魔法
さっそく翌日から、俺たちはミーヒャと共に城の敷地で、キャンリーさんに魔法を教わることとなった。
「まず魔法とは何か。人間の内なるエネルギーを用いて、理想を実現させる力だ。炎を出したり、水を出したり、それを凍らせたり、堅牢な壁を作ったりね。」
キャンリーさんは説明しながら、それを実演して見せ、最後には2mほどある、装飾まで施された土の壁を作りあげた。
「魔法を使うこと自体に向き不向きがある上に、魔法の種類によっても人によって向き不向きが大きく出るから、自分に合った魔法を見つけるのが大事だ。まあ私はだいたいなんでもできるけどね。」
俺は説明を聞きながら少しワクワクしていた。異世界から着た俺が、実は魔法の天才だったりしないかと思ったのだ。そういう展開は漫画なんかでは鉄板のパターンだ。
「魔法を使うのに必要な才能は、主に魔力量とそのコントロール。パワーはあるけど、不器用で運動はてんでダメだったり、逆に体力はないんだけど器用さでこなせてしまう奴がいるだろう。
魔法も同じだ。特に魔力量は才能によるところが多いかな。ミーヒャなんかは魔力量に関しては大したことないけど、コントロールの巧さで1級魔法使いになった。逆に王様なんかは魔力量はあの年でおそらく私より多い。けど、戦ったら勝つのは私だろう。コントロールはまだまだだからね。」
「それで、その魔力量ってのはどうやって分かるんですか?」
「いや、だいたい見たら分かるよ。君はまあ、平凡くらいだな。ただ、ダイア君。君からはさっぱり魔力を感じない、こんな人間は初めてだ。」
「私は人間じゃありませんからね。」
「なるほどそうか。」
あっさりと俺の魔力が凡であることが明かされてしまった。
「とりあえず、これを渡そう。様々な種類の基礎魔法が乗っている昔から使われている教科書だ。この中から自分の向き不向きを探すのが基本だな。魔法とは、イメージを具現化させるものだ。そしてここに乗ってる呪文はイメージを増幅させるものとして古来から伝わっているものだ。慣れたら呪文は必要なくなるよ。」
辞典のような分厚さの本を渡される。革のベルトで縛られた、荘厳な装丁である。
ベルトを外して本を開くと、多少の図と共に、ツラツラと見たことない文字で埋め尽くされている。
「あ、すいません。そういえば俺文字読めないですわ。」
「え、そうなの? そんなに上手く喋れるのに?」
俺はダイアから渡された翻訳機を使ってるだけだが、言葉は翻訳されない。
「それはちょっと面倒だな。魔法の勉強法っていうのは基本的に教則本に乗っている呪文を詠唱し続け、その魔法を自分の魔力にフィットさせることだ。」
「私が読み方を教えましょうか?」
ダイアが得意げにペラペラと本のページをめくり、中身をいくつか読みあげてみせた。
「言語というのは発音が分かっていれば習得は簡単ですよ。私の最大効率の授業で、3日あればこの本を読めるようにしましょう。」
「…それが出来るならそうしてもらいたいな。魔法は言葉と密接に関わっているから、本が読めないとだいぶ習得はしづらい。」
なんだ、今日魔法を使えるようになると思ってたんだけどな。しかも魔力は平凡でコツコツ勉強しなきゃいけないってあんまりモチベーションが上がらないな。
「今日のところは肉体の鍛錬にしておくか。」
「はい?」
俺の手から教科書が取り上げられ、代わりに簡単に持ち上げられないほどの重さの剣を渡された。
「まずは素振りから、やっていこう。」
「おい、腕止まってるぞー!!私がいつ休んでいいなんて言った?」
キャンリーさんに蹴り飛ばされる。渡された剣は、2、3kgはあるだろうという重量で、正直20回ほど振ったところで俺はもう限界だった。
「なに寝てるんだよ。ここが戦場だったら死ぬぞ。」
倒れたまま休もうとするが、首根っこを掴んで立たされる。こんなの軍隊の訓練じゃねえかと思ったが、考えてみたらこの人は国の軍のトップのような人なのか。
「おい、ミーヒャ。そっち見てないと思った?休むなって言ったでしょ?」
俺の特訓のついでということで、ミーヒャも付き合わされていた。魔法を禁じられると、普通の女の子のフィジカルと変わらないようで、俺より先に音を上げ、容赦なくしばかれていた。
「まったくお前のことは甘やかしすぎてたな。肉体の鍛錬なしに魔力は磨かれないって私は教えたはずだぞ。」
「非効率的な鍛え方ですね。」
ダイアは疲労することはないため、延々剣を振り続けていた。
「君は、…素晴らしいな。それだけ振り続けて太刀筋にブレもない。」
「そうでしょう。私をそこらの人間と同一に考えないようにしてください。しかしあなたのやり方は非効率です。私が彼らの肉体を鍛えるための最適なメニューを組みましょう。」
得意げに言うダイアに、キャンリーさんの表情が変わる。
「教官に口答えする気か貴様!!」
唐突に蹴り飛ばされ、流石のダイアも目を丸くして混乱している様子だ。
「私は最初にこの先一切私の言うことに口出しせず従うよう言ったはずだが?」
「言われてないです。」
ダイアは首根っこを掴まれ、壁に叩きつけられた。
故障しないか普通に心配ではあるが、それより少しでも休めるために、ダイアにはもう少し反抗して欲しいところだ。ダイアはしばらく敵意のこもった目でキャンリーさんを睨みつけていたが、少しなにか考えた後にすっと俺の方を指差した。
「あの2人、サボってますよ。」
勝てないと判断したのか矛先を俺たちの方に向けやがった。人工知能の反乱じゃないか。
「サタケ、剣を振れ。振らないと殺す。」
真っ向から殺すと言われたが、それがただの脅しのようにも思えない。
残った力を振り絞り、剣を持ち上げようとする。
すると、思いがけず、なぜか簡単に剣は持ち上がった。
「あれ、振れるようになってる!さっきより軽いくらいだ!!」
キャンリーさんの方を見ると、満足げに頷いている。
「肉体強化の魔法は、もっとも基本的な魔法の一つだ。君は昨日王の魔法を直に受けたから、眠っている魔力が刺激されていたはずだ。そして極限状態に追い込まれれば呪文などなくても魔力が引き出されるのさ。」
「なんだ、このためにこんなキツいことをやらされてたんですか。ずっとこんなことやらされるのかと思ってビビってましたよ。」
「?何言ってるんだサタケ。私はさっきも肉体の鍛錬なしに魔力は磨かれないと言ったよな。この訓練は明日からも続けるぞ。」
「思ってたのと違う。」
訓練が終わってミーヒャの部屋に帰り、俺はソファーに倒れこんだ。
「魔法ってもっと楽しいものだと思ってた。」
「まあ、キャンリーは本質は兵士だからね。僕まであんな目に合うとは思わなかったよ。」
ミーヒャもヘナヘナとベッドに倒れた。
「サタケ、ここを出ましょう。魔法についてはあの人に教わらなくても知ることができるでしょう。権力を持った人物と繋がれれば大きいと思いましたが、仕方ないですね。」
真剣な顔でダイアが言う。
「…ああ、そうだな。」
この国には悪いが、俺もあの特訓にはあと1日でも耐えられそうにない。
「仕方ない。」
そう言ってミーヒャの部屋のドアへと向かった。
「ちょ、ちょ、ちょっ待ってよ!!ここで君たちに逃げられたら、僕キャンリーに殺されちゃう!」
まあ、ミーヒャには悪いけど、俺だってあの訓練を続けてたら普通に死んじまう気がするしな。
「だいたい、リアンの牢屋から逃げ出せたのは僕がいたからだろ!泊まる部屋も貸してあげて、食事代も本の代金も全部僕が払ってるのに!!この恩知らず!」
そう言われると、流石に悪い気がしてくる。ミーヒャは俺の腕に泣きながら縋り付いていた。
「何してるんですか、早く行きますよサタケ。」
「人の心とかないのかお前。」
「?ありませんよ?」
結局俺たちはダイアを説得してミーヒャの部屋にとどまった。
3日間で、俺はだいぶこの国の文章が読めるようになった。朝に必死に勉強して、午後はキャンリーさんにしばかれる地獄のような日々だったが、俺はやり遂げた。
そしてこの過程で1つ分かったのは、ダイアは魔法を使えないということだった。魔力というものが人間に特有のエネルギーであることがわかったのだ。ダイアはかなりショックを受けていた。
「よし、それじゃその教科書にある魔法を一つずつ試していこう。まずは火炎魔法、フォルグからだな。」
教科書の文字を読み、燃え上がる熱をイメージする。
「フォルグ!!」
俺の手に、ロウソクについたようなか細い火が現れた。
「すげえ、これが魔法か。」
「…うん、まあ最初はだいたいこんなもんなんだけどな。次試してみよう。」
俺は一応魔法が使えたことに喜んでいたが、キャンリーさんは極めて不満そうだ。
「ウェーブル!!」
水魔法を唱えると、チョロチョロと水が滴り落ちる。
「…うん、まあ。」
「ガライエン!!」
「…あー、はいはい。」
「ネガトローン!!」
「…本気でやってるよね?」
あらゆる魔法を試したが、キャンリーさんの顔は曇っていくばかりで、時折ミーヒャが得意げに、僕が初めての時はもうちょっと上手くやれたな〜、と呟くのに腹がたった。
「次の呪文ティームズは、動物を操れるようになる、テイム系の魔法だ。その辺の鳥にでも試して見るといい。」
近くをとことこ歩いている小鳥を見つけ、魔力を意識した。
「ティームズ!!」
こっちに来い、と念じると一目散に俺の方に飛んできて腕に止まる。頭上をくるくる回るように念じたら、それにも従った。
「なるほど、テイム系の魔法が得意なんだ。」
キャンリーが表情を変えた。
「これ、もしかしてけっこう凄いのか?もっといろんなこと出来るぜ。」
「うん、テイム系の魔法はけっこう難しいからね。それに、魔力が高い人が使えば強力な魔物なんかも操れるから、かなり強力な魔法ではあるんだけど、生き物がいるところじゃないと使えないし、汎用性が低いんだよなあ。」
「僕が初めての時は、小さな虫を操るのにも苦労したよ。ケンイチやるじゃん!」
「まあ、元の世界ではダチョウの管理人をやってたからな。暇な時はよくダチョウに乗って遊んでたし。」
そう考えるとあの世界の人工知能の適正判断はやはり正確なのかもしれないな。
「とりあえずはその魔法を磨く方向でいこうか、あとは肉体強化の魔法だけある程度使えるようになってくれればいいかな。」