第一話 寿命口座と余命マイナスの王女②
「……起きた?」
聞き慣れない女の声で、目が覚めた。
白い天井。
木と石で組まれた梁。
窓の外には、見たことのない青い空と、ぐるりと砦の壁。
俺は、粗末な木のベッドの上に寝かされていた。
「大丈夫? 頭、痛くない?」
視界に影が差す。
栗色の髪を後ろでまとめた女の人が、心配そうに覗き込んでいた。
服装は看護師でも白衣でもない。
布と革でできた、シンプルだけど実用的な服。胸元の布地には見慣れない紋章の刺繍。
「……ここ、どこですか」
「《ルーミア辺境砦》の医務室。南の街道から運ばれてきたって聞いたけど、覚えてない?」
ルーミア? 辺境砦?
地図帳で見た覚えのない単語がさらっと出てくる。
「……すみません。あんまり」
「そっか。記憶が曖昧なら、下手に追いかけない方がいいよ。
名前は? 呼び方困るし」
「……春日悠真です。カスガ・ユウマ」
「ユウマね。私はメイラ。この砦の医務係。よろしく」
メイラ、と名乗った彼女の頭の上に、白い数字が浮かんでいる。
──二九・七年。
(やっぱり見えるのか、こっちでも)
日本のオフィスと同じ数字。
ただ、雰囲気はまるで違う。
なんかのゲームのチュートリアルに放り込まれたみたいだな、と、現実感のないことを思う。
「顔色はそんなに悪くないね。お腹は? 何か入る?」
「……正直、減ってる気はします」
冗談めかして返すと、メイラはふっと笑った。
「減ってるくらいがちょうどいいよ、この砦じゃ。
とりあえずスープ持ってくるから、ちょっと待ってて」
彼女が離れた瞬間、俺はこっそり自分の頭上に意識を向ける。
青いウィンドウが、当たり前みたいな顔をして開いた。
──《寿命口座システム》
──《所有者:春日悠真》
──《寿命残高 五・〇〇年》
「……増えてる」
オフィスでゼロになったはずの数字が、「五」に増えていた。
(転生? 転移? どっちにしろ、“二周目”ってことか)
うっすら笑ってしまう。
人生、やり直し。ゲームだったら喜んでるところだ。
(でも、五年か。
思ったより、安いな)
そこに、追加のウィンドウが重なる。
──《周辺個体の寿命残高を参照できます》
──《再配分機能は有効です》
「……だよな」
さっきのオフィスと同じ。
俺は、寿命を見るだけじゃなく、動かせる。
人生二周目。五年分。
それをどう使うか。
(前の世界みたいに、誰かの都合で削られるのはもうごめんだ。
今度こそ、自分で使い切ってやる)
そう決意しかけたところで、扉がノックされた。
「ユウマ、入るよ」
メイラが盆を持って戻ってくる。
木の器に入ったスープと、固そうなパン。
「とりあえずこれ。具は少ないけど、温かいだけマシ」
「……いただきます」
スプーンを持つ手を、自分でも苦笑いするくらい震えさせながら、口に運ぶ。
しょっぱい。けれど、胃がそれを必死で受け止めているのが分かる。
「ねえ、ユウマ」
メイラが、少しだけ真面目な声になる。
「ここは辺境砦。魔物も盗賊も来るし、食料事情も良くない。
元気になるまで無理はさせないけど……いずれは、何かしら手伝ってもらうことになると思う」
(結局、働くのか)
心の中で苦笑しながら、俺は頷く。
「できる範囲で、なら」
「うん。それで十分」
メイラの頭上の数字が、ほんの少しだけ揺れた気がした。
二九・七年から、二九・八年へ。
俺が「できる」と言った瞬間だ。
(……俺が関わると、寿命がちょっと増える?)
まだ確信はない。
もっと検証が必要だ。
だけど、その前に。
砦じゅうに、甲高い鐘の音が鳴り響いた。




