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演劇の街(2)

客席が全て魔物、というミーヒャの言葉を聞いて客席を見ると、人型の魔物から動物のような魔物まで様々な魔物がおとなしく席に座って観劇している。俺は驚きのあまり動けなかった。おそらくミーヒャもどうしていいか分からずただ息を殺していたが、ダイアは新しい言語を解析するのが楽しいのか舞台の上の女の子にをじっと見ていた。

気づいたら舞台上の女の子が頭を下げ、舞台の幕が下りた。客席の影が動き始める。


「逃げるか?」

「下手に動かない方がいいかも…。演劇を見に来る魔物なんて聞いたことない。」

俺たちが息を殺して立ちすくんでいると、魔物たちは大人しく出口へと向かっていった。俺たちに目もくれないどころか押し合うこともなく、異形の魔物たちが列をなして扉に向かっていく。異様な光景だ。

「なんなんだ、一体。」

全ての魔物がいなくなるのを確認すると、ミーヒャはへなへなと崩れ落ちた。

「人がいましたね。会いに行きましょう。」

「おい、待て!こんな魔物たちの前で一人芝居やってるやつなんてマトモじゃないだろ。」

「大丈夫です。私強いので。」

どうやらさっきの一戦で自分の力に自信をつけてしまったようだ。…厄介だな。どんどん進んでいくダイアを止めようとついていくが、俺も内心あの少女が何者なのかは気になってしょうがなかった。


突然、舞台の幕が上がった。そこには舞台の衣装なのだろう、お姫様のようなドレスを着た少女がいる。

「#$%&''()0)'%$##$%%&!!!」

彼女は嬉しそうに何か言うと、舞台の前まで駆けて俺たちに手を振った。リア王と同じくらいの年齢だろうか。小柄だが、リア王との違いはドレスのカップを埋めるのに十分な胸があることだった。そして、リア王ならブロンドの髪の上にティアラが乗っていたが、彼女は薄い茶髪のその髪の中に、山羊のようにグルンとカールした角が生えている。あれは舞台の小道具だろうか。

「$%&0)('%$&'&'&&$%?」

俺たちに何かを尋ねているようだが、理解できない。ミーヒャは、不安そうな目で彼女を見ていた。

「未知の言語ですね。劇場なら台本か何かがあるはずです。探しに行きましょう。」

そう言うとダイアは遠慮なく舞台上に上がり、舞台裏へとサッサと歩いていった。そんな勝手に舞台に上がってこの得体のしれない少女を怒らせたらどうするんだ、と思ったが、彼女はご機嫌な様子で舞台を降りて俺たちの方に歩いてきた。

「&&%$$$&&%&%&?」

俺たちが王都の人間だとまだ気づいていないのだろう、何を言っているのか分からないが、機嫌が良さそうなのは確かだ。

この街の人間は王に敵意を持ってる人も少なくないと聞いたが、彼女はどっちだろうか。王都の人間を嫌っているとしたら今の状況は非常にまずい。ダイアが戻るまで言葉が分からないことは隠しておいた方がいいだろう。

つーか、今考えたら車の運転で唯一の魔法使いの魔力を使い切らせるのおかしいだろ。


俺は客席の端を走るネズミを見つけると、頭の中でテイムの魔法ティームズを唱え、劇場の外に走らせた。そしてとにかく敵意のないこと、彼女の演劇の良き観客であったことを示すために、ゆっくりと拍手をする。ついに彼女は俺たちの目の前まで来て、また何かを語りかけた。俺はうんうん頷くと、握りしめた右手を彼女の前に掲げた。これはこの世界のサムズアップらしい。

ずっと嬉しそうに何か話していたが、流石になにも答えない俺たちに不満を覚えたのか、少女は訝しげな表情を浮かべ始めた。

魔物を呼んで一人芝居をしているような女だ。キレたら何をされるか分からない。

足元にネズミの気配を感じた。口には薔薇のような赤い花を一輪くわえている。エントランスに飾られていた花を持って来させたのだ。一か八か、俺はその花を彼女に渡した。

「%&$$$#$$'!!」

どうやらこの賭けは当たったようだ。明るい声をあげると、彼女は俺に抱きついて来た。

「ケンイチ、そんなキザなことできたのか…。」

ミーヒャがボソッと呟く。しかし、彼女が単純そうで良かったけど、ダイアはあとどれくらいかかるんだ。そもそも裏に十分なデータがあるのかも分からないが。


そう、不安になっていたところ、舞台上にダイアが現れた。

「'%&$%()0='!!」

大きく手を広げて聞きなれない言葉を放った。それを聞くと、俺に抱きついていた少女は振り返って舞台に駆け上がった。2人は呼応しておそらく、何か演劇の一節を演じているようだった。

「なにを見せられてるんだこれ。」

「これって、ダイアが解析に成功したってことだよね。」

ミーヒャの問いに、舞台上のダイアが答える。

「ええ、彼女の発したいくつかの言葉から単語の発音パターンを推測しましたが、今のやりとりで概ね解析が完了しました。サタケの翻訳機もアップデートします。」

ポン、と翻訳機の音が鳴る。女の子の声が聞こえた。

「ねえ、あなたたち王都の人間でしょ?どうしてこの国の言葉が話せるの?私の言葉が分かるのよね!」

王都の人間だとバレてたのか。必死に時間稼いでたのはなんだったんだ。

「ええ、私はどんな言語でも理解できます。」

「あなたの固有魔法なのね、すごいわ!演技はだいぶまずかったけど。」

ダイアは顔をしかめた。

「君は、…一体何者なんだ。ここにいるのは君1人?さっきまで客席にいた魔物たちはいったい?」

敵意を持っていないことを確認すると、ミーヒャが話し始めた。

「私はリリー。リリー・フェアバンク。役者よ。あの子たちは観客。だって誰も舞台を見にきてくれないんだもの。呪いのせいで、この街で演劇をやる人間は1人もいなくなっちゃったわ。

地方からのお客さんがいなくなって、演劇だけじゃ稼げなくなったし、そしたらここの人たちって、意固地な人が多いから、仕事の合間に練習してやる適当な演劇なんて見てられないって見る人もいなくなって、今じゃ誰も演劇の話なんてしなくなっちゃったの。」

「…そうか、あの魔物たちは、観客?どう言うことだ?」

「私は演劇をやめるなんて嫌だから。ここの街外れの劇場で、1人芝居をして遊んでたの。最初は舞台を独占できるっていうのが楽しかったけど、でもやっぱり観客がいないとすぐ飽きちゃうでしょ?だからその辺の魔物をテイムして観客にしてたの。魔物は知能があるから、言葉が分からなくても案外リアクションしてくれるのよ。」


とんでもない少女だ。魔物が増えてるっていうのはこいつのせいなのか?

「…そんな理由で。魔物のテイムは危険だよ!しかもあんな数を一気に。何かあってコントロールできなくなったらどうするつもりなんだ。」

ミーヒャが語気を強めた。が、彼女は別に翻訳機をつけていないので言葉は通じていない。それに気づいて俺をこづいた。

「訳して、ケンイチ。」

気分を害さないように慎重に訳す。

「コントロールをミスしたことなんてないわ。

私はね、1秒でも無駄にしたくないの。だってこのまま演劇を辞めて適当に働いても、10年、20年後に今の私は戻ってこないのよ。観客を入れて今の私の演劇を見てもらわないと、私の今が無駄になっちゃう。」

俺は、彼女の言葉からしばらく感じたことのない『情熱』というものを感じた。

「今日は、途中からしか見れなかったでしょ?明日また見にきてよ。同じ時間に始めるから。」

そう言うと彼女は舞台裏に引っ込んでしまった。



「あの子が、魔物が増えている原因なのか?」

俺たちは、劇場の近くの今は使われていない宿の一室を勝手に使い、休むことにした。

「そうかもしれない。魔物は魔力が高い人間に集まる習性があるから。

あれだけの魔物をテイムできるなんて、すごい魔力だ。彼女は魔人のようだね。」

「魔人?」

「頭に角が生えていて、平均して魔力が高い人種だ。魔力が高いからこそ、ああやって魔物を操ったりすることもできる。」

あの角は衣装じゃなかったのか。

「じゃあ、さっさとあの女をとっ捕まえて王都に連れて行きましょうよ。そうしたら解決じゃないですか。」

「誘拐だよ!そんなのただの。あの子の親は知ってるのかな、夜中にこんなことしてるなんて。」

「実際どうするんだ?もうやらないでねって言って辞めてくれるような奴には見えなかったぞ。」

「そうだよね…。でもあの子は人前で演技がしたいだけなんでしょ?それなら街の人と話し合って劇場を再開してもらえばいいことだと思うんだけど。」

「俺らが出来るか?そんなこと。王の使いの人間が、またみんなで演劇やりましょう!なんてぶっ殺されるだろ。」

「…そうかもしれないけど、ていうかケンイチも考えてよ。人の意見にケチばかり言ってないで。代案を出してくれ代案を!」

ミーヒャがキレる。まあもっともだ。

「取引をすればいいじゃないですか。彼女は演劇中毒のお嬢様のようですが、いつまでも魔物相手の演劇で満足出来るような人間でもなさそうです。この間をつくうまい条件を考えれば取引に持ち込めるはずです。」

腐っても高性能アンドロイド、たまには冷静にまともな意見を言う。

「それから、最近気付いたのですが、私は人間との会話があまり上手くないようなので、実際の取引はサタケが行った方が良いと思います。」

「最近気付いたのか…。」




「夜まで暇だから街を見て回ろうぜ。」

ホテルで一晩を明かし、目覚めてすぐに腹が減った俺はそう言った。

「私もこの街の言語解析を完璧にするために、もう少しサンプルが欲しいですね。」

「僕も、もう少し街の状況を調査したいけど、あの像壊したのが僕たちだって広まってないかな…。」

「だからあの時すぐに謝ればよかったんですよ。」

呆れたようにダイアがそう言うが、呆れるのはこっちの方だ。

「まあ、暗くて顔も良く見えてないだろうし、違う方向に行けば大丈夫じゃねえか。」

「そうだね。今は僕の魔力もあるし、なんとかなるかな。」


「この街は、サンドウィッチが有名なんだ。サンドウィッチを食べながら見れる演劇もあるんだよ。」

ダイアの翻訳も、かなり精度が高まっていて、元の世界にあったものと近いものはその名称に訳されるようになっている。そしてこの世界の料理は、かなり元の世界に近く、けっこううまい。魔法を調理に利用できるからだろうか。

「じゃあ、サテンに行こうぜ。サテンでモーニングだ。」

「サテン?なんだい、それ?」

流石にサテンじゃ翻訳されなかったか。街中は、賑わっていると言うことはないが人々は普通に生活を送っているようだった。昨日の夜の人の少なさは、やはり魔物が出現することの影響なのだろうか。

「心配だったけど、案外みんな普通に生活してる感じだね。」

ダイアは耳をピクピクと動かして街の人の会話を聞いているようだ。俺たちは木造の落ち着いた雰囲気のカフェに入った。

「すぐ逃げれるように窓際に座っておきましょう。」

「いや、大丈夫じゃねえかもう、けっこう街を歩いたけどバレなかったし。…ていうかお前ぶち破って逃げる気だろ。」

「ケンイチ、注文お願いね。僕はふわふわホットケーキと紅茶ね。」

「私はトーストとコーヒーを。」

「サンドウィッチ頼めよ。」


「ケンイチ、店の人にこの街のことを聞いてみて。魔物がどれだけ出現してるのかとかさ。」

元の世界と同じような形状の分厚いホットケーキを食べていたミーヒャが思い出したようにそう言った。

「俺が?」

「しょうがないだろ。僕はこの街の言葉話せないし、ダイアはほら、あれだし。」

そうだけど、今後こういう時は全部俺がやりとりしなきゃいけないのか、けっこう面倒だな。

「ダイア、この翻訳機量産はできないのか?」

「できるわけないじゃないですか。パーツ一つ作るのにどれだけの設備が必要だと。それからミーヒャ、ダイアは”あれ”のあれが指す言葉が不明瞭です。」

「ああ、ごめん。ダイアは、まああれはあれだよ。…でもその装置の量産ができたら色々な問題を解決できるよね、複製トレースっていう物質をコピーできる魔法があるから、もしかしたらそれで出来るかもしれないな。難しい魔法だから、複雑なものをコピーできる人は簡単には見つからないと思うけど。」

と、話しているところに男の店員が1人近づいて来ていた。

「あんたたち、聞き慣れない言葉で話しているけど、どこから来たんだい?」

「あー、いやちょっとまあ、ね。」

素直に王都から来ているというのも良くないと思い、言い淀む。

「よそから来たのに、この国の言葉も話せるってのは珍しいな。

実は昨日、街で大劇場の石像を破壊した余所者がいるって話があってな。その犯人が、黒髪の男、青髪の女、赤髪の女の3人組らしいんだ。」

ガッツリ見られてたか。

「そうなんですか。物騒ですね。」

店員の顔を見てそう言うと、一瞬沈黙が流れた。

『パリィィイィィンン!!!』

ダイアが体当たりして窓をぶち破る。

「だからそれやめろ!!!」

ミーヒャがせめてものお詫びにと金貨を何枚かばらまいて俺たちは店から逃げ出した。















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