大勢の雑踏は鬱陶しい
春。それは魅惑の季節。
春。それは唐突の季節。
春。それは…。
「はぁ…」
憂鬱な季節だってーの。
俺はBC学園のパンフレットを見ながらそう思っていた。新しい季節、新しい出会いが君を待っている。とかどれだけ普通な売り文句だよと思ってしまう。まぁ、色々なところから色々な奴が来るからこういう売り文句なのかもしれないが。
「こら、ルー君!全然準備整ってないじゃない!」
そんなパンフレットを見ていたせいで母さんに怒られた。母親の白衣を纏ったその姿はとっても異様だった。何年も一緒に過ごしてきた俺ですら一切慣れない。
「もー私の白衣に見惚れても何も出ないからね?」
「いや…いや、いいや」
この人はふざけていて、ほんわかしていて人の話を一切聞かない。なのに職場では天才とか他の職場の方から聞いたらマッドサイエンティストとか言われている立派?な科学者らしい。神は人に二物を与えないとかこの人を見てると良く分かる。
「はいはい、カバン持って。ハンカチとティッシュ持った?」
「あーはいはい、ぽっけに入ってるよ」
母さんはよしと満面の笑みを浮かべて行こうかと言った。
魔法で動く汽車…とかロマンだよねーと母さんは電気で動く汽車を見ながらつぶやいた。俺はこの電車でBC学園まで行かなければならない。たしか3,4時間程度で着くはずだ。母さんとはそこで別れて学園行きの電車に乗る。
流石に学園の新入期間というわけで電車は込み合っている。俺の席を除いたほとんどが。
さて、学園に着くまでには暫く時間がかかるので色々と考え事が出来そうだな。
BC学園。内部構成員、つまり生徒or学生+教師or講師+商人等の人数すら把握出来ていないと噂されている案外適当な学校だ。講義内容は一般教養と魔技の使用法および作成法。
学科は技術者側として4科、使用者として5科。まぁ、実際科を決めるのは2年以降のことで一年である俺らにはあんまり関係ない。
一年の教科は一般教養+特殊教養と呼ばれる魔技の基礎知識だ。内容は技術者、使用者の双方とも同じであるらしい。魔技の基本構造、原理などがそれに当たる。
二年以降の内容は技術者と使用者で大きく異なるが一般教養の内容は薄くなり、専門知識が増える。
技術者は4科とも内容はことなるが魔技の生成、製造方法や制御法と機械に関する力の掛り方やら振動なんかを習う。
一方、使用者は5科ともに全く違う内容を習うが基本的に実習と魔技を使うテクニックを習う。そして、体育が全科目で多く取られている。
三年以降は更に専門的な内容を一気に大量に詰め込む座学が増える。実習なんかは極端に減る。
四年になるとより専門的な内容を習うか、就職するかの決断を迫られる。授業は週2という限りなく減り、出ても出なくてもいいという仕様となっている。代わりに四年生以上の研究生と呼ばれる人々の下について手伝いをさせられる。
と、まぁ…こんなものか。
他に一年の終わりに使用者組は実力テストと呼ばれる戦闘訓練が行われたり、夏に学校行事で肝試しがあったり、始業式の後にはオリエンテーションなんてものがあったりする。イベントが大好きな学校である。そのため、先生は忙しいらしい。
あぁ、そういえば実力テストの1番の者は2,3,4年ごとにパンフレットに名前が載ったりする。今現在は2,3年は女子、4年は男子が1番らしい。名前は覚えていないがね。
『ルー君へ
今日から学園初日だね。
あ、でも暇だから電車の中で開けちゃったりしたら一日前かな。
うーむ、書きなおs(略)
~10行後~
まぁ、本題に入るとね。アレがないと学園生活困ると思うから鞄の中に勝手に入れちゃった!
というわけで使ってね?あ、後不純異性交遊はダメだからね?同性なら認めなくm(略)
~2行後~
あはは、無駄話しちゃった。えーと、とりあえず大変だと思うけど頑張ってね。
P.S.
もし、この内容を破った時には恐ろしいことが起きると思ってね?
From 愛しのエリーより 』
鞄の中にはこのような不吉な手紙が入っていた。誰が愛しなのかエリーなのか教えてほしい。
俺はその手紙をきちんと折って窓から投げ捨てた。幸い、俺の名前はルー君という分かりにくいであろう物だったし人物断定できるようなものではないはずだから。
ばれたら母親が腐女子だと思われるくらいだ。問題ない。
いや、あるんだけどね。
俺はカバンの中を探って例の物を取り出した。黒い手袋だ。俺専用に作られて魔技。
とりあえず、手袋をカバンの中に戻して本を読むことにした。学園につくまで後2時間ほど。
ページ数で言うと250ページくらい読み進めたあたりで学園に到着するとの連絡が入る。
俺は本を鞄の中にしまい、列車を降りた。数千の人間が列車から一つの場所へ移動している。まるで光に呼ばれている虫のようだ。
まぁ、俺もその一匹になっているのだが。
俺たちが向かっているのは移動用ポーターだ。許可証によって起動し、住宅街のポータールームと呼ばれる部屋に転移させられる。まぁ、不審者防止用らしい。
駅員さん方は列車そっちのけで学生とその他の整理…というのだろうか。一列に並んでくださいと呼びかけている。
駅員さんも大変だと感心しながら鞄の中から許可証を取り出す。
名前:ルクレール・ウサミ
血液型:A型
出身:エイルブルク
備考:なし
と、お粗末なほど適当な身分証明書を見ながら自分の番が回ってくるのを待つ。と言ってもそこまで時間のかかるものでもなく、皆止まらずただ歩いてポーターの中に入っていく。
流石に一気に2,3人でワープするのは危険らしく一列で&歩いてというのが鉄則らしい。魔技を習うこの学校ですらこの場所にしかテレポーターはない。会社に入ったとしてもコレを見るのは稀である。
まぁ、流石に数千という数の人間を運ぶとなるとそれなりに時間がかかるものである。
色々な髪の男、女が荷物を持ち緊張しているような強張っているような顔持ちで列に並んでいる。ほとんどの人間が一年であり、新入生だからである。それなりの緊張と興奮をこの場でひしめかせているようだ。
さて、そろそろ俺の番のようだ。
+
[とある音声記録]
「レイブンハルト殿」
「…その名前で呼ぶのはやめてくれるかな…すっげぇ恥ずかしいんだけどさ。それに殿とか」
「そんなことを言ってる場合ではないのです」
「お前がレイブン…ハルトとか呼ばなきゃいい話なんだけどな」
「そんなことよりも」
「まぁ、聞いてくれないことくらい知ってるけどよ」
「魔王がやってきます」
「…よし、いい精神科を紹介してやるぞ。大丈夫だ」
「…いえ、それで済む話ならばよかったのですが」
「…うわぁ…学園長しめてくるか」
「もう遅いかと」
「何考えてんだ、あの爺」
「…仕方ありません、あの方は…」
「ま、ようやく動き出したと言えなくもねぇかな」
「そうかもしれません」
「暫くは過激な動きは止めとくか、面白そうだしなぁ」
「…御意」
[ドアの開く音]
[人が歩く音]
「…レイブン、ハルト、ぎ-」
[機械の壊れる音]
+
学生寮は案外綺麗で広い。まぁ、住宅街みたいな規模だし商店なんかもあるあたり首都のマンションなんかとあまり変わりはないのかもしれない。料金的にはかなり安いしお得といえなくもない。
「はぁーやっと終わった」
学生寮には先に荷物が運び込まれている。これは寮長がやってくれているらしい。
…ただ、寮長はこの学園内でたったの一人であり誰も荷物をどう運んだのか知らないらしい。学園の七不思議だと言われている。まぁ、この学園の場合は七ではなく八不思議らしいけど。
改めて部屋を見渡す。無数の本が本棚に詰められている。その他段ボールやゴミ袋といった物が一ヶ所に固めておいてある。部屋自体は綺麗に整理され生活感というものは皆無だ。が、まだ整理しきれていない段ボールに入った荷物が部屋の片隅に置かれている。
「ゴミっていつ出すんだっけ」
そう言いながらベットに倒れている俺は掃除やら整理整頓やらっていうのが苦手な子なのだろう。そのまま目を瞑ってしまえば寝れるかもしれない。
明日は新入生歓迎パレード、明後日は始業式&オリエンテーション、明々後日は講義説明会。といっても新入生歓迎パレードは部員確保のための見世物であるし、オリエンテーションもその延長線上の産物だろう。部活などに入る気は毛頭ないので俺にはあんまり関係ない話だ。
さて…と。
「荷物整理の続きをやるかー」
+
[とある音声記録]
「ちょ、待ってくれ…いきなりそんなことを言われてもだな」
「いえ、決定事項です。お姉様の身の危険に関わります」
「いや…うん、まずは同級生なんだからお姉様は止めてくれないか…」
「ではお嬢様」
「…もう、それでいい」
「どうか、躾のなってないメイドにお仕置きを」
「いつからメイドになったんだ!?いや、返事はしなくていいから話進めようか!」
「はい、明日は私たちにとってトラウマになる可能性のある日なのです」
「ふむ、私は毎日がトラウマの連続なのだが」
「いい思い出です。それよりも、明日は必ず仮病で休んでください」
「自分のことは棚に上げるわけだな」
「そんな…今日部屋に来いだなんて」
「言ってないぞ、そんなセリフ。はぁ、お前と話していると疲れるよ」
「退屈はしないでしょう?」
「…はぁ、フィーには勝てそうにないな」
「?学年一位のお嬢様に私が勝てるわけないと思いますが」
「…相手がフィーなら降参するよ」
「そんなに私のことを愛しているのですか…困ります」
「困りますと言いながら顔を近づけてくるな」
「そんなに照れ-」
+
この世にはとある言い回しがある。例えば怒りで辞表や手紙、離婚届などを無理やり押し付けることを「三行半を叩きつける」なんて呼ぶ。では、次の言い回しの答えは何だろうか。
「あなたを死ぬほどに殺したい」
誰か教えてくれよ。
「いや、ドア開けた瞬間の初対面の人にそれは酷いと思うんだが」
「そんなことはありません。愛情表現の一つにそういうものがあります」
「それはどう考えても殺人鬼や精神異常者の考えだろう」
そして、そこまで愛されていないだろう。
「そうですね、言い方を間違えました。私の知らないところで殺人事件の被害者になってください」
「…もう少し遠慮というものを知っててもいいと思うんだが」
俺はこの身長160cm程度の女に会ったことはないし、こんなことを言われるようなことはしていない。まぁ、理由としては考えられるのはあるがね。
「まぁ、いいではないですか。少しくらい」
「少しじゃないんだが」
「小さな男ですね、それでも人間ですか?」
ボケに突っ込んだら人間として否定された。なんか落ち込みそうだわ。
…で、何で俺はこんな女と話してるんだ。あ、時なんて戻す便利な呪文を俺は知らないから戻せないぞ。
「それで俺に何の用なんだ」
「えぇ、死んでほしいのがまず1」
まだ引っ張るか、このアマ。
「その2に荷物が追加で届いていたので届けに来ました」
小さな桐の箱に入った高級品を感じさせる箱だ。ついでにピンクの手紙が付いている気がするが今はいいだろう。
「その3に毒物を食べ物に混ぜようと思っていましたが、冷蔵庫の中に何も入っていなかったので断念しました」
「…警察呼んでもいいか?」
「構いませんが、絶対に彼方は後悔しますよ」
女の顔はいたって真面目で無駄にイラついた。何なんだ、こいつ。
「それでは、私はこれで」
あぁ、どうも。という暇もなくドアを思いっきり閉められた。距離的に顔にぶつかってもおかしくないような距離だったのにも関わらずだ。まぁ…ドアには安全装置として障害物察知機能(移動先に物がある場合に止まるような機能)が付いてはいるんだがな。
「全く…なんか、疲れた」
まだまだ、荷物整理は終わりそうにはなかった。
+
[とある音声記録]
「ねー、ミーちゃんは明日の新入生パレード出る?」
「み、ミーちゃん?」
「ミスズっていうんでしょ?だからミーちゃん。てか疑問に疑問で返すのは失礼だよぉ?」
「あ、うん…。明日は家でお掃除しようかなって」
「お掃除…かぁー。ふ、彼氏でも連れ込む気だな!」
「か、彼氏なんていないよ…?」
「なんで疑問形なの?」
「う…」
「ははぁん、好きな人がいるんだなぁ?このおませさんめ!」
「…いると思うんだけど…どうなんだろう」
「む…そこで照れてくれないと「かぁいいなぁこいつぅ」とか出来ないじゃん」
「たぶん一生接点ないから…」
「この子…妄想癖と集中すると周り見えなくなる癖があるよ…」
「それで!えっと…名前教えてもらってない…」
「あ、あーそうだったね。私の名前はクリスだよ」
「じゃ、クーちゃん。クーちゃんの好きな人は?」
「…いない」
「なんで顔赤いの?」
「う…何でもない…」
「かぁいいなぁこいつぅ」
「…何かミーちゃんには勝てない気がするよ」
+
桐の箱というのは結構硬い。殴ったら鈍器になるくらいには硬い。しかし、しかしだ。だからと言って人を殴ってはいけない。それは人として、人間として当たり前の常識だろう。
「うん、俺が悪かった」
「もう遅い気がしてならない」
頭から血をダクダクと流しながら男は俺のすみかになる部屋にいた。数秒前、「死んでください」と言われてリビングに戻ると知らない男が座っていて「やあ、お邪魔しているよ」なんて言ってきたらとりあえず手元にある物で殴ってしまうものだろう。流石に何度も殴ったのはやりすぎたと反省してはいるが。
「いや、まだ大丈夫だ。まだお前が悪い」
「何か思っていた以上に口の悪い子だよ…」
そんなに口の悪い子なわけがないだろう。きっとさっき出てきた女の影響だ。いや、それ以前に不法侵入してきた奴に礼儀など説かれたくない。
「それで何か用ですか、血まみれのお兄さん」
「今、殴ったことすらなかったことにしようとしたよね」
全く何を言っているのか分らない。被害妄想もいいとこである。
「はぁ、まぁいいや。用というのはね、コレ」
血まみれの男が出したのは血がついた桐の箱と全く同じものだ。ただ、封印と言った感じの札が貼ってある。
「なんですか、その箱」
「なぜ敬語になったのか不思議なんだけど、そろそろ出血量が限界だから手短に」
男は手紙と一緒に桐の箱を渡し、じゃあねと消えてしまった。まるでそこに最初からいなかったように。
渡された桐の箱二つ。2度あることは3度あるとかいうが、贈り物というのは今まで一度も貰ったことはなかった。勿論手紙も、だ。
「分かったことはあの男がテレポーターってことだけか」
+
[とある音声記録]
「…」
「あ?嫌な予感?」
「…」
「んなもんいるわきゃねぇだろ」
「…」
「ッチ。わぁったよ、わぁったから怯えるのをやめろ。気色がわりぃ」
「…」
「あーはいはい。それで…てめぇの言ってることがあってるとしてだ、何を怯える必要がある」
「…」
「…はっ、あの絶対者にはかなわねぇけどな…他の奴には負けるわけがねぇだろうが」
「…」
「信頼がねぇこった」
+
3度目。桐の箱ではなかった。ただの物体の一つとして瞬時に届いた。こんなことが出来る人物を俺は一人しか知らない。父親。至って正常な変態である父親の仕業だ。と言っても血は繋がっていないし、会ったのも生涯で一度だけだ。赤の他人とそう変わらない。
「…全く、変人なんだよなぁ…あの二人」
あの二人というのはもちろん父母のことだ。結婚して、子供を作らず、互いに信頼し、全く逆の職についている。この二人の話をしようとすると日が暮れるのでしないが、至って異常なところにいる人物たちだ。
まぁ、あの二人はいいとして。問題は箱の中身と今さっき届いたものだ。
「腕輪ね…取扱説明書まで手書きで書いてやがるし」
送り主は母親の知り合いで生態研究科?とかそんな感じの人だ。使い方は置いておいて、人体の状態を正確に把握できるモノらしい。ただし、魔科学の結晶と言われる人工知能を持った魔技が必要とのことだ。いくらすると思ってんだこの野郎と思いつつもそっと桐の箱の中に入れた。これもその人工知能を持たせた魔技並の価値はあるものだ。
そして、父親から送られてきたであろう物。箱、ではあった。黒い箱だ。白いテープで開かないように巻かれたような絵が書かれ、小さな宝石で密かに装飾がされた一辺3cmくらいの小さな箱だ。
「なんだよ、これ」
意味が分からない。たしかに、父親はこういう訳のわからないものに関係のある職ではあるが…説明文もなしにこれは訳が分からないとしか言いようがないだろう。
3つ目、札で封印された箱の中身は…。
「…人形だよな」
小さな妖精のような人形だ。赤い髪に透明な翅、ワンピースのような服を着せられている。肌は白く、容姿は精巧で今にも動き出しそうな作りだ。そういえば、一緒に手紙が付いていたな。
「げ…レンさんか」
レンさんというのは父親の知り合いの一人で人工知能の研究の第一人者であり、裏切り者と烙印を押された人。案外、父親よりもこの人との記憶の方が多い。週1くらいで来るし。
ということはこの人形は人工知能を持った魔技。それもかなり精巧で一般人には手が出せないほどの金額がする貴重な物。レンさんの名前とスペックを書けば国一個くらい買えそうな額が振り込まれること間違いなしの品だ。
『ルー君へ
最近忙しくていけなくてごめんね!
お詫びにちょっと頑張って作った魔技を送りまーす。
順ちゃんの知り合いの人がいい物送ってくれるらしいからそれと一緒にね。
それじゃ、入学おめでとう。これからもがんばるんだよ。 とある人の知り合いより』
表に名前書いているのだから「とある人の知り合い」なんて書かなくても分かるはずなんだが、癖というやつだろうか。
「さて、起動の仕方は書いてなかったし…勝手に起動するのかもしれないな。あの人の作品だし」
箱はそのまま机の上に置き、俺は部屋の片づけに戻った。