第七話 「続散歩」
前回の振り返り
ナーリア、「散歩楽しー。そろそろ帰ろっかな。」
「みんな居るか!?」
「どうされたんですか?お嬢様がまた散歩に行っていますが。」
「まさか、あの子一人か?くそ、やっぱりか。」
「は、はい。すみません、言っても聞かないもので。」
「何があったんですの?」
「銀狼を一匹村に放っちまった。」
息を切らし、悔懼の声でダズタン様は言う。
虚空を見つめるようにして瞠目する。
三人が震怖に包まれる。
村は狭くは無い。
しかし、今は時期柄もあってそんなに多くの人がいる時間でも無い。
村に人はほとんど歩いていない。
そこに格好の獲物が一人。
まだ小さく、纎弱い女の子が一人。
逃げることなんてまるでできないだろう。
この事実に目を背けるなんてことはできない。
助けなければいけない。
「ダズタン様、探しに行きましょう。」
孕腹を見て、決意したようにダズタン様は言う。
「いや、ダメだ。お前は行くな。ルスヴァフ、アンヘラを頼む。ナーリアは俺が助ける。俺が。」
「・・・。分かりました。」
「行ってくる。」
「はい。・・・。」
僕だってナーリア様を助けたい。
それでもあくまで主従関係。
僕がちゃんとついて行っていれば…。
それを破ることはできない。
何でついて行かなかったんだ。
僕の今の任務は妊婦であるアンヘラ様と、そのお腹の胎児をお守りすることだ。
思考が相剋し錯綜する。
この村最強が行ってるんだ絶対に大丈夫だ。
そう自分に言い聞かせて、納得させる。
――
「ガザガザッ」
なんや?
警戒しながら振り返る。
小鳥が群れを成して飛んでいく。
木々は恐怖を煽るかのように揺れ、音を立てる。
そこには白い歯を剥き、銀色の毛を逆立てる獣がいる。
体が強張っていく。
ヤバい、ヤバい、ヤバい。
逃げろ俺、また、死ぬのか?
死にたく無い。
走れ俺、逃げろ俺。
勝てるかなんて分からへん。
逃げ切れば安全やねんから走れ俺。
ここには安全マージンなんて無い。
俺は当然のように一人、初めは着いていくと言っていたルスヴァフさんを毎回置き去りにして来たんやから。
最近は諦めたんか、着いていくとすら言わんくなったけど…。
そんなこと考えてる場合じゃ無いな。
走れ俺、生き延びろたとえ、ゴキやとか言われたとしても。
逃げろ俺。
蜚蠊の生存力舐めてんじゃねえぞ。
俺はフェ○―チェどこぞのゴキブ○スとは違うんじゃ。
いや、誰が蜚蠊やねん。
ふざけんな。
根絡を踏み越え、藪を抜ける。
体力なんて関係ない。
走らなければならない。
あ、ヤバい。
足が木の根に掛かった。
地面が顔に迫る。
辛うじて手で体を支える。
銀狼の足音が聞こえる。
後ろはもう向けない。
どうする俺。
俺を守れ俺。
ここだ。
「土壁」
口を大きく開き、牙を輝かせる銀狼は体を宙に放り出し、飛び掛かった。
しかし、狼が食いついたのは女の子の首でも、頭でも、体でも、なかった。
狼は土の味を知った。
初めて土を喰らった。
突然出現した土の壁に噛みついて。
顔は土に埋まり、何も見えない。
勝ったよな?
ってこれフラグか?
顔が土、胴体が狼のケンタウロスとなった銀狼は足をバタつかせるだけで抜けられそうには無い。
ちょっとオモロい。
ってそんなこと言ってる場合じゃ無いか。
木の魔法で木の枝ではなく、木剣を作り出す。
出来るだけ鋭く、強く堅い木剣。
木剣を枝を飛ばす要領で背中を向ける銀狼に突き刺す。
魔力の消費はハンパない。
たが、それで良い。
しっかりと殺せばそれで良い。
血飛沫が舞った後、バタついていた足の動きも止まった。
勝った。
努力の甲斐あったな。
一年半ぐらい毎日毎日やって来た魔法が俺を助けた。
「努力」最強!
やっぱ俺天才やな。
この銀狼もやっぱ売れんのかな?
持って帰ったらええんかな?
よう分からんし、とりあえず持って帰るか。
逃げる時に森ん中入ってもうたからとりあえず逃げて来た道戻るか。
そんなことを考えながら、狼を蔓で木の枝に結びつける。
よし、帰ろう。
狼の引っ付いた木の枝を肩にかけ、いつの間にか転がっていたボールをネットに入れ歩き始める。
森から出たら、あのお爺さんが教えてくれた方向に行けばええやろ。
今度はしっかりと木の根に気をつけ、地に足を着けて森を抜けていく。
空腹を少し感じながら歩く。
冷たく冷えた風が鼻を抜け喉を乾燥させる。
眩しいような光が目に飛び込む。
森から出た。
確か、あっちやったよな。
お爺さんの指の方向を思い出しつつ、家に向かって、陽を背にしてボールを蹴り上げながら歩いて行く。
――
ナーリアはどこだ。
村人は居るのか?
村人も守らなければ。
「銀狼が来るぞ。家の中に避難を。」
誰もいない村に声を響かせる。
そこに返事はなく、喧騒も現れはしない。
あの銀狼はどこへ行った。
どんなに目を広げても、走り回っても見つからない。
ナーリア、ナーリア。
銀狼、銀狼。
どこだ。
俺の目、耳、鼻その感覚全てを捧げて二つを探す。
俺の娘と俺の逃してしまった狼。
相反するようなその二つを同時に探す。
こうして探すならルスヴァフの方が適任かもしれない。
だが、それでは村長として村最強として、いや、一家の家長として自分の娘を守らなければならない。
「おい、あんた。銀狼が来るかもしれない。家に戻れ。」
畑を弄っている爺さんに言う。
「ダズタン様、なんと、分かりました。」
「娘を、ナーリアを知らないか?」
「数分前、ここを通り、儂に家までの道を聞いて来たな。あった方向じゃと言うと、走って行きましたよ。」
「ぐ、そうか、分かった。気をつけて帰れよ。」
「ダズタン様もお気をつけて。」
ダズタンは踵を翻し、体を反転させて、爺さんの声と太陽を背中に受けながら走って行く。
常に大声を上げ、息を切らしながら走って行く。
森の隣を走る。
その森で最愛の娘が逃げ惑い、戦っているなんて考えもせず走って行く。
その森で、助けを求める娘を置いて。
すれ違ったか?
もう俺の家まで近づいている。
すぐにでも着いてしまう。
それとも、既に帰ったのか?
ルスヴァフが呼びかけたのか、村落に人は出ていない。
俺の足音だけが寒村に音を起こしている。
家へと走って行く。
扉に飛びつき、叫ぶ。
「ナーリア、居るのか?」
「ダズタン様、お嬢様はまだ帰っておりません。」
「何!?一体どこに居るんだ。」
沈黙が場を支配する。
ダズタンの喘鳴も止まり、本当の静寂が家に駆け巡る。
――
森を抜け歩く女の子が一人。
右手には赤く染まった狼の刺さった剣。
聖火を持つかのように、自由の女神は歩いて行く。
閑散とした村がその軽やかな砂埃を印象付けている。
バンと音を鳴らし、ドアが大きく開いた。
なんや?
女神は向かっていた家のドアの開き方を見て驚く。
父さんが家から飛び出して行きそうになりながらこちらを見て、今にも駆け出しそうになる足を止めた。
何考えてるんやろか。
状況はまぁヤバいけど。
散歩しに行っただけの娘が、狼刺さった剣持ってんねんから、だいぶ驚歎の状況ではあるよな。
後ろから様子を見ていたであろうルスヴァフさんが、ドアから顔を覗かせる。
その顔には驚きが張り付いていた。
こりゃ魂消たとでも言いそうな表情で固まっている。
その顔が二つも並んでいる。
「ははは、あはははは。二人とも、面白い顔やな。ただいま?」
笑いが止められなかった。
ポカンとした二人の顔、それが綺麗に縦に重なっている。
クリポーじゃないんやから。
「ただいま。」
「ナーリア!良かった、無事なんだよな?」
「うん、父さん特に何もないよ。」
ルスヴァフさんは空気を読んでなのか、俺に特に関心が無いのか、見守るだけにしているようやな。
安堵の表情は見て取れたから関心がない訳はないやろうし、まずまず、毎回あんだけ心配すんねんからそんな訳ないやろ。
仕事やからって割り切ってるような感じじゃないと思うし。
何かに気づいたように家の中に入って行った。
俺が引っ付いた父さんを剥がそうとしていると、母さんを連れて出て来る。
引っ付かれた時に父さんのアレに蹴りでも入れてやろうかとも考えたけど、元男として気が引けたので辞めておいた。
感謝しな、何つって。
「母さん、ルスヴァフさん、ただいま。」
「お帰りなさいですわ。」
「お帰りなさいませ、お嬢様。」
「ルスヴァフさん、これお願いしてもええ?」
右手を掲げながら言うと、『は、はい』とか言いってそれを受け取る手を差し出して来たので、その手に乗せて置いた。
少し固まっていたような気がしたけど気のせいやんな。
うん、そうやんな。
うん、そうや、そうや。
というわけで、気のせいということにした。
何処からともなく、腹の虫の音が聞こえた。
たぶん、俺の腹から。
笑いに包まれたあと、さらに父さんに体を締め付けられ、抵抗すると、母さん達が笑っていた。
「とりあえず、昼食にしましょうか。」
「そうだな。」
「そうですわね。ルスヴァフよろしくお願いしますわ。」
「はい、分かりました。お嬢様、着替えて来てはどうですか。お昼までは少しだけ時間がかかりますので。」
「分かった、水浴びしてから着替えるわ。」
水浴びといっても、もちろんあっためてからではあるんやけどな。
この季節にそんなもん浴びたら風邪ひいてまうし。
もう、だいぶ寒なって来たからな。
――
風呂を浴びて、着替える。
鼻腔が素晴らしい香りに刺激され、食欲を駆り立てる。
木彫りの大きな器に、なみなみと注がれた白いシチューと横に添えられたバケット。
席に座り手を合わせる。
「いただきます。」
「いただきます。」
「いただきますですわ。ルスヴァフありがとうこございますわ。」
「いえいえ、これが仕事ですから。」
「二人でやるって約束でしたのに。」
「お子様がいるんですから、素晴らしいことじゃないですか。」
「うん、ルスヴァフの言うとおりだ。」
「うん、そうやで母さん。」
「まぁ、そうですわね。」
巷談をしつつ、温かいシチューを流し込む。
風呂で温められ、湯冷めして来た身体にシチューが染み渡る。
美味しい。
「ナーリア、大丈夫だったか。」
「追いかけられてちょっとだけ怖かったけど、何とかなったで。」
「そ、そうか。なら良かった。」
「顛末聞きたい?」
「ああ、聞かせてくれ。」
急に銀狼が牙剥き出しで襲って来たこと。
それから逃げる内に森の中に入ってしまったこと。
足を踏み外して転けて、決死の覚悟でノールックガードをしたこと。
そしたらそれが綺麗にハマり、顔が無くなった狼が完成したこと。
その狼に剣を突きつけて殺したこと。
少しのユーモアと共に洗いざらい話してあげた。
蒼ざめたり、苦笑いしていたりと三者三様の反応に笑いを堪えながら面白おかしく話した。
最後には皆安堵の表情をしていた。
これで良かったよね。
俺自身、怪我も無く、ちょっと転んだ程度。
そして、努力の成果の確認作業をできたというおまけ付き。
まさに海老で鯛を釣るいや、海老は高いな。
蝗で鯛を釣るぐらいかな。
まぁ、何でもええねんけど。
アンヘラ・フェングラー(30)
旧姓、カンビクトル 水、木段
妊娠中




