異世界とレスティアの話
「ダーレーディスク。ダーレーディスクというものを私たちは求めている。私たちだけじゃない、世界中の誰もがこれを求めているの。
ダーレーディスク。これを手にしたものはこの世界の全てを知ることができると言われている。」
王様は、突拍子もない話を、淡々と話し始めた。まあ突拍子もないなんて今更なんだが。
「これを手にしたものが世界を統べると言われているわけだから、当然我が国レスティアもダーレーディスクを手にすることに力を入れていた。
カダンの塔。この世界の中心にそそり立つ天を突く古塔。世界の各地にある謎の遺跡に住まう、5大神域と呼ばれる魔物。ダーレーディスクの手がかりはここにあると言われているけど、誰も攻略することはできていない。」
リア王は少し間を開けた。キャンリーさんが真剣な顔で王を見る。
「私の父、先代のレスティアの王もダーレーディスクに執着し、5大神域の一体と戦い、命を落とした。」
なるほど、それでこの子がこの年齢で王になったというわけか。
「神域と戦ったものには呪いが降りかかると言われていた。
先代の王が負けたことで、神域の呪いは、この国全体に降りかかり、同じ国でありながら言葉がいくつも分断されてしまった。リアンにいる狼人も、かつては私たちと同じ言葉を話し、人間を敵視することなどなかったのだ。」
彼女の父親のせいでこの国は呪われたということか?彼女もその責任を感じているのだろうか。
「…まあでも、ダーレーディスクってのの争奪戦は、国のためには避けられないんだろ?仕方なかったんじゃないのか。」
「王が神域との戦いにゆけば呪いが国民に降りかかるかもしれないことはわかっていたこと。あの男の、傲慢さと、身勝手さが引き起こしたことよ。」
リア王はそう、語気を強めた。
「……ごめん。」
気まずい空気が流れる。
「それで、言語の解析ができる私の力が必要なわけですね。いいですよ、取引をしましょう。」
ダイアがハキハキと割って入る。空気の読めないダイアが、逆に助かったかもしれない。
リア王はダイアを見てクスリと笑った。
「…取引?あなたは立場がわかっていないようね。私があなたたちに下すのは命令よ。私たちに協力しなさい。」
「私はさっきも人の命令には従わないと言ったはずですが?そんなことも覚えていられないとは、あなたの記憶力は王様というよりにわと…!!」
ダイアは最後まで言葉を続けることはできず、何かの力により、庭園のタイルに叩きつけられた。
俺と一緒に、叩きつけられた。
「俺は何も言ってないのに……!!」
体の上に何かが乗っているわけではない、恐らく魔法の力なのだろう。あの幼い王がこの魔法を使っているのだろうか。
「まあ、命令とは言うけれど、別にあなたたちにとっても悪い話ではないはずよ。私の手伝いをしてもらうけど、この世界の情報は与えるしうまくいったら褒美も与えるわ。」
「…忠誠を誓います。…その女にもよく言って聞かせますので、許してください。」
上から象に乗られているかのような圧力がかかり、息も絶え絶えであった。俺は潰されて人生終わらせる前に、幼い少女に命乞いをした。
「暴力で脅迫ですか?あなたはとんだ暴君のようd!!」
体にかかる圧力が増す。だからなんで連帯責任制度なんだよ。俺はこんなに媚びへつらってるのに。
「協力しないなら構わないわ。あなたたちはここで終わり。別に手段はいくらでもあるから。」
「…ほら、…早く、…謝れダイア。ここで、…意地張るのは合理的じゃないだろう。」
ダイアは上からかけられた圧力で完全に伸びていたが、その状態で虚勢を張り続けるのだから、大したロボット根性だ。
「………協力はします。命令を聞くわけではありませんが、考え直してみたら取り引きとしては悪くないと感じましたので。」
少し考えた後に絞り出した。
「気づくのが遅いわね。私は最初からそう提案してあげていたんだけど。」
表情は見えなかったが、ビリビリと変な音が聞こえてきていた。ブチ切れすぎてなんかの回路がショートしたのかこいつ。
ふっと体が軽くなった。魔法が解かれたのだろう。顔を上げると、極めて満足そうな表情の王が見えた。
「あなたたち、魔力を全く感じない。魔法を知らないんでしょう。キャンリー、彼らに魔法を教えて、最低限戦えるようにしておいて。10日くらいで。寝食も適当に手配しておいてあげて。素性が分からないから城に泊めるのはダメよ。あー、あと、ついでにミーヒャも鍛えておいて。」
「10日ですか…。かしこまりました。」
「どうしようかな。ミーヒャ、お前の部屋に泊めてやれよ。他に泊まるとこ見つかるまではさ。」
「僕の部屋!?やだよ!なんで見ず知らずの人間を泊めなきゃいけないんだ。」
城を出た俺たちは、ひとまずキャンリーさんと宿の相談をしていた。
「私は別に構いませんが。」
「ああ、俺も構わない。よろしくな。」
「受け入れ早!君たちが構わなくても僕が構うんだよ!」
「まあそう言うなミーヒャ。一緒に脱獄した仲なんだろ?気心も知れてるじゃないか。」
「100歩譲ってダイアはいいけど、ケンイチはやだよ。この男は、僕に、その、あれを見せつけようとしてきたんだよ?そんな男と一緒に住むなんて無理だよ。」
あー、嫌なことを思い出しやがったなこいつ。キャンリーさんの冷たい視線を感じる。
「嘘をつくのはやめてくれ!すみません声を荒げてしまって。ただ、ショックだったんだ。少しは仲良くなったと思っていたから。僕を泊めたくないがためにそんな嘘をつくなんて。キャンリーさん信じてください。僕はそんなことは断じてしていませんし、ミーヒャに危害を与えるなんて神に誓ってしません。」
俺はキャンリーさんの目をまっすぐ見た。
「…ミーヒャ、私には彼が嘘をついているようには見えない。新しい宿が見つかるまでの間だ、泊めてやってくれないか。」
「めちゃくちゃ嘘ついてるよ!本当に怖いんだけどこの人泊めるの。」
「早く行きましょう、私もそろそろ睡眠を取りたいので。」
ミーヒャは人がいいのだろう、しばらくの口論の後、俺たちに何か言っても無駄だと観念したらしく自分の部屋に泊めることを了承した。
「意外といい部屋住んでるんだな。」
王に仕える人たちのための宿舎なので、当たり前かも知れないが、ミーヒャはかなり広い部屋に住んでいた。
「そうですか? 別に普通ですよこれくらい。」
「そうですね。サタケは日本の価値基準で考えているのでしょうが、土地が安く、魔法で建物を作れるのだとしたら誰もが広い居住空間を持っていることは普通かもしれません。」
確かにそうか。というか久しぶりにこいつがまっとうなこと言うの聞いた気がするな。
「ミーヒャ、来てすぐに悪いんだけどさ、飯を食わせてくれないか?」
「僕もお腹は空いてるからいいけど。この宿舎に食堂があるからそこに行こうか。…よく考えたらこれご飯代も僕が払うのか?」
「ああ、悪いな。絶対すぐ返すから。」
流石に申し訳なくなりそう言うが、返す当てなどあるはずがない。
「別にいいんだけどさ。」
「私は、睡眠を取りたいので食事は不要です。」
ダイアはそう言うと、一つだけあるベッドに倒れこんだ。
「そこ僕のベッドなんだけど!せめてお風呂入って着替えてからにしてよ。」
ミーヒャが嘆く。
まあ、あのレアンの牢屋からずっと同じ服のわけだし俺でも嫌だけど。アンドロイドだから汗かいたりすることはないとはいえな。
「ダイアは昔からあんなに自由なの?」
「いや知らん。俺もほぼ初対面だし。」
「ええ…、まあいいや、ご飯食べながら君たちのことも教えてくれよ。」
ミーヒャに連れられて来た食堂は、多くの人で賑わっていた。まあ元の世界の飲食店と特に変わりはなく、ミーシャが店員に注文すると、程なくしてパンのようなものと、よく焼かれた何かの骨つき肉が運ばれて来た。そしてジョッキに入った飲み物。街を歩いている時、2足歩行の知的生命体が作る文明などだいたい同じものになる、とダイアが言っていたのを思い出した。
「ここのお肉を食べるのに抵抗はないんだね。」
骨つきの肉にかぶりつく俺を見てミーヒャが言う。
「そりゃ、狼人間に牢で出される肉とはわけが違うだろ。なんの肉かもわからないし。」
「ケンイチは、狼人たちを誤解しているようだけど、本来人を襲ったりすることはない。優しい種族なんだよ。」
「…そうなのか?そういえば、お前を、俺たちを助けてくれたあの狼人間はなんだったんだ?」
「この国は言葉が分断されたって聞いたでしょ?僕は出身があの村の近くだったから、リアンの人ともよく遊んだしあの子とは仲がよかったんだ。」
そういうことだったのか。
「ならなんでお前まで捕まってたんだ?俺たちが捕まるのはわかるけど。」
ミーヒャは険しい顔をして声をひそめた。
「王の前では絶対この話はしないでね。国民の中には、呪いが国民に降りかかることを省みなかった国王に反感を持って、王都の人間を嫌っていたりするんだ。だからこそ僕たちがなんとか和解するために色んな土地に出向いてるんだけど、結局言葉が分からないから和解しようにも、その方法がなくて困ってたんだ。」
そういうことなら、確かにダイアの存在は大きすぎるな。
「そういえばお前、王のもとで働いてるってことは結構すごい魔法使いなのか?まだ若そうだけど。」
ミーヒャは途端に得意げな顔になった。
「まあね、この赤い外套は1級魔法使いの証なのさ。1等魔法使いはこの国でも数えられるほどしかいないエリート魔法使いなんだ。」
自慢げに赤い外套を見せびらかす。
「そういえばその外套、キャンリーさんも同じようなのを着てたな。あの人のは紫色だったけど、また違うのか?」
「あの人はこの国で1、2を争う実力って言われるほどの魔法使いだからね。王が直々に認めた人しか与えられない、0級魔法使いだよ。紫の外套を着てるのは、今はたぶんキャンリーしかいないんじゃないかな。」
そんなすごい人だったのか。王の右腕なら当たり前といえば当たり前の話だが。
「まあ、僕が王のもとで働いてるのは、リアとはもともと友達だったからっていうのもあるけど。」
「そうなのか?」
「うん、子供の頃の話だけどね。私の方ががお姉さんだったから、よくリアを連れ回して遊んでたんだよ。」
色んなやつと遊びすぎだろお前の幼少期。
「それがお前、今じゃ王の部下として言うこと聞くようになって情けなくねえのか。」
「這いつくばって命乞いしてた人には言われたくないんだけど。…まあ、この国を束ねる王様として振る舞おうと、リアも無理してるんだと思うよ。神域を倒して呪いが解けたらまた仲良くなれるはずさ。
だから、ケンイチとエナには期待してるんだ。明日からの訓練も頑張ってね。」