第1章 L計画
グレートフィルター。
それは、人類が越えねばならない“死の関門”とされる。
この宇宙には、知的生命体が誕生してしまったがゆえに、避けがたくぶつかる“壁”がある。
惑星の環境破壊。
人類同士の戦争、人工知能の暴走、疫病、人口爆発、宗教対立――
そして、核戦争。
どれかひとつでも“乗り越えられなければ”、その文明は滅びる。
いまだ地球の外に、文明の痕跡が一つも見つからない。
それはつまり、すべての文明がこのフィルターを超えられなかった証なのかもしれない。
では、我々人類は――どうすれば、この関門を越えられるのか?
争いをなくすために、力を奪い、違いを消し、すべてを等しくすればよいのか。
「正しさ」だけが残るように、あらゆる“揺らぎ”を捨て去れば、未来は続くのか。
……だが、それは本当に“越えた”ことになるのだろうか?
ある男が、分厚くカビ臭い書物をめくっていた。
表紙はない。タイトルも、作者もない。
けれど、その中には「これから起こる出来事」が、まるで既に起こったかのように正確に記されていた。
【西暦2028年】──
希望は、静かに姿を現した。
名を「エルハナ」という。
表向きは、反核平和運動を掲げる小さな財団にすぎなかった。
財団代表の男は“エルデス”と名乗った。彼はG7をはじめとする主要核保有国に次々と接触し、密かにこう持ちかけた。
「この世界を変えたいと思っているのなら、核を、原子力を、プルトニウムもウランも、すべて宇宙に捨ててしまいましょう。
我々が恐れる“グレートフィルター”のひとつは、核戦争です。
それを人類の意志で越えるのです――」
誰もが、最初は彼をただの狂人か、もしくは理想主義者と見なした。
だが、数日後。会談を終えた各国の首脳たちは一様に態度を変えた。
「賛成する。我が国も協力しよう」
「地球の未来のために、全核廃棄を」
彼らの表情には、奇妙な落ち着きがあった。
まるで何かを悟ったかのように。
あるいは、“別の何か”に入れ替わったかのように。
やがて、G7、そしてすべての核保有国が、この計画に同意した。
それは**「L計画」**つまり核兵器、燃料棒、埋蔵している全ウラン鉱石を、
Load(集め)・ Lift(載せ)・ Launch(ロケットで打ち上げる)、計画であった。
【西暦2029年】
計画は驚くほどの速さで進行した。
人類は、一発の核も使うことなく、
核兵器を、原子力を、それに関わるすべての物資を、
宇宙へと廃棄した。
世界中のメディアが沸き立った。
「人類は、進化した」
「ついに“核の恐怖”から永遠に解放されたのだ」と。
達成の式典ではエルデスの言葉が衛星放送された。
彼は静かに、しかし揺るぎない声で言った。
「我々は、核を捨てた。だが、人類自体がまだフィルターにかかっている。
不平等を温存し、特権と差別を当たり前にしたこの世界は、いずれまた滅びる。
ゆえに我々は、全人類に平等を与える。
国家、宗教、人種、資本、思想――すべての不平等から人類をLiberation(解放)する。
これが、フィルターを越える唯一の方法(L計画)だ」
そして、彼は言った。
「我々エルハナは、すべての国家に対し、これより宣戦を布告する」
瞬間、世界が凍りついた。
だが、この布告に、すぐに反論を上げる国はなかった。
なぜならその多くは、すでに“従属”していたのだから。
これは、“平等”という理想の果てに待ち受けていた、
世界の終焉と、その再生の物語。
人類は果たして、“フィルター”を越えられるのか?
それとも――越えてしまったがゆえに、取り返しのつかない“始まり”を迎えるのか?
読んでいただきありがとうございます。作者のウナギ丸です。
いつもは歯科医師として働いていますが私が地獄の浪人時代に息抜きで書いていたものを投稿してみました。初投稿かつ文系ではないので文章がアレかもしれませんが今後ともよろしくお願いします。