
「ふむ、魔技らしきものは持っていませんでしたけど」
「そうなると魔物かそれに準ずる化け物か」
「どうみても普通の女の子でしたよ」
「…どうみても、ね。まぁ、私にはかんけーないか」
「いや…貴方が標的なのかもしれないのですよ…」
「襲われるような覚えが一切ってくらい…あ、変な腕輪なら拾ったぞ」
「それじゃないですか…」
「ん?壊れてるっぽかったんだが。1kで魔力供給したけど動きそうになかったしな」
「特殊な認証とかいるのでは」
「私が試してないと思っているのかね…」
「全力で思っています」
「信用がないな…」
カーテン越しに聞こえた話はこのような内容だった。その他にも貶し合いがあったが本当にどうでもいいような内容で無限ループに入ろうとしていた。
まだ後頭部の痛みは引きそうにないが、動くに支障はなさそうだ。俺は出来るだけ首を動かさないようにしながら立ち上がると呆然とせざるを得なかった。
「…」
なぜか赤髪の女が泣きそうな目でベッドの下から「キュー…」と言いながら見ていたからだ。第一印象で人を判断してはいけないという風によく言われているが、この子に対する俺の評価はほぼガタ落ちし始めていた。何故かというと全裸だからだ。紛うこと無き、裸。一糸纏わぬ姿。そんな姿を晒しながら恥ずかしがっている変態…としか今の現状で考えられなかった。母親の周りの人が変態、もとい変人が多かったためにこういう状況に慣れてしまっている俺が少し怖かった。ただ、裸体というものに慣れざるを得ない環境にいたことに俺は感謝しなければならないかもしれない。
「…あぁ、なるほど。そういうことか…」
「なぁにが…そういうことか…だああああああああああああああ」
目の前が黒と白に染まる気がした。名前すら知らない奴の中で俺の評価は最低以下にまで落ちた可能性もなきにしもあらず。だと思いたい。
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「はぁ、何で私が勧誘なんてしてるのか…」
本通の一角、少数とは言えない数の女生徒が集まっていた。
「それはお嬢様の魅力に一人でも気付いてほしいからです」
「はぁ…」
ミシェル・フロー。現2学年実力テストおよび実技試験において2冠を達成している才色兼備、容姿端麗の令嬢である。弓の名手として名高いウルグ・フローの第一子であり父母から溺愛されている箱入り娘である。正確に言うのであれば”あった”であるが。
ミシェルはどちらかと言えば男勝りでやんちゃな性格をしていた。ただ、父母がそんなことを許すわけもなく徹底した英才教育、礼儀作法を叩きこんだ。それこそ一国の姫が受けるかのような内容をだ。ミシェルはそれを素直に受け入れ8歳の頃にはどこに連れていったとしても恥ずかしくはないレベルに達していた。
ミシェルが12歳の時、フロー夫妻にとっては予期せぬ事態が起こる。魔法学校に行きたいと娘が言いだしたこと。ミシェルが断固拒否する二人を説得する話術すら習得してしまっていたこと。夫妻は渋々という形だがミシェルをBC学園に送り出した。
ミシェルにしてみれば籠を壊し飛び出た鳥の気分だったのだろう。普通の人が行っている学校というものに思いを馳せながらこの学園へと足を踏み入れた。
ただ、彼女自体が予期せぬ展開を招いてしまった。
「お嬢様、喉は乾きませんか」
「あ、うん。頂こうかな」
きっかけという物は彼女には特に思い当たる節がなかった。ただ普通に生活し、普通に授業を受け、普通に友達と言える人と会話をした。いつの頃からか周りの人から手紙を貰うようになった。時たまお姉様と言われるようになった。段々近づいてくる男友達が減っていった。友達と思っていた人すらもお姉様と呼ぶようになった。今に至っては挨拶しただけで倒れる人すらいるそうだ。
一番酷かったのは友達と思っていた人に百合漫画というものを渡された時だ。後日談だが、ミシェルは「目が怖かった。本気で取りこまれるかと思った」と言っていたそうだ。
今、私は本気で取りこまれるかと思った非公式ファンクラブの真っただ中でいる…。冷や汗が止まらないのは気のせいではないと思う。
今の現状を簡略して伝えるならば…。家を出る、攫われる、着替えさせられる。こんな感じだろうか…。怖い、物凄く怖い。家を出た後から荒々しい吐息が途切れることがなかったことが一番の恐怖だった。そして、周りに居る女子達の男を見る目が怖い。今にも斬り殺しそうで。
「はぁ…」
私は少なからずこのファンクラブに影響されてはいる。百合だとかタチやネコと言った用語を覚えざるを得なかった。「今のお姉様はストレートですが、いつか…いつかっ!」とか「ノンケなんて信じません!」だとか最初は外国語か何かだと思っていた。隠語と知ってからは少しだけ教えて貰って覚えた。
そんな話はどうでもいいんだ。今は家を出る時に着ていた制服の安否が凄く心配だ。たまに、服に見覚えのないシミがあったり、サイズ自体が何故か違ったりすることがあるから。周りの女子に聞いても「大丈夫です、誰も抜け駆けしないように見張ってます」と帰ってきた。安心できないのは気のせいじゃない…。
はぁ、実家に帰りたいなぁ。2年目でホームシックとか洒落になってない…。
「お、なんか可愛い子ばっかいね?」
新入生だろうか、少し若々…初々しい感じの二人組みが近づいてきた。といっても、2年以降の生徒がこの地域に足を踏み入れて会話しようと考えるわけがないが。
「おぉぉぉ!いいねー何部?」
あぁ、あぁ!最悪の展開だ…。空気読んで、なんて言わないからせめて殺気くらい読んで。
「…」
「ねぇ、何部って聞いてんじゃん。答えてよ」
あぁ、肩なんて掴むんじゃない…。いやいや、期待の眼差し送られてもね…?助けなきゃいけないのか…これ。
「っち、シカトしてんじゃねぇよ」
「…っ」
なんで泣きそうなの!?周りの子も見てるし…何か殺気みたいなのも感じるんだけど…。
「泣いてんじゃん。おめーが怖いだけじゃねぇの?どいてろって」
「なわけねーじゃん。俺優しいべ」
「見た目の問題だろ?」
いやいや、どっちも見た目変わらないし…。どこにでもいそうな軽そうな男だけど。
「俺は怖くないからね?だからおにーさんとお話しよ?」
君の方が年下だから…。うわぁ…そろそろ助けるか何かしないと本気で泣きそうになってるんだけど。
「やっぱおめーも一緒じゃん。てか酷くなってね」
「うっせー、黙ってろよ」
あぁ、もう…仕方ないな。
「君たち…彼女が嫌がっている。止めて-」
ん…なんか今、顔がニヤけたような?
「あん?」
誰かに肩を叩かれたのか男の一人が後ろを振り向く。男の後ろは何もないが、たぶん、おそらく、絶対にあいつがいる。案の定後ろの空間がぐにゃりと曲がる。
「-止めてあげなさい」
「んだとこの-」
パシュ
不意打ち。文字通りの意味で初々しい二人組みの首元に後ろから気配なく近寄ってきた女生徒が無痛注射を打ち込んでいる。どこの忍者なのだろうかと本当に恐怖を感じる。
「全く…こういう輩にはお仕置きが必要ですが、生憎暇を持て余していませんしね」
フィーリア・ルカリィド。私の親友であり、天敵ともいえる人だ。医学魔術を専攻として取っている。とはいっても麻酔科という変わった…といえば失礼だろうが、一般的に見て認知度の低い科を取っている。
「おや、お姉…お嬢様もいらっしゃったのですか」
「棒読みで言うとフィーが命令したように聞こえるが」
「失礼な。誘拐は指示しましたが着替えは要求していません」
「いや…誘拐って…『いらっしゃったのですか』は確信の下に言った台詞…」
私はため息をついてその話題を切ることにした。フィーに話術では勝てない…と思うから。
「それで、私はいつまでここでいればいいのだ」
「そうですね、パレードが終わるまではここにいていただきます」
そういえば、同級生に敬語で話をされる私は何なのだろうと考えながら「わかった」とうなづいた。こういうのは諦めが肝心なのだ。
+
BC学園というのは生徒だけで構成された一種の学生都市。というわけではない。たしかに一期生の授業を三期生が二期生の授業を四期生が執り行うという規則がある。が、テストや実力試験などを生徒に任せるということはさせない。となると、少なからず専攻および一般教養において一人ずつ担当教師という大人がいるわけだったりする。そういう人達が集まる場所を職員室などといったりもする。
「毎年毎年、学生に個性が出てきている気がするんですよねぇ」
中年のいかにも物理学専攻です!といいそうな男が呟いた。
「絶対者に砲煙者、妖艶者…いつから実力テスト1位に二つ名なんて付きましたっけ」
物腰が低そうな初老の男が話に食いつく。実力テスト(筆記)の丸付けをしながらここ数年の典型的な会話内容に入ろうとしていた。
「絶対者からですよ、たしか。この学園で姿を見た人はいないんじゃないですか?」
「流石にあの人だったら知ってそうですけどねぇ」
十数人居る教師が1席に視線を集中させた。丸付けが忙しそうな教師も暇そうな教師も、誰一人としてそこに憧れや切望といった感情は込められていない。
「今日も…遅刻ですかな」
「ですな」
今日も昼1時過ぎの職員室はため息で満たされていた。