召集の押し入れ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
朝起きてみると、夜寝た場所とは別の場所で目覚めたことに気付く。
身近なホラー体験のひとつじゃないだろうか。寝ているということは、その間に何が起こったのか自分にはわからないというのも、怖さを後押ししてくる。
過程すべてをすっとばして、結果だけを見せられたところで納得はできない。「ほー、そうなんだ」で済ませられる期間の決まったテスト問題と違って、自分の身はずっと付き合い続けていかねばならないもの。
得体のしれない体験をずっとし続けるなんて疲れるし、いつどのように事態が変わるか分からないのもつらい。
この別の場所での目覚め。僕も少し前に経験したことがあってね。ちょっと調べようとしたときがあったんだよ。
そのときのこと、聞いてみないかい?
あのときはまず、目が覚めても真っ暗だったからびっくりしたな。
僕は部屋の明かりで、寝る時も常夜灯はつけておくようにしている。いつ起きたとしても、オレンジの光が真っ先に視界へ飛び込むようになっていた。
それが真っ暗闇となると、疑うのは電灯の寿命。確かめようと、体を起こしかけてゴンと頭を天井へぶつけて、うなってしまう。
いつもいる部屋は、たとえ立っていようとかすることさえできない高みに天井がある。それがこうも上半身をろくに起こせないなら、いつもの部屋じゃない。
最初こそうろたえたが、冷静に手を伸ばしてあたりの感覚を探ってみると、すぐに柔らかい手触りが。
布団だ。自分のすぐ横手に、分厚い掛け布団がたたまれた状態でおかれていた。今年の冬場で世話になったばかりだ。
よもや、と反対側へ手を伸ばすと木製の壁。手をかけて、少し力を込めれば、するすると横に開いていく。その先には見慣れた六畳間と、自分が眠っていた布団の姿が。
僕は押入れの中で眠っていたんだよ。
途中で起き出した覚えなど、まるでない。自室にカギはかけられないようになっているけれど、まさか親が夜中に入ってきて、寝ている僕を押入れへ放り込む……なんてことをするとも思えない。
夢遊病のたぐい、と考えるのが一番しっくりきそうだけど、戸の開閉も含めて、こうもきっちりと横たわるところまで行くだろうか?
押入れの中から、自分の寝ていただろう布団を見やる。さほど乱れておらず、自力で抜け出すには、ちょっと気をつかわなければああはいかないだろう。誰かが手を入れてなおした、というほうがしっくりくるが……誰が?
このときは、そういうこともあるかとスルーしたのだけど、これが連日となると勝手が違ってくる。
四日目には、親に頼み込んで二階にある自室とは別の、一階の居間で寝させてもらったけれど同じだった。いったん寝入って、目覚めてみると僕はやはりあの押し入れにいたんだ。
どうやって、ここに来たのかなどはやはり分からない。家族に尋ねてみても、誰一人として僕が移動した気配など感じず、もちろん姿も見ていないと返されたよ。
さすがに、背筋が寒くなってきた。が、家族に一晩中見張っていてくれと頼むのは気が引けたよ。
僕を間近で見守るということは、誰にも知られずに押し入れへ僕を移すような、得体のしれない手合いと出くわす可能性が高いわけだ。そいつはあまりに危険なことと思った。
お目当ての僕だけならば、そいつも変な危害をくわえることもないだろう。僕自身の手でケリをつけてやるべきだろう。
僕は下で眠ることは継続したまま。あえて誰にも声を掛けることなく、ひとりずっと起き続けていたんだ。
結論をいう。タネはさっぱり分からなかった。
明かりをつけっぱなしにして、横になりながら天井を見上げていたのだけど、ふとした拍子に身体がふっと浮かんだかと思うと、次の瞬間には暗闇に閉ざされた押し入れの中にいたんだよ。
すぐにそう気づいた僕が、今までと同じように押し入れの戸を開けて逃れようとしたとき。
どしん、とのしかかってきたものがあった。
畳んであった布団が倒れてくるのとは、明らかに違う。僕の全身へ過不足なく乗っかるこの形は、明らかに人のそれ。
そして、臭い。絶賛腐敗進行中の生ごみの塊へ、顔ごと突っ込んだかのようだ。
重さと相まって鼻が痛みを感じ始める。動こうにも、この乗っかる体が重すぎて、みじんも押しのけられそうにない。
いや、そもそもこいつはどこから現れた? この押し入れに身体を隠せるスペースなど、ろくにない。ならば、先ほどの僕のように、いきなりここへ現れたとか……。
と、僕はまた一階の寝床へ戻された。
まばゆい蛍光灯の光。あの暗がりから、瞬時にここへ戻されたんだ。
目が突然の光量の変化についていかず、つい手で覆ってしまってから、またほどなく。
僕はまた押し入れへ連れていかれた。しかも、今度は背中でぐちゃりと、やわらかい肉が潰れるような感触が。
すぐさま想像できたよ。
あのとき、僕の身体へのしかかってきた身体。あれは真上から来た。
それを今度は僕。あの身体を下にして、今度は僕自身が上から降ってきて……。
あとは、繰り返されるばかりだった。
明かりと暗がりを、目が回るほどの早さで僕は行ったり来たりをさせられた。助けを呼ぼうと声を出す間さえなかったよ。
何度この身を潰され、また潰したか分からない。当然、のしかかる痛み、臭みが相まってほとんど何も考えられなくなったとき、ようやく朝を迎えていた。
あの感触は確かにあったのに、自分の胸も背中も、あの押し入れの中も。汚れも臭いも一切残っていなかったんだ。
それからしばらくして、僕たちの間でとあるカードゲームが大流行したんだ。
そのうちの強力なテーマが墓地を利用するものでね。場と墓地で何度も同じカードを入れ替えることで、膨大なアドバンテージを生むタイプだったんだ。対戦相手の抵抗の余地がなくなるまでね。
重ねては出し、重ねては出し……その動きを見て、僕はふと自分の体験を思い出したのさ。
ひょっとして僕も、あの臭いを発する身体も、このゲームに使われるカードみたいに、何者かのおもちゃになっていたんじゃないか、とね。