十一話「どうせなら住みやすく」
村への道中、互いに簡単な自己紹介をした。
「儂はソフィア。ハーフドワーフの鍛冶師じゃ」
「ハーフ?」
思わず聞き返す。
言われてみれば、ドワーフにしては背が高い気がした。
それでも小柄ではあるのだが、ゲームなんかで見るドワーフよりかなり細い。
「母親が人族なんじゃ」
「へぇ……」
だからか。
耳もそこまで尖っていないし、見た目は小柄な少女に近い。
「純血ほど力も出んし、背も中途半端じゃがな」
「いや、十分強かっただろ」
「どこがじゃ。岩狼に追い回されとったのに」
「最後まで戦ってただろ?」
あの状況で逃げずに踏ん張っていた時点で大したものだと思う。
ソフィアは少しだけ目を丸くした。
「……変な所で褒めるの」
「そうか?」
「で、お主の名前は?」
「俺はカイトだ」
「人族なのにドワーフみたいな格好をしとるんじゃな」
「そうか?」
俺の格好って、ドワーフの服装に近いのか。
いや、確かに似てるか。
「………」
「どうした?」
急にどうしたのだろうか。
こちらを見たまま思案顔になる。
「いや、なんでもない。それよりアレかの?」
「ん? ああ、アレだ」
話している間に、見慣れた廃村が近づいてくる。
「ほんに、こんな場所に住んどるのか?」
「そうだが」
ソフィアが呆れたように呟く。
その目は村全体へ向けられている。
何となくだが、ただ廃墟を見ているだけじゃない気がした。
ドワーフって、鍛治だけじゃなく建築にも強い種族だったはずだ。
建物の状態を確認しているのだろうか?
「ぬう………」
傾いた柱、崩れた屋根、ひび割れた壁。
ソフィアは一つ一つ観察するように視線を動かしている。
「マジの廃村ではないか」
「そう言っただろ」
半ば引き気味に言いながらも、ソフィアは周囲の観察をやめない。
俺は苦笑しながら、よろず屋跡地へ向かった。
「ここが今の拠点だ」
「……よろず屋、か?」
ソフィアが目を細める。
看板は半分崩れ、壁も傷んでいる。
それでも他の建物よりは状態が良く、雨風は十分防げていた。
瓦礫を押し除け、店内へ入る。
棚、木箱、藁を積んだ寝床、壁際へ寄せた荷物。
一応、生活感はある。
「…………」
だが、それを見たソフィアが無言になった。
「何だよ」
「お主、本当にここで寝泊まりしとるんか?」
「してるけど?」
ソフィアは藁の山を見る。
「それ、寝床ではなく藁置き場では?」
「ちゃんと寝れるぞ?」
「腰を壊すわ」
即答だった。
肩の上でスノーが「にゃっ」と鳴く。
「しかも床板浮いとるし、柱も歪んどる……」
「生き延びるので精一杯だったんだよ」
転生してまだ数日だ。
むしろ頑張った方だと思いたい。
ソフィアは呆れたように溜息を吐くと、店内を歩き始めた。
壁を叩く、床を踏む、柱を見上げる。
「……ふむ」
真面目な顔だ。
「建物自体はまだ使える。じゃが、長くは持たんの」
「……やっぱそう見えるか」
俺も前から気にはなっていた。
床板は所々浮いているし、柱も微妙に傾いている。
屋根も一部傷んでいて、雨が続けば怪しい場所が何ヶ所かあった。
今すぐ崩れる程じゃない。
だが、長く住める建物じゃないのは分かっていた。
「補修だけでは厳しい」
「だよなぁ……」
俺は天井を見上げる。
「その内どっか駄目になりそうなんだよな」
「素人でも分かるレベルじゃ」
「やっぱりか……」
何となくは思っていたが、はっきり言われてしまった。
その時、ソフィアの視線が部屋の隅で止まった。
「……ん?」
積み上げられた鉱石類。
鉄鉱石、銀鉱石、洞窟で回収した素材。
その中でも、異様な存在感を放っているのがミスリル鉱石だ。
薄暗い室内でも、淡い白金の光を発している。
さらに、その隣。
赤黒く存在を主張する巨大な結晶、女王核石。
「…………」
ソフィアがゆっくり近付いていく。
「……これ」
恐る恐る、ミスリル鉱石へ触れる。
指先が僅かに震えていた。
「本物、なのか……?」
掠れた声だった。
「やっぱ、そうなるよな」
俺がハマっていたゲームでも、ミスリルは定番の希少金属だった。
軽く、硬く、魔力伝導にも優れる。
大抵の作品では『高級装備枠』の素材だ。
オリハルコンやアダマンタイトみたいな、更に上位扱いの金属も知ってはいる。
だが、それでもミスリルが別格なのは変わらない。
まして実物だ。
こうして目の前へ積まれている光景は、未だに現実感が薄かった。
「ドワーフの鍛冶師なら、一度は夢見る金属じゃ」
ソフィアは目を離せないまま呟く。
「こんな純度、里でも滅多に出回らん」
その声には、隠しきれない熱が混じっていた。
次に視線が向いたのは、女王核石だった。
「しかも高純度の魔核まで……」
「偶然、拾った」
「拾ったで済ませるな!!」
即座に怒鳴られた。
「国宝級じゃぞ!?」
「マ、マジで?」
「マジじゃ!!」
ソフィアは頭を抱える。
まさか、国宝級とは………まあ、かなり激戦だったからな。
そのくらいの価値はいくか。
「何なんじゃお主……」
「う、運が良かったんだよ」
女王核石については誤魔化すしかない。
正直に言うと、洞窟崩落の原因が俺だとバレる。
「豪運にも程があるぞい…」
ぶつぶつ言いながらも、ソフィアの目は完全に職人のそれだった。
素材を前にした鍛冶師の目。
その時だった。
「にゃ〜」
スノーがミスリル鉱石へ前脚を乗せた。
「あ、スノー! 傷付くかもだから」
「にゃふ」
慌ててスノーを持ち上げる。
「くく、お主でも慌てる事があるんじゃな」
「そりゃあるさ」
「まあ、安心せい。傷が付いたくらいで価値は落ちん」
ソフィアの言葉でホッと安心する。
そんなソフィアは俺とスノーのやり取りを見てくつくつと笑う。
改めて店内を見回す。
「……これだけの素材があるなら、ちゃんとした拠点を作った方が良いの」
「だな」
今までは寝る場所さえあれば良かった。
だが、ミスリルまで手に入った今、この建物に保管し続けるのは普通に怖い。
「補修しても、結局どっか駄目になりそうなんだよな」
「その通りじゃ」
「なら」
俺は軽く肩を回す。
「いっそ建て直すか」
「む?」
ソフィアがこちらを見る。
「この建物を?」
「ああ」
探索して、素材集めて、拠点を作る。
考えてみれば結構面白そうだ。
「どうせなら、ちゃんと住みやすくしたいしな」
「……嫌ではないんじゃな」
「むしろ嫌いじゃない」
俺はその辺へ落ちていた木の枝を拾う。
そして地面へ線を引いた。
「ここを入口にして」
一本線を書く。
「こっちが作業場」
「ふむ」
「炉はここ」
さらに線を追加。
作業場と炉は広めに取る。もしソフィアが残ってくれるなら、その方が使いやすいだろうし。
「鉱石置き場は隣」
「……炉のすぐ横か?」
「近い方が運ぶの楽だろ」
ソフィアが顎へ手を当てる。
「確かに動線は悪くない。じゃが、鉱石粉や熱が流れ込むぞ?」
「換気はちゃんと作るつもりだ」
「そこまで考えとるんか……」
次の線を書き足していく。
「寝床はこっち。炉から少し離す」
「え? 何故じゃ?」
「火事防止」
ソフィアが目を丸くした。
「……そこまで考えるのか?」
「いや、普通だろ?」
「普通じゃないから言っとるんじゃ」
ソフィアが地面を指差す。
「作業場、収納、寝床……全部移動しやすい位置になっとる」
「動きやすい方が楽だからな」
「何故そんな発想がポンっと出てくるんじゃ?」
ソフィアは驚いているのか、目を見開いて俺をみている。
真正面から感心されると、なんとなく落ち着かない。
俺は照れ隠しに鼻の頭を掻きつつ答える。
「ま、まぁ、前の仕事で見てたし」
「職人だったのか?」
「まぁ、似た感じのな」
設計士ではない。
ただ、使いにくい現場がどれだけ面倒かは知っている。
「使いやすい形ってのは、何となく分かる」
「……なるほどの」
「あと、ここ」
俺は図面の端を指差した。
「炉の近くに小部屋作れないか?」
「資材置き場ならもうあるぞ?」
「違う。冷やす部屋」
ソフィアが眉を寄せる。
「……何じゃそれは」
「鍛冶って熱いだろ。作業終わった後に身体冷やせる場所あれば楽じゃないか?」
「冷やす……?」
「もし、冷気を発する石とかあれば即席の冷蔵庫みたいになるし」
「冷気を発する石と言うと『氷結石』じゃな」
「お、あるんだな」
一瞬沈黙。
ソフィアが図面を見る。
また俺を見る。
もう一度図面を見る。
「……お主」
「ん?」
「妙な所だけ生活力が高いの」
「前の仕事でも夏場は休憩所無いと倒れる奴いたしな」
「…………」
返事が無い。
見るとソフィアは妙な顔で図面を見ていた。
「ドワーフは基本そのまま酒飲んで寝るが……」
「まあ、要らねえなら作んなくても良いぞ。でも次の日具合悪くなってもしらねぇからな」
「おい、待て。何故、ドワーフの欠点を知っておる?」
「欠点?」
「儂らドワーフは鉄を打った次の日は動けんのじゃよ」
「…熱中症だろソレ」
「ねっちゅーしょー?」
「病気の一つだ」
「なんじゃと!?」
「取り敢えず、騙されたと思って追加しとけ」
ソフィアは納得いかない顔をしていたが、俺の指示に従う。
「それと、鍛冶場の隣だか台所を追加しておくといいぞ」
「台所?」
「飯作る場所」
「それは知っとる」
「間に小窓作れば便利だろ」
ソフィアが止まった。
「……小窓?」
「作業中って手離せない時あるだろ? 飯だけ渡せれば楽だ」
前世でも現場はそんな感じだった。
忙しい時ほど、すぐ飲める水や飯が近い方が助かる。
「鉄を打っとる最中は飯なぞ食わんぞ?」
「それで集中力が続くのか? 間に飯を挟んだほうが、良い物ができるんじゃねぇか?」
「___!」
そう伝えると、目を見開いて驚くソフィア。
そして感心した様な表情で呟いた。
「儂らはなカイトよ。良い鉄を打つ為なら寝る事も食う事も削る」
指先が小窓の位置をなぞる。
「じゃが、お主は先に『作る者』の身体を考えるのか」
「壊れた職人は、良い物を作れんだろ」
何気なく返した言葉だった。
だが、ソフィアは何処か心当たりがあるのか頷いた。
「………そうじゃな。ほんに、その通りじゃ」
そして、改めて地面に書いた図面に視線を落とす。
「しかし、風の流れまで考えておるとはの…」
「煙くなるのは嫌だろ?」
「カイトよ、ドワーフはそれが『日常』なんじゃよ。じゃからさっきの冷やし部屋も含め、その発想に驚いたんじゃ」
そう言って嬉しそうに笑う。
「なはは! うむ、なんかじっとしてられんくなってきた!」
すると、ソフィアにも熱が入ったのか、目の色が変わった。
新しい発想に触発されたようだ。
「木材、石材、鉱石、氷結石……やる事は山ほどあるの!」
「探索のしがいがあるな」
「普通の人族は素材集めは嫌いじゃと聞くが?」
「俺は好きなの!」
そう言うと、ソフィアは小さく吹き出した。
「変な奴じゃの」
「全く、失敬な」
そう言って冗談混じりにツンと顔をそらすと、その反応がツボだったのか、ソフィアは声をあげて笑う。
「くく、なはははははっ! 良い! 良いぞカイトよ!」
なんで笑うんだ。
素材集め良いじゃないか。
どうせなら住みやすくしたいだろ?




