tower is inferno
前島「木崎さん。お疲れ様です。」
木崎「おお、お疲れ。」
前島「木崎さん、敷島さん。国に帰るそうですよ。」
木崎「ああ。帰るのか。まあ、まとまった金が入ったんだもんな。」
前島「いやぁ、金だけじゃないみたいです。今回の事で、相当、心労にたたったみたいで、ゆっくりしたいんだって言っていました。」
木崎「敷島さんって国、どこだよ?」
前島「なんでも和歌山って話ですけど、実家に帰っても、いい顔されないから、どこか、住みやすい所を探すって言っていました。」
木崎「だったら、此処でそのまま暮らしていればいいのになぁ。」
前島「やっぱり、落ち着かないし、嫌なんじゃないんですか?また何か大変な事に巻き込まれたりするのが。」
木崎「再開発、再開発って言ってるけど、あんなの、不動産屋と建築屋を儲けさせる為にやってるだけだろ?」
前島「踊りたいけど、踊るだけの金もないですし。」
木崎「俺もだ。」
前島「こういうのはお金を持っている人間しか狙われないんですよ。」
木崎「こんな都心から離れた片田舎で、タワーマンションなんか作って、売れるのかね?あれは?」
前島「・・・買う人がいるから、作るんでしょ?商売の原理ですし。需要と供給の。」
木崎「それ言っちゃ、それまでだけど。」
前島「それこそ、駅前とか結構、高いマンション建ってますね。イオンとかヨーカドーも含めれば、大きな建物ばっかりですよ。この町の都市計画、大丈夫なんでしょうか?」
木崎「他所様の土地の上に自分のビル、建てたら問題だけど。自分ちの土地に幾ら大きいビル建てたって、構いはしないだろ?好きなだけ大きくすればいいんだよ。建てたい奴が建てれば。俺、関係ないし。買えないし。」
前島「それもそうなんですけど、そうじゃなくて、地盤とか、そういう話で。だってあれだけのビルでしょ?それだけ地面に負荷がかかっているじゃないですか?しかも人気がある区画は、一棟だけじゃなくて何棟も密接して建っているんだから、地面にかかる影響って物凄いと思うんですけどね。」
木崎「さっき、瀬能さんちで話してたんだけどさ、そういうの一切、問題ないみたいよ?日本のビル建設、優秀だから。」
前島「へぇ、」
木崎「北海道と本州の間にトンネル、掘ったり、四国と本州の間にでっかい橋、渡したり、地球規模だよ。優秀じゃなきゃそんな建築物、作れやしないぜ?」
前島「そういう建築物と人が住むマンションじゃ意味が違うじゃないですか?」
木崎「日本のビルの、耐震、免震の技術は間違いなく世界一だ。地震大国日本で培われたノウハウは、下手な地震じゃ蚊ほども痛くないらしい。極端な話、マグニチュード10や9位じゃ、まったく問題ないらしいぞ。揺れを受け流したり、相殺したり、アイデアを実現させる開発力って、流石日本人だなぁって思うわ、俺、NHKのテレビで見たから。しかも、地下、何千メートルって下にアンカー打って、補強しているからな。要塞だよ、要塞。超高層ビル、タワーマンションは要塞。」
前島「確かに要塞ですよね。今の東京なんか、昔の人が初めてみたら、映画の中と一緒ですよ。手塚治虫の漫画やらにビルがニョキニョキ生えてましたけど、それとほぼ一緒ですからね。いや、手塚治虫が天才なのか、世界の超過密都市開発が異常なのか、」
木崎「いや、お前の言う通り、漫画の世界そのものだ。異常そのものだよ。都市部と田舎じゃ、雲泥の差だからな。」
前島「僕は回顧主義者じゃありませんけど、たかが戦後百年で、世界がこれだけ大きく成長するなんて信じられないですよ。第二次世界大戦で世界中、荒廃したっていうのに、大型ビルに高速鉄道、通信インフラなんか一人一台が当たり前。この爆発的な経済成長と技術革新は、歴史的にみてもおかしいと思いますね。」
木崎「戦争の反動で、人間が爆発的に増えたっていうのもあるけどな。」
前島「耐震だ、免震だ、要塞だ、って言っていますけど、事故でも災害でも何かあったら本当にタワーマンションは大丈夫なんでしょうか?」
木崎「例えばだな、マグニチュード10の地震があったとするだろ?・・・前に東北で地震が起きた時、東京で電気が止まったの覚えているか?信号が消えたんだ。信号がだぞ?前島、電気が止まったら、タワーマンション、どうなると思う?」
前島「えええぇ?どうなるって言われても、電気が止まる訳ですから、テレビも見れないし、エアコンも使えない、風呂も沸かせないんじゃぁ?」
木崎「それもあるけど、タワーマンションの大動脈、エレベーターが死ぬ。タワーマンションって50階ぐらいあるんだろ?」
前島「50階は流石にないんじゃないんですか?僕、行った事ないんで、わかりませんが?50階建てだったら、空気が薄くて、死んじゃうんじゃないんですか?」
木崎「お互いに貧乏で助かるな、死ななくて。じゃあ、30階ぐらいにしようか、何階でもいいんだけど、エレベーターが死んだから、上の階まで登れないだろ?上の階の奴は降りたくても降りてこられない。・・・単刀直入に言って、住めないって事だ。30階の部屋まで、往復して上がったり降りたり出来ると思うか?俺は出来ないね。」
前島「やるしかなくなったら非常階段で登り降りするしかないんでしょうけど。現実的な話じゃないです。自分の家に辿り着く前に、膝が壊れて動けなくなってしまいますよ。僕の軟骨、返して下さい。」
木崎「それに、電気が止まれば、給水用のポンプも止まる。だいたい水のタンクは一番上に建ってるから水をタンクまで汲み上げられなくなるんだ。そう、水も飲めなくなる。電気と水が死ぬんだ。・・・そんなマンションに住んでいられると思うか?」
前島「思わないです。水が使えなくなったら、トイレで水も流せないし、風呂も入れない。それよりも何よりも水が飲めないじゃないですか?」
木崎「お前も言ってただろ?電気がないからエアコンも使えない。上層階は冬寒くて、夏はクソ暑いもんだ。それに、食料の買い出しでの会談往復。
建物は丈夫だったとしても、中の住民が、生活できる環境ではないな。籠城も出来やしない。」
前島「商業施設が入っている様なビルなら自前の発電機を持っているかも知れませんが、それだって、被災後、一週間は保たないでしょう。兵糧攻めを受けている様なもんですね。」
木崎「一般のマンションじゃまず発電施設なんか持ってないだろうからな。タワーマンションなんか絵に描いた餅だってよ、瀬能さんが。」
前島「住めないんじゃ意味ないですもんね。」
木崎「その素晴らしいタワーマンションも築年数が五十年過ぎれば、建て直しだ。」
前島「建て直し?」
木崎「敷島さんが、マンションを売るキッカケになったヤツだ。」
前島「敷島さんも変わってますよね。事の発端は、投資用にマンションを買ったって聞いてますけど?」
木崎「お前、何にも知らないんだな。世間の事。」
前島「待って下さいよ。木崎さんはどうせ瀬能さんに話を聞いただけでしょ?なに知ったフリしているんですか?一番よくないですよ?」
木崎「お前より一秒早く知ってたら、俺の方が知ってた事になるだろ?」
前島「どういう理屈ですか?それは。」
木崎「案外多いんだってよ、投資でマンション買う人。・・・あれだってよ、ある程度、資産がある高齢者じゃなくて、若い人も、投資用にマンションを買うんだって。」
前島「え?若い人が・・・買えるんですか?」
木崎「買う気になれば好きなだけ買えるだろ?借金でも何でもすればいいし。上手にやれば銀行も貸してくれるし。やり方次第で金はどうにかなるって話だな。」
前島「遠い世界の話ですね。僕なんか、自分の持っているお金の範囲でしか、怖くて何も出来ないのに。」
木崎「そういう奴は最初から資産運用に向かないの。お前、パチンコもやった事ないだろ?宝くじくらいは買った事、あるか?」
前島「宝くじくらいは。ああいうのは、当たらないの前提で買ってますから。」
木崎「湾岸とか川べりのマンションは特に人気で投資用に御用達だってよ。住んでいる人間なんて一人もいないって話だ。」
前島「本当ですか?」
木崎「すまん。話を盛った。」
前島「先日、ポストに広告が入ってきましたけど、新築マンションで五千万、六千万なんて当たり前。都内じゃ一億円、超えるマンションもザラのザラって話です。誰が買う、って、敷島さんみたいな、そういう人が買うんでしょうね。マネーゲームもいいところですよね。」
木崎「敷島さんはあんなナリだけど、典型的な投資家だからな。・・・お前知らないだろ?」
前島「え?本当ですか?」
木崎「ああ。普段は、小汚いボロアパートで、一日、一食か二食しか食わないような生活しているけど、お金大好き人間だ。」
前島「お金大好き・・・?まあ、なんとなく分かりますね。」
木崎「あの人、本当にケチだからな。言っちゃ悪いけどケチだからな。一回もお茶なんか出してくれた試しがないぞ。おごってもらった事もないし。・・・まぁ、そういうケチな人じゃなかったら億のマンション、買えないよな。」
前島「人は見かけによらないですね。一見、生活保護か?ってくらい、毎日、切り詰めた生活しているのに、かたや億単位のお金で、マンションに投資しているんでしょう?僕は、稼いだお金は、ほぼほぼ子供に消えていきまから。学習塾がなにより高くて。女房も子供、子供、子供ですよ。」
木崎「・・・前島、子供がいたらそうだろう?自分より子供優先は、当然なんじゃないの?・・・子供より自分とか言っちゃう奴はサイコパスだと思うけど。」
前島「サイコパスっていうかネグレクトですよ。うちの女房は、僕ネグレクトですけどね。旦那放置っていう。」
木崎「投資した子供がいずれ助けてくれるだろう?今のうちに、奥さんよりお前が子供に贔屓しておいた方がいいと思うぞ?」
前島「あ、そうしようかなぁ。絶対、そうしておいた方がいいですよね。離婚した時も、有利だし。」
木崎「敷島さんも、買ったマンションが早々に、建て直しになるなんて、思ってなかっただろうし。なぁ?」
前島「それって詐欺って聞いていますけど。やっぱり、詐欺だったんですか?」
木崎「・・・グレー。ほぼ黒のグレーだって、瀬能さんが言ってた。」
前島「それ、黒じゃないですか。」
木崎「騙すつもりだけど、嘘は言っていないから、グレーだってよ。まぁ、肝心の事も伝えていないから、嘘もついていないっていう、構文らしい。早い話、詐欺だよ。騙すつもり満々だよ。」
前島「詐欺じゃないですか。」
木崎「詐欺だよ。・・・でも、法律上、悪い事していないから法で罰する事ができないし、助ける事も出来ない。敷島さんは泣き寝入りするしかなかったんだ。・・・ところが、瀬能さんが困ってた敷島さんに、助け舟を出してあげたんだ。もう北枕じゃ眠れないよな。」
前島「足を向けてです。足を。」
木崎「それで、さっき瀬能さんに聞いたんだけど、そういう悪い連中がいるんだとさ。不動産詐欺師の連中が。合法地面師だよ。合法地面師。」
前島「なんですか合法地面師って。初めて聞きますけど。」
木崎「悪い事していないからな。全部合法。でも、結果、詐欺だけど。・・・前島さぁ、タワーマンションを、建て直すってなったら、普通に考えて、どうなると思う?」
前島「タワーマンションの時点で想像が出来ません。僕の想像の遥か上ですから。」
木崎「タワーマンションってさ、建て直す費用、買ったお金と同じくらい、費用がかかるんだわ。仮に五千万で買ったら、建て直し費用も五千万。これ、建物の建て直す費用だから、何階に住んでいるとか、日が当たる当たらないとか、コンドミニアムとか関係ないの。一律なの。安い部屋を買ったとしても、高い部屋を買ったとしても、だいたい負担は一律。平等。」
前島「じゃあ、安く買った人は損じゃないですか?」
木崎「損って言っちゃ損だけど、公平な負担だからなぁ。損するって考えの奴は、マンション、買っちゃ駄目だ。もともとマンション向きの人間じゃない。蟻の巣、蜂の巣みたいな複合的で立体的な不動産を理解できない奴は手を出しちゃ駄目なんだ。」
前島「一つの土地に、一人の所有者、一軒の家、っていうのが僕は、一番だと思います。」
木崎「なんていうのかな、前島、お前は堅実ではあるけど、金持ちになれないタイプだな。マンションを建て直す時は、みぃ~んなのマンション、みぃ~んなの持ち物なんだから、一律、同じ、費用を払うの。海が見える絶景の部屋でも、日の当たらない部屋でも、最上階でも、最下階でも、ぜぇ~んぶ一緒。」
前島「敷島さん、どうして騙されちゃったんですか?買う時に建て直しって話を聞かされていなかったとか、そういう事ですか?」
木崎「平たく言うとそういうこと。だって、そうだろ?マンションを買ったのに、すぐ、同額の建て直し費用を請求されたんだぞ?・・・詐欺以外の何でもないだろ?」
前島「それは酷いですね。」
木崎「ドイヒーだろ?不動産会社は売るだけ。そういう修繕だとか建て直しの話は知らないの一点張り。管理会社は、支払われるまで知らんぷり。お互い、実は裏で、手ぇ結んでいるのに、知らないのは買わされた敷島さんだけだ。さらに厄介なのは、建て直しによって、マンションの区画が変わる可能性があるって話だけど、だいたい変わるらしいな。」
前島「え?どういう事ですか?」
木崎「マンションの建て直し費用って、莫大だろ?新築で建てるより金がかかる。壊す費用だってそうだし、廃棄する費用もそう、それで主役の建て直す費用。とにかく莫大な金がかかる。それを浮かせる為に、マンション自体を大きくして、戸数を増やし、増えた戸数の分で、費用を補うって作戦だ。場合によっては商業テナントを誘致して、家賃収益を取るなんて場合もあるらしい。」
前島「・・・東京のどの再開発も、だいたいその手法ですよね。」
木崎「問題は、当初買った部屋の面積より小さくされてしまう事がある。実質、不動産資産が目減りしてしまうんだ。」
前島「買った時より部屋が狭くなるってどういう事ですか?詐欺じゃなくてドロボー?意味が理解できません。・・・妻になんて言えばいいんですか?そういう時は?」
木崎「きっと奥さんも発狂するだろうな。」
前島「部屋代を払って、建て直しの費用も取られて、更に、部屋が狭くなる?・・・え?」
木崎「騙してないけど、騙されている気になるよな?」
前島「いやいやいやいや。騙し打ちもいい所ですよ。そんな事、知らなきゃ買わないんだから。」
木崎「だから詐欺じゃないって言ってるだろ?何も間違っていない。古くなったからマンションを建て直すってだけだ。・・・ただ、ちょっと報告が遅れただけで。」
前島「ええええ?木崎さんはマンション側の味方ですか?」
木崎「事実を言っているだけだって。」
前島「詐欺ですよね?」
木崎「だから詐欺じゃねぇって言ってるだろ?」
前島「うっわ。敷島さん。そりゃ病みますわ。可哀そう。僕だったら立ち直れませんよ。」
木崎「敷島さんみたいなのをカモにしている、合法地面師がいるって事だ。建て直して、また、部屋が売れればそれが儲けになるし、建て直すゼネコンだってたぶんグルだ。ぜぇ~ぶ、甘い汁を吸い尽くせるだけ吸い尽くすんだろうぜ?」
前島「・・・なんかもう、いたたまれないです。」
木崎「お前だって何時、そういう目に遭うか分かんねぇぜ?相手はプロだ。騙すプロ。お前、人生で何回、家を買える?・・・そうそう良い人ばかりじゃないから、世の中は。」
前島「家なんて僕は一生に一回、買えるかどうか。買うのが怖くなりました。」
木崎「ほら、前に問題になっただろ?鉄筋の鉄の本数、減らしたり、軸の厚さ、小さくして、耐震性能を偽装したマンション。慎重に慎重に吟味しても、欠陥住宅、欠陥マンションを売りつけられる場合もある。これはもう、運次第。お前と奥さんが前世でどれだけ徳を積んできたかにかかっているな。」
前島「前世の徳じゃ、もう、どうしようもないですね。諦めるしかないですね。」
木崎「マンションを買ったら買ったで、災害なんかで住めなくなるし、普段の管理費、修繕費で金は飛ぶ。更には、老朽化すれば必ず建て直さなくちゃいけなくなるし、タワーマンションなんてものは、神様に人間が挑んで建てた、あの塔と一緒だ。天罰が下って、業火に焼かれて、屍と化す。」
前島「ああ、もう、そこに救いはないじゃないですか。」
木崎「人間は地べたを這いずり回って、生きているのがお似合いなの。瀬能さんみたいな天使が助けてくれる場合もあるけど、あの天使も、かなり気まぐれだからなぁ。」
前島「ああ、瀬能さんが敷島さんを助けたとかって?」
木崎「ほら、瀬能さんと敷島さん。市政行事の常連だから。」
前島「それだけ聞くと極端な保守派みたいに聞こえますけど?」
木崎「市報に載っている市主催のイベントに顔出す奴なんて、暇人しかいないからな。サラリーマンは昼間、働いているし、子供は学校、行ってるし。こんなご時世で貴重な存在だよ、必ず参加してくれるし。無料の料理教室とか、無料の蕎麦作り体験とか、無料のパン作り体験とか、無料で食べ物、提供しているイベントには百パーセント参加の二人だから。・・・瀬能さんも引き籠もりの割にそういうイベントには積極的に顔を出すんだよな。」
前島「・・・タダメシ食っているだけじゃないですか!」
木崎「それでもイベント担当者にしてみたら、参加者が多くないと困るわけよ。確実に二人参加してくれるのは助かっているわけ。ウィンウィンなんだよ。」
前島「あ、え?、あ、そう、なんですね。理解できませんけど。」
木崎「そういうタダメシ仲間の敷島さんと瀬能さん。敷島さんもいくら投資用の物件とはいえ、倍の出資になっちゃうから、泣いてたわけ。この世の終わりかって位、泣いていたわけ。ほっとけないだろ?初老のおじさんが大粒の涙、流して、泣いているの。それで、放っておけなかったんじゃないの瀬能さん。仲間だから。タダメシの戦友だから。」
前島「そういう戦友は戦友って言うんでしょうかねぇ。」
木崎「実は瀬能さんの知り合いに不動産会社がいて、そのロンダリングしている不動産屋に売りつけたって話だ。怖いから詳しくは聞かなかったけど。ああいうのは今後、高くなることはないから、損しても売り飛ばした方が勝ちだって。」
前島「住むならまだしも、投資対象じゃ、リターンが低すぎますもんね。だから、そういう悪徳業者に目をつけられたんでしょうけど。」
木崎「絶妙な価格設定と、町自体のポテンシャルも最近は右肩上がりだからな。徐々に人口も増えつつあるから、売っても、転がせそうと敷島さんも思っていたんだろう。よもや自分が回されているとは知らずにな。」
前島「でも、大きな災害が起きた後じゃ、大規模な修繕だって必要になるでしょうし、遅かれ早かれ、老朽化によって建て直しの火の粉は被らないといけないんでしょうけど、やり方が汚いですよ。しかも、タワーマンションじゃ、戸数だって何百ってあるでしょうから、それらの総意を汲むのだって、馬鹿になりませんよ。胃に穴が開きますよ。」
木崎「一回ケチがついたもんは、早く手放しちゃった方が身の為なんだよ。」
前島「それは同意します。マンションは買った事ないですけど。」
木崎「敷島さん、懲りたんで、少し、羽根を休めるんだとよ。それで、マンション売った金で、しばらく養生するんじゃねぇのか。」
前島「被害が少なくて良かったですね。瀬能さんのおかげで。」
木崎「・・・あくまで噂って事で瀬能さんが話してくれたんだけど。一連の黒幕は行政って話だ。」
前島「黒幕?」
木崎「声が大きいよ!」
前島「・・・どゆことですか?」
木崎「瀬能さんの話だと、あのタワーマンション。駅前だろ?あのマンションが建っていると、駅前の再開発がままならないらしい。これは県議会で聞いたから本当だ。敷島さんみたいに、わざと難癖つけて売りつけて、早々に売らせるのが、もしかしたら目的じゃないかって、話だ。」
前島「そんな事して市になんのメリットがあるんですか?」
木崎「行政主導の再開発ができるだろ?簡単に言えば、あのタワーマンションが元凶。目の上のたんこぶだったんだ。敷島さんみたいに住んでいないのに建っている、投資目的のタワーマンションだろ?百歩譲って住んでいれば、金が地元に落ちるけど、住んでいないから何も利益貢献しない。」
前島「住んでいなくても税金が落ちるじゃないですか?」
木崎「そうじゃない。だったら、更地にして、再開発した方が、土地の価格も上がるし、近隣の不動産価格も上がる。あのタワーマンションは、でっかいだけの死に土地なんだよ。市が地上げ屋を雇ったみたいなもんだ。あれに関わっている不動産会社とか建築ゼネコンは、もともと市の息がかかっている連中っぽいぞ。お前、市報とか県議会の議事録、目ぇ通しているか?・・・敷島さんに売りつけた不動産屋。前に、払い下げの土地、入札で取った会社だったぞ。」
前島「それだけで、決めつけちゃうのは、ちょっと。」
木崎「ま、瀬能さんの話だからどこまで本当かどうかは分からないが、そういう話を聞いた、ってだけだ。三年後、駅前が更地になっていたら、瀬能さんの話が本当だった、って事だ。・・・俺にはマンション、買う金なんかないから、どっちにしても関係ない話だけどな。」
前島「・・・あのタワーマンションには僕達が想像できない得体の知れないものが住んでいるのかもしれないですね。」
※本作品は全編会話劇です。ご了承下さい。