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演劇の街(3)

「早めの対処が大事なんですよ。もたもたしてる間に囲まれて逃げられなくなったらどうするんですか?ガラスの1枚くらい大したことないです。」

なんとか逃げ出した先で、俺たちはいまだにこのアンドロイドを論破できずにいた。

「実際にガーゴイルに襲われた時、私が言う通りだと分かってもらえたと思ったのですが。」

あのとき本物のガーゴイルがいたせいでこいつに成功体験を与えて話がややこしくなったのだ。俺たちは廃宿に戻り、夜が来るのを待った。


昨日と同じ劇場に入ると、客席には誰も座っていなかった。

「魔物がいない、反省してくれたのかな。」

客席の真ん中に座った。改めて見ると、ここもなかなか立派な劇場だ。開放感のある吹き抜けの天井で客席は2階にもあり数百席あるだろう。街の外れでもこれだけの劇場があるのはさすが演劇の街だ。

ベルが鳴った。開幕の合図だろうか。赤い垂れ幕が上がり、舞台が照らされる。そういえば、この裏方は誰が操作してるんだ。魔法でなんとかしてるのだろうか。


舞台の内容は、呪われた姫の苦悩と成長を描く冒険譚だった。脚本はかなり乱暴だが、彼女の演技力だけが舞台に価値を与えていた。

「ああ、この呪い、この呪いが全て悪いんだわ。今日こそこの呪いを断ち切る、私の手で。」

毅然とした口調で台詞をを読み切ると、舞台の上手から巨大なクマのような生き物が現れた。クマのようとはいったが、頭には2本の長いツノが生え、脚は6本ある。

「魔物だ、本物の!」

なるほど、観客だけでなく舞台装置にまで魔物を使うとは、やはりイかれた女のようだ。

魔物は彼女に襲いかかった、キャッと声をあげて彼女は倒れたが、それが本当の悲鳴でないことは明らかだ。

「危険だ、止めなくちゃ!バインド!」

ミーヒャが何か呪文を叫んだが魔物は動きを止めない。

「止まらない。あの魔物の力が強いのか、それか彼女のテイムが私のバインドより優先されてるんだ、魔力の差で。」

1級魔法使いであるというミーヒャより上の魔法を使えるのか。

「私は…、どんな苦難も乗り越えて来た。いろんな怪物と戦って来た。あなたなんて怖くもないわ!!」

そう言うとリリーは立ち上がり、鞘から抜いたレプリカの剣を魔物に叩きつけた。しかし、そこで魔物は倒れなかった。リリーの顔に明らかに動揺が見えた。瞬間、その魔物はリリーに飛びかかり、首筋に喰らい付こうとした。リリーの抵抗の仕方は演技には見えない。

「ブラスト!!」

ミーヒャが叫び、魔物が吹き飛ばされる。

「あの魔物、テイムされていない!」

ミーヒャに続いて俺とダイアも舞台に向かう。

吹き飛ばされた魔物はすぐに立ち上がり、ミーヒャの方に突っ込んで来た。ミーヒャは咄嗟に防衛魔法を唱えたようだが、衝撃を抑えきれず吹き飛ばされた。

「私の出番ですね。」

ダイアが剣を抜き、魔物に切りかかった。魔物は顔を逸らし、ツノで剣を受け止めたがダイアはすかさずその顔面に蹴りを入れた。

「戦い方が脳筋すぎる…。ミーヒャ、大丈夫か!」

吹き飛ばされたミーヒャに駆け寄る。

「大丈夫だよ、これくらい。でもなかなかタフなやつみたいだ。」

ミーヒャはすぐに立ち上がった。舞台上では魔物とダイアが互角の肉弾戦を続けている。

「ダイア、ちょっと離れて!!」

ミーヒャがそう言うと、ダイアは魔物の頭を蹴り飛ばし、態勢を崩させて後ろに下がった。

「グラヴィネア!」

リア王が俺とダイアに使ったのと同じ魔法だろうか。クマのような魔物は6本の足を広げて地面に押しつぶされた。なんとか立ち上がろうとする魔物に、ミーヒャも力を込め続ける。根比べになりそうなところで、呆然として見ていたリリーが立ち上がった。

「バインド。」

彼女が呟くと、魔物はころっと地面に倒れこんだ。



「魔物は、テイム出来れば強力なんだけど、それをする人はあまりいない。魔物は嘘をつくからだ。従順な振りをして隙を伺う。魔法学校なんかだと絶対教わる事だけど、君はそう言うのを教わってこなかったんだろう。」

「…ちょっと油断しただけよ。

せっかく舞台を人に見てもらえるってなったから張り切ってたの…。」

そう言うリリーの口ぶりはかなり気落ちしているようだった。

「お前さ、要するに魔物を観客にしたって満足なんかしてないんだろ。今の自分を無駄にしたくないって言うが、俺には躍起になって無駄な時間を過ごしてるようにしか見えないな。」

「…勝手なこと言わないでよ。誰のせいでこんなことになってると思ってるの?

あなたたち王都の人間でしょ、王が余計なことしなければこんなことになってないの。

私は魔人の娘よ。あの呪いがあってこの街から演劇は無くなって、街の生活から余裕は消えたわ。

そうなったら魔人である私の居場所なんてないの。私がこの街で迫害を受けなかったのは、演劇があったからなの。

私の居場所は元から舞台の上にしかなかったの。」

昔は迫害の対象であったという魔人。呪いの影響で社会が不安定になった時、彼女はその皺寄せを受けていたのか。


「今王都では神域を討伐するための部隊が動いている。

呪いが解かれるのは時間の問題だ。神域を討伐したら演劇なんていくらでもやればいいさ。

それまで待ってくれ。?」

「そんなの信じられないわ。だって今まで3年間も呪いは解けなかったのよ!」

「でも君は今日、魔物に襲われただろう!それこそ、そんなことをこれからもずっと続けるつもりなのか?

同じようなことがあって君の美貌に傷がついたらどうするんだ!」

俺は舞台にしてもキザな台詞を叫んだ。

「………それは、そうだけど。」

単純すぎないかこの子。普通に心配になるんだが。

「あと少し、あと少しの辛抱なんだ。きっとまた光が射すその時を、国民みんなで待たなきゃいけない。

呪いが解けたその時には、より美しくなった君と、君の演技が必要だろう!」

「……あと少しってどれくらいなの。」

「え?」

適当に言ったからそんなもの考えていなかった。

「1ヵ月…、1ヶ月だ。」

「そんなに待てない。」

「…2週間。」

「本当?」

「ああ、本当だ。だからそれまでもう魔物のテイムなんかしないって約束しろ。その約束を守っていれば、俺たちは必ずまた君の舞台を見に来る。」

「約束だからね。」




「適当言うなよ!ケンイチ。2週間で神域を倒すなんて。」

「そこをなんとかするのは、お前らの仕事だろ。」

「魔物の暴走がたまたまいい方向に働いただけでサタケは何もしていませんけどね。」

「ちっ、やかましい奴らだな本当に。」

王都に帰る車の中で、この会話は何度も繰り返された。

「正直俺だって凹んでるところはあるんだぜ。テイムの魔法はけっこう訓練したけど、俺がびくりとも動かせない魔物を何体も一気に操れる女の子がいるなんてさ。」

「あの子はちょっと異常かな。この国でもあれほどのテイム系の魔法を使える人はほとんどいないと思う。ケンイチもかなり見込みのある方だと思うよ。」

気を使ってか、慰めてくれる。

「で、なんで帰りも僕が運転しなきゃいけないんだよ。今度から絶対運転できる人に付いて来てもらわなきゃ。」



今回のペルダンについての報告のために城に向かった俺たちは、王への謁見を許された。王の隣には

「お疲れ、君たちの仕事ぶり見させてもらったよ。ダイア、君の能力は素晴らしいね。王も褒めていたよ。それに、君たちけっこう良いコンビネーションだったんじゃないか?」

明るい表情でキャンリーさんが手を叩いた。


「リアンに行きなさい。」

リア王は静かに言った。

「ケンイチ、あなた2週間でリアンの神域を落とすって言ったわね。」

「あ、あれはまあ。その場の勢いというか。」

「どのみちこの国はもうギリギリの状態。私もきっかけがあればすぐに動こうと考えていた。

そのきっかけはあなたたちよ。だから、リアンの人々との和解という最も重要な仕事をあなたたちに任せるわ。」

王の言葉を聞き、キャンりーさんは満足げに天を仰いだ。

「ようやく私も神域と戦える日がくるのか、腕が鳴るなあ。リアンは、隣国に接していて、魔物が多く、住人も王都に敵意を持ち、気性の荒い奴が多い。君達だけでは少し危険だから、優秀な護衛をつけるから安心してくれ。」

「キャンリーは来ないの?」

「私は王の下から離れるわけにはいかないし、王は王都から離れるわけにはいかないから。」

この一連の流れを遮るように、ダイアが口を開いた。

「あの、勝手に次の話を進めていますが、まず今回の報酬を受け取りたいのですが。」

「おう、そうだったね。用意していたんだ。」

そう言うとキャンリーさんは俺たちに金貨を2枚ずつ渡す。

「金貨1枚あればこの街で1ヶ月は生活できるよ、大金だ。」


「リアンの人々との和解を成功させれば金貨10枚は渡す。それに、ダイア、神域を倒せた暁には、あなたが探していると言う人物を探すのにも協力するわ。悪くない条件だと思うけど。」

「悪くない条件です。ただこれは命令ではなく取引ですのでお間違いなく。」

リア王はクスッと笑った。

「別にそんなのなんだっていい。出発は2日後、準備をしておくように。」





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