第一話 寿命口座と余命マイナスの王女③
「魔物だ! 南の谷から群れが上がってくる!」
怒鳴り声と足音。
医務室の窓の外を、鎧に身を包んだ兵士たちが走り抜けていく。
メイラの顔が強張る。
「……早い。今月二回目じゃない」
独り言のように呟いてから、俺の方を見た。
「ごめんユウマ、負傷兵が来るかもしれない。
本当に、絶対にここから出ちゃダメだからね。立てても、今日は寝てて」
「分かりました」
そう返事しながら、窓の外を覗く。
灰色の狼のような影が、谷底から群れをなして押し寄せていた。
その中には、岩のような皮膚を持つ大型の個体も混じっている。
砦の上から、矢と光の弾が放たれる。
悲鳴と怒号が混じり合い、空気が一気に戦場の匂いに変わった。
(……ゲームとか小説なら、ここで主人公は部屋を飛び出すんだよな)
俺はベッドの上で、膝を抱えたまま、しばらく動けなかった。
二周目の人生。
二十四歳で過労死して、やっと手に入れた「やり直し」の五年。
ここで首を突っ込んで、いきなり終わりました、じゃ笑えない。
(俺はヒーローじゃない。ただの“残業の延長線”で死んだモブだ)
前の人生でも、歯を食いしばって、結局何も変えられなかった。
そんな自分を、俺は一番よく知っている。
それでも。
医務室の窓の外から聞こえてくる、悲鳴と金属音が、胸の奥を引っかいた。
自分の寿命を誰かに使うつもりはなかった。
でも、「何もしないで聞いてるだけ」も、どうしても飲み込めなかった。
「……クソ」
小さく舌打ちして、ベッドから足を下ろす。
足はまだふらつくが、立てる。歩ける。
扉を開けると、廊下を走る兵士たちの頭上に、白い数字が躍っていた。
──一一・一年。
──九・八年。
──一三・三年。
さっき医務室で見たより、微妙に減っている。
(この世界でも、“死に近づくと寿命が削れる”ってことか)
意味なんて、すぐには分からない。
ただ、数字が減っていくのを見ていると、胃が重くなる。
俺は流れに逆らって階段を上がり、砦の上へ出た。




