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ミーヒャ

「$'%$&!!」

牢の前に立った狼人間を見た瞬間、共に投獄されている少女、ミーヒャがなにか叫んだ。

「おい、起きろダイア。事態が動いたぞ。」

「…ムニャムニャもう少しだけ。」

「いらねえよそういうの、早く起きろ。」

ダイアは本当に鬱陶しそうに目を開けた。睡眠に入ってしまうと起動に時間がかかるのだろうか。ぼーっとした表情を浮かべて動かない。

俺は牢の前に立っている狼人間に目を向けた。さっき見た奴らよりも小柄で、どこか表情が柔らかい。女性なのかもしれない。

彼女が牢の格子に手を触れると、看守の狼人間がやったように、溶けるように格子が消えた。

「逃してくれるのか。」

「('&'%&$%$%&'&!」

いつの間にか格子の前にまで来ていたダイアが、聞き慣れない言葉をいくつかミーヒャに投げかけた。

狼人間が不安そうな目で俺たちを見る。

ミーヒャは少し考えたのち、ダイアの方を見て頷いた。



この狼人間はどうやらミーヒャと知り合いのようで、俺たちも一緒に牢から出してくれた。彼女についていき、俺たちが捕まっていた建物を出ると、そこはジャングルだった。どうやら今は夜のようで、篝火に照らされてジャングルの中に、石造りの建物が点在しているのが見える。

「すげえ。」

映画の世界に来たみたいで思わずワクワクしてしまう。現代では、海外旅行は誰でも簡単にいける時代だが、アマゾンなどの危険な地帯を見たいときはカプセル状の小さな車で観光するのが普通だった。こんなジャングルに足を踏み入れることなんてない。

「それなりの文明があるようですね。」

興味深そうにキョロキョロと見回す。

ミーヒャは脱走の手助けをする狼人間と知り合いのようだが、奇妙なのは彼女とその狼人間が言葉での意思疎通がまったくできていないことだった。2人はいったいどういう関係なのだろうか。


連れられた先には、青い鱗に覆われた馬のような生き物がいた。頭には大きなトサカが付いている。はっきり言って馬のように可愛いらしくはない生き物だ。ミーヒャはすぐにその生き物に飛び乗り、俺たちも乗るように促した。

「私は走っていきます。」

「は?」

「私の体重は80kgありますので、この生き物が支えられるか不安です。」

「いや、走ってついてくの無理だろ。こいつがなんなのか知らねえけど。」

「馬くらいのスピードであれば、ついて行くことが可能です。この生き物がどれくらいで走るのかわかりませんが。」

ミーヒャは馬に乗ろうとしないダイアに戸惑いを見せたが、ダイアがジェスチャーとともに何か言葉を投げかけると、名残惜しそうな視線を狼人間に向け、その馬を走らせた。



ジャングルを抜けると、しばらく何もない平地が広がっていた。空には巨大な月が浮かんでいるため、夜道も見える程度の明るさはある。馬に匹敵する速度で走る謎の生き物にしばらく乗っていたが、それに匹敵する速度で走る謎のアンドロイドは並走する形でついて来ていた。

「月がありますね。ここは地球のような天体なのでしょうか?」

俺に聞いても分かるわけないだろ。この世界の物理法則が地球と同じなのかどうかも分からない。分からないことしかない。

「…これどこに向かってるんだろうな。」

そう呟くと、ダイアがミーヒャと短い会話をした。

「彼女の住んでいる街に向かっているようです。」

基本的な会話はできると言ったのは間違いではないようだ。ミーヒャと意思の疎通が取れている。

街か。どんな街があるのかちょっと楽しみだな。でも、あのジャングルから人が住む街まで行くのはけっこ時間がかかるんじゃないのか。

「時間はどれくらいかかるんだ?」

またダイアがミーヒャとやりとりをする。

「このまま飛ばして15時間ほどかかるようです。」

「すぐ休むように言ってくれ。」



馬のような生き物、ケルフィーと言うらしい、この生き物は大したもので、本気を出したらダチョウより速く走れて、少し速度を抑えれば数時間は走り続けられるようだ。

休み休みでダイアが言ったように15時間ほど進み、この生き物のおかげで、俺たちはこミーヒャが住んでいるという街にたどり着いた。


その街についてすぐ、俺はここが異世界ということを改めて意識させられた。

街の中心部に巨大な城が浮かんでいるのが見えたからだ。

かなり綺麗な街で、おそらく城に向かって放射状に街が作られているのだろう、高層の建物はないが、美しい建物が並んでいる。

「やっとデータを集められます。中途半端に解析をしたのでイライラしていました。」

そう言うと、ダイアはミーヒャに礼も言わず、スタスタと歩き出した。

「おい、待てよ。どこ行くつもりだ?」

「本のある場所を探します。2,3冊あれば言語の解析はできますので。ミーヒャさんから得た音声データと組み合わせればすぐにこの言語を話せるようになりますよ。」

「この街がどんなところかも分からないんだぞ?本屋とかがあったとしても、この国の金もねえんだから。」

「私は一度見たものは全て記憶できるので、購入する必要はありません。店で見れば十分です。」

半分犯罪だろそれ。何がそこまでこいつを駆り立てるのか、ロボットの性なのか知らないが、とにかくダイアは散策という名のデータ収集に行きたがった。

しかしまあ、この世界の言葉が分からなければ話が進まないのも事実だ。

「ダイア、ありがとうはなんていうか分かるか?」

「laagenです。アクセントは二つ目のa。」

「laagen!」

俺は、ダイアに教えられた感謝の言葉を告げ、ミーヒャと別れてダイアについて行こうとした。

しかし、ミーヒャが俺の手をガッシリ掴み、歩みは止められた。

「お、おう。どうした?」

「#$%&%(''')''()('%!!」

「なんて言ってる?」

「分からないです。金でもせがんでるんでしょうか。残念ながら私たちにそんなお金はないので、さっさと街に行きましょう。」

絶対そんなことは言ってないと思うが。

「しかし、困ったな。…俺と離れたくないってことなのかな。」

「それはないと思います。サタケにそこまでの人間的魅力はありませんので。」

悪意なく冷静にそう言われる。せめて悪口であってくれ。

敵意はなさそうだし、この世界の住人が知り合いにいた方が心強い。ついて来てもらう分には構わないんだがな。



結局俺たちは赤髪の少女ミーヒャも連れて、街を散策することとなった。

「しかし、これだけの街があるってことはかなり科学も発展してるのかな。」

現代日本とまではいかなくても、建築技術も発展しているだろうし、物理学も学ばれているだろう。太陽が昇り、夜には月が輝くこの世界は地球と同じような物理が働いているのだろうか。街を歩く人間も、元の世界とほとんど変わらなく見える。

「そうですね、これだけ文明が発展しているなら必ず文字、つまり本があるはずです。」


肉屋やパン屋、酒屋だろうか、何やらボトルが並んだ店が活気と共に立ち並んでいて、ヨーロッパに旅行に来たような気分だ。ダイアはそれらの店には目もくれず、ぐるぐる首を回して本屋を探していたが、ついにある店の前で立ち止まった。

「見つけましたよ。おそらく書店でしょう。」

ダイアが立ち止まった建物は、古めかしい木造の大きな建物で、ガラス窓から見える店内には、確かに本棚が何冊も並んでいた。

「サタケ、5分後には解析が終わってますよ。」

そう言うとダイアは店に入り、近くの本棚から適当に本を取り出し、無造作にページをめくり始めた。

「すごい店内だな。」

扉の部分を除いて壁際は本棚で埋め尽くされている。吹き抜けのこの建物は、3階建くらいの高さはありそうだが、その天井近くまで本棚は到達していた。ここに置かれている本は、小説なのだろうか、それとも学術書が主なのだろうか。

店内を眺めていた俺は、服を引っ張る少女に気づいた。ミーヒャだ。ついて来てるのを忘れてたな。

「おう、ミーヒャ、もう家に帰ったらどうだ。俺たちについて来てもいいことねえぞ。」

伝わらないだろうが日本語でそう言う。

ダイアを指差して何か喚いているが、何を言ってるかは分からない。

「もう少しでお前が何言ってるかも分かるかもしれないな。」

ミーヒャは高校生くらいだろうか、クリクリとしたワインレッドの目は子供っぽい印象を与えるが、何やら格式の高そうな赤い外套を羽織っている。この女の子はなぜあんなところで捕まっていたのだろう。

ダイアの方を見ると、ダイアは割とガタイの良い老人の店員にに話しかけながらも、気にせず本を読み続けていた。

ミーヒャが店員とダイアの間に入り、何か弁明するように話し始めた。


それから数秒が経ち、ダイアは本から目を離し、ミーヒャに何か話しかけた。

「&%$$&%&'(。」

日本語ではない言葉だ。

本に書かれている文章を指差し、同じ言葉を繰り返す。

ミーヒャが本を覗き込み、指定された部分を読み上げると、ダイアはニッコリと笑った。

「解析が完了しました。」






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