3.ルピカ村への買い物
3.ルピカ村への買い物
翌朝、目覚めると小窓からは暖かな日差しが入り込んでいた。昨日の夜は危うく死にかけるところだったがアトラが魔獣マリュアに襲われている私を助けてくれて何とか死なずに済んだ。
ベッドから出た私は、まだ眠たい目をこすりながら寝室を出た。当のアトラはというと、椅子を二つ横に並べてその上でまだ眠っていた。目を覚ましたアトラが全身の痛みと二日酔いで苦しむ姿が目に見えた私は、申し訳ないと思いながらもアトラの身体を揺すった。
「きのうのいすはおいしかったな……むにゃむにゃ……」
身体を揺すられたアトラは昨日の椅子は美味しかったという意味のわからない寝言をもごもごと喋りながら寝返りを打った。
『ドスッ』
「いってえ」
寝返りを打つと同時に狭い椅子の面積から転げ落ちたアトラは眉間にしわを寄せて背中を押えている。
「アトラおはよう。もう朝だよ」
「ああ、おは……だめだ気持ち悪」
こんな美少女を寝起きから拝めているというのに気持ち悪いとは酷い。と思ったが私のことではなかったらしい。アトラは急いで起き上がり、外へ向かって全速力で走って出ていった。あの顔色だと恐らく二日酔いだという私の予想は的中したらしい。
しばらく経ってからアトラは帰ってきた。その口元には謎の黄色い液体が光っていたが指摘しないことにする。
「大丈夫?急に慌てて出ていったけど」
「あ、ああ。ちょっと土と睨めっこしたくなってさ急に」
土と睨めっことは何だろうか。やはりこのガキにはまだ酒は早かったようだ。
その後、私とアトラは軽く朝食を済ませた。そしてどうやら近くにルピカ村という小さな村があるらしく、当分の間アトラの家に世話になることにした私の服や食料などを買いに行くらしい。千年前はルピカ村という村はなかったはずだ。この千年の間にフリージラ大森林にはエルフとは違った普通の人間が生活しているらしい。
「魔法使って行こうとか思うなよ」
フリージラ大森林の中を並んで歩いていたアトラがそう言った。どうやら私の考えはバレていたらしい。昨日と同様に転送魔法を使えば歩かずとも一瞬で目的地まで行けるというのに。
「なぜ!別にいいじゃないか!」
私は反抗期の子供のようにアトラに反抗した。
「お前さては四大魔法使いだろ」
アトラは細めながら私にそう言った。私は昨日この世界に生まれたのだ。はるか昔に魔法を封印した四大魔法使いの一人な訳がない。それに私は魔法がとても好きだ。その好きなものを自ら使えなくする訳もない。だがアトラが疑うのも無理はない。封印されているはずの魔法を難なく使ったのだ。ここは私が四大魔法使いではないことを証明して見せねば。
「私はエルフとはいってもまだ子供だし四大魔法使いの存在だって昨日知りましたー!それに私の体内にある魔力量だってマリュアの鼻息で吹き飛ばせるくらいしかないし!よって私は四大魔法使いではありません!」
鼻息を荒くして弁明する私にアトラは笑いを堪えていた。何がそんなに面白かったのだろうか。私は自身の潔白を彼にわかってもらおうと必死に弁明したというのに。
「そ、そりゃそうか。お前みたいなちんちくりんのガキが四大魔法使いな訳ねえよな。それに昨日だってマリュアの鼻息で死にかけてたんだし」
アトラはいよいよ堪えきれなくなった笑いを全開放しながら私を再びガキ扱いした。とても腹が立つ。だがこれで私が四大魔法使いではないことが証明されたはずだ。
「にしてもよ、昨日聞きそびれたけどそもそも何で魔法使えるんだ?」
その疑問は私も同様であった。私が封印の対象から外れている理由が全くもってわからないのだ。
「私の他に魔法使える人はいないの?」
「俺が目の前で魔法使ってんのを見たことあるのは水上の魔女ミルエだけだな。他の魔女のやつらはどんなやつかもわかんねえし、多分そいつらしか魔法は使えねえはずだぜ」
水上の魔女ミルエ。昨日の夕食後にアトラから聞いた名だ。西側国家のヘレボレスにいる四大魔法使いのうちの一人。どんな人物像なのか想像すらつかない。やはりミルエという人物に会って直接私の魔力が封印されないことについて聞いた方が手っ取り早い気がする。澄まし顔で千年前に敵対していた国に、のこのこと出向くのは些か気が引けるが好奇心に抗うのは魔法好きの私からすれば後者の方が難しい。
「まあそんな辛気臭い顔するなよ。俺はシェロが四大魔法使いのやつらだとは思ってねえよ。それに四大魔法使いの一人だとしたら昨日みたく魔獣一匹ぐらい難なく殺せるはずだぜ」
「わかって貰えたようで良かった。にしてもこれから先、魔獣の一匹ですら殺せないのは私も困るから魔法の鍛錬しないと」
兄に魔法を教えてもらっていた頃は、毎日欠かさず属性魔法を放つ練習をすれば、体内にある魔力量も増えていた。努力することは才能なのだ。兄の教えでそう習ってきた。
「魔法の鍛錬も良いけど、その前に服と髪の毛どうにかしないとな」
アトラの言う通りだ。服は土まみれな上に髪の毛もなぜか地面すれすれまで長い白髪が伸びきっていた。おまけに片目が髪に隠れていて前が見えにくいのだ。昨日からずっと何か行動する度に髪の毛が邪魔で私も困っていた。
「髪、どうしようかな」
「いっその事切るか?それとも村で髪飾りとか髪留めとかでも買うか?」
生前の私はお洒落とは無縁だったので髪飾りなどは付けたことがなかった。王都に住んでいた時に子供達が付けていたのは見たことがあるがとても可愛らしかった。私にも似合うだろうか。
「髪飾り……似合うかな」
「似合うと思うぜ。せっかく綺麗な髪してるんだ。それにせっかくの可愛い顔が髪が掛かって台無しだぜ」
アトラはなんの恥ずかし気もなく私を褒めた。異性に容姿を褒められるのが初めての私はとても照れてしまった。
「お、見えてきた」
俯いて照れていた私は顔を上げた。すると開けた場所に木やレンガなどで出来た家が沢山並んでいた。真ん中を通る一本道の脇には店が何軒も並んでいる。ここがルピカ村らしい。村の中は沢山の人々が店の前で並んだり会話したりしていた。こう見ると、村というより小さな王都のようだ。
私達は村へ立ち入り、村の真ん中を通る一本道をゆっくりと歩いていた。道の脇にある店では、大きな肉を捌いたものを売っていたり、服やアクセサリーなどを取り扱っている店、それに剣などを取り扱っている店と、様々な店が建ち並んでいた。あまり買い物をしたことがない私は少し気分が乗っていた。
「んーそうだなあ。まずは服だな」
そう言ってアトラは先程私の目に入った服などを売っている店へ歩みを進めた。私は人と人の間を通って進んで行くアトラを見失うまいと必死に後をついて行った。
「可愛い服がいっぱいある」
私は木の台の上に並べてある服を見てそう言葉に漏らした。胸元のあいた黒のワンピース、千年前の魔法使いが着ていたような白を基調としたローブや色んな柄や色のスカートなど男物から女物まで様々な服が売っていた。
「どれが良いか決めていいぜ」
優柔不断な私に選択肢を委ねると選ぶのにとても時間が掛かってしまう。
「ど、どれにするか悩む」
私は悩んだ。悩み過ぎて日が暮れてしまうのではないかという程悩んだ。それは冗談だがとても悩んだのだ。その結果、やはりなぜかしっくりとくる魔法使いが羽織っていそうなローブにすることに決めた。女の子らしい服装も少し興味があったのだが私には似合わないと思ってしまった。そして先程の店でアトラは服と一緒に花形の髪飾りと、髪飾りより一回り大きな髪留めを買ってくれた。帰ってから付けようと思う。
その後も剣などを売っていた店にアトラが小走りで向かっていくので何事かと思ってついて行くと、私の護身用にと明らかに私の身長を越している大剣を買おうとしていたので必死に止めたり、ならばこっちだと言わんばかりに鉄の塊をクサビに結びつけた物騒な武器を買おうとしていたので止めたりと大変であった。
「ならお前どうやって魔獣に襲われた時自分守るんだよ!」
「だから私には魔法があるからこっちのおもちゃみたいなのでも良いから杖が欲しいの!」
「杖なくたって魔法使えてたじゃねぇかよ!」
「そうだったとしても、魔法使いが杖持ってないと格好つかないでしょ!」
私とアトラは店主のいる目の前で言い合いをしてしまった。店主は苦笑いをしている。アトラが私や魔法についての理解がないのが悪いのだ。
「まあ確かにそうか。ガキのわがままくらい聞いてやるか。おっちゃん、そっちの杖くれないか?」
ガキ扱いされてしまったがなんとか納得してくれたようだ。正直杖があっても、杖がない時とさほど変わらないのだがそれは内緒だ。杖の中には自身の魔力を増大させて魔法を放てる代物もあるのだが、このおもちゃのような杖にはそのような機能は付いていなさそうである。
「結構な値段するけど大丈夫か兄ちゃん」
「まあ大丈夫だ」
なんだかんだあったが最終的にアトラは私の欲した杖を買ってくれた。もちろん荷物持ちはアトラの役目だ。
「杖だけ私持つ」
アトラが杖で思いっきり地面を突いて歩いていて、折ってしまわないか心配になったので杖だけは私が持つことにした。
「そんなにおもちゃで遊びたいのか。子供ってのは可愛いなあ全くもお」
「なっ、可愛くない!」
私は杖を奪い取った。
その後は言い合いをすることもなく円滑に買い物をすすめることが出来た。
買い物を一通り終えた私達は美味しいと有名な村の中にある肉料理の店に来ていた。店の雰囲気はとても静かでフリージラ大森林から伐採した木が床や壁に使われていて、木の良い香りが漂っていた。
「いやあやっぱりここの肉は美味いな」
私とアトラは優雅に食事を楽しんでいた。店内には私達と同じ料理を注文している人が多く、恐らくこの店の人気料理らしい。
「とても柔らかくて美味しい……頬っぺたが落ちそう」
人気の理由がわかる。私は落ちそうになっている頬を抑えながら肉を咀嚼した。今日はとても幸せだ。美味しいものを食べ、服や髪飾り、そして私の椅子に立て掛けている杖など沢山のものをアトラに買ってもらった。アトラには感謝だ。
「アトラ、ありが」
ありがとう。と言い終わるより先に店の外から女性の悲鳴が聞こえた。そしてアトラは勢いよく立ち上がり、私にここで待つように言い残して真っ先に外へ出ていってしまった。何事かと気になった私は当然大人しく座って待つことなど出来ず、椅子へ立て掛けていた杖を護身用に持ち、アトラの後を追うことにした。
店を出ると先程、杖を買ってもらった店の方から腰に短剣を掛けた男が立ち話をしていた村の人達を掻き分けてこちらへ走ってくるのが伺えた。その男は店で売っていた騎士が使っていそうな大剣を抱え込むようにして持っている。凄まじい形相でこちらへ向かってくるので私は怖気付いてしまった。
「盗賊だー!誰か捕まえてくれ!」
その男の後ろで杖を売ってくれた店主が大声で叫んでいる。どうやら盗賊に大剣を奪われたらしいのだ。だが村の人々は皆、私と同様に怖気付いていて誰一人としてその男を止める気配がない。ただ一人を除いて。
「おい!止まれお前!」
赤髪の青年がこちらへ向かって走ってくる盗賊の前に立ちはだかっていた。盗賊の男は行く手を阻まれ、取り押さえられようとしていた。これで一安心だと私はほっとした。危うく私に突進してくるかと思った。
「お、お前ただでこの俺が捕まると思うなよ!」
盗賊が声を荒らげている。鳥籠の中の鳥に何が出来るというのだろうか。と思っていたが盗賊の男が武器を持っていることを失念していた。男は抱えていた大剣をアトラに向かって構えて威嚇した。当然アトラは武器は持っておらず、後退りするので精一杯になっていた。
「どど、どうしよう……アトラが死んじゃう」
周りの村人達は未だに誰一人として助けの手を差し伸べようとしない。アトラは一人で大剣を構えた盗賊を相手している。生憎、武器なしで。盗賊の男は大剣を振りかぶり、今にもアトラに切り掛からんとしている。
「私が……今度は私が助けないと!」
私しかアトラを助けることが出来ないと思った私は、アトラに買ってもらった杖をアトラの背中に向かって構えた。
「この距離ならぎりぎり届く。アトラを避けて、男の急所を避けて単発の属性魔法を放つ、威力は最小限。絶対大丈夫!」
威力を最小限に、そしてアトラを避け、男を殺してしまわないように急所を避けて闇属性魔法を放てばこの状況は収まる。私がアトラを助けるしか選択肢はない。昨日の恩は今返す。その思いで私は体内にある少しの魔力を使い、魔法を放った。だが想像していたより威力が跳ね上がってしまった。感情の昂りが魔法の威力に影響してしまったのだ。
「やばいっ!アトラー!」
このままでは軌道を変えられずにアトラの背中に直撃してしまう。それならせめてアトラに気づいてもらって避けてもらうしかない。私は大声を上げてアトラの名を呼んだ。だがアトラが振り返るより先に私の放った魔法が直撃してしまう。こんなはずではなかった。私はアトラに助けてもらった恩を返すつもりだった。だがその気持ちは虚しく、アトラの背中を私の放った魔法が貫こうとした。その時であった。辺りは水色の眩しい光で包み込まれていた。私は眩しさのあまり瞼を閉じた。




