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異世界

「…起きてください、起きてください。」

誰かが俺の体を揺すっている。目を開けると青い瞳が俺の顔を覗いていた。

「お前、えっと、なんだ。まず誰だ。」

「飲み込みが遅い男ですね。私たちはゲートを通って異世界に飛ばされたんです。そしてその時の衝撃で私もあなたも気を失い倒れていたところを、恐らくこの世界の住人に捕らえられて投獄されたのです。」

「……もう少しゆっくり喋ってくれないか?」

まずこの女、相当美人な女だ、この女が何者なのかも分からない。異世界?投獄?あらためてあたりを見回すと、目の前には映画やアニメでしか見たことのない鉄格子、いや、鉄ではないかもしれないがゴツゴツとした格子に区切られていた。

「……捕まってるのか?」

「私はそう解釈しましたが、それ以外の解釈があるのならお聞きしたいです。」

やや棘のある返しに、俺は無言の回答を返した。

石造りの牢獄で寝ていたために体中が痛んでいるのに気づき、一つ伸びをして自分の状況を確認する。暗くジメジメとした牢獄の中、ただ青髪の美女が背筋を伸ばした体育座りで座っていた。彼女の顔を見て、俺は少しずつ記憶を取り戻し始めた。

「……異世界か。そうか、異世界か。………………………………異世界!?

 ていうか異世界はまあおいといて、牢獄!?どういうことだ、説明してくれよ!

 いややっぱ異世界おいとけねえよ!!」

「うるさいですね。私も詳しいことは説明できませんので。これから情報を集めて解析しようと考えています。」

あまりに冷静なこの女アンドロイドを見て、俺は完全に思い出した。

アンドロイドを名乗るこの女にそそのかされて、あの気味の悪い空間の割れ目に入ってしまったんだ。でもまさか本当に異世界に飛ばされるとは。

「なあ、お前は、いったい…。」

「お前って言わないでください。」

「失礼、…君は。」

「私の名前はダイア。そう呼んでください。そういえば、あなたの名前を聞いていませんでしたね。呼称がないと不便なので、一応聞かせてください。」

「…佐竹健一だ。」

「サタケとケンイチどちらで呼ばれたいですか?」

「いやくそどうでもいい。」

目の前にいる女性はやはり、見た目は全く人間にしか見えなかった。精巧な人型のロボットは俺もいくつか見たことあるし、人間と自然な会話ができる人工知能は珍しくもない。でもやっぱり彼女がアンドロイドとはなかなか思えない。

「ちょっと、体触ってみてもいいか?」

「何を言ってるんですか?」

あからさまに嫌悪感のこもった目で俺を見る。人間にセクハラした時と同じ反応だ。

まあいいや。そんなことより今、異世界で牢獄に閉じ込められているというこの状況、こっちの方が信じられないことだが、差し迫った問題である。

冷静に考えたらこの牢獄から逃れることはできるのだろうか。この世界の住人がどんな存在なのか分からないが、下手したらこの後即座に殺されてもおかしくないんだ。

「…なあ、お前って。」

「ダイアです。」

「ダイア、ダイアはアンドロイドなら、体の中に武器が仕組まれてたりしないのか?」

ダイアはどこか馬鹿にするような冷たい目で俺を見た。

「恐らく、あるはずです。しかし管理者権限がないと起動しないシステムがあるようですので、現状は使えません。ですから、私の一般的な人間に対しての優位は、エネルギーを使い切るまでは体力がなくならないことと、力が少し強いくらいです。」

「…そうか、ここから逃げる手段はあるのか?」

エナはすっと立ち上がって石の格子を叩いた。ガンガンと鈍い音が響く。

「硬いですね。現状、ここから逃げ出す手段は考えつきません。」

そう言ってすっと体育座りに戻った。

諦めんの早すぎだろこのポンコツアンドロイド。こいつが戦力にならないとなると、どうやってこの世界で生き抜いてくんだよ。

「はあ、異世界っていってもこんなの聞いてないぜ。どうなっちゃうんだ俺は。」

「それは私にも分かりませんね。」

なんて無責任な奴なんだ。


「ウワウウゥッ!ウワンッ、ワン!!」

どこかで犬の鳴き声のような音が聞こえた。かなり獰猛そうな、低い声だ。

「…犬がいるのか?」

「かなり犬の鳴き声に近いですね。正確には、狼の方が近いかもしれません。しかし…、」

声の主はすぐに判明した。2m近くあろうかという大男がその鳴き声を発しながら俺たちの檻の前に近づいてきたのだ。その男達の顔は、狼だった。毛むくじゃらの体の上に、薄い鎧のような戦闘服を着ている。

「っ!!狼男かよ!」

エナの表情には驚きの色はなく、ただ興味深そうに彼らを眺めている。狼男たち、男かどうかは分からないが、2人はしばらく俺たちの牢屋の前で顔を見合わせ、鳴き声を交わし続けた。

「言語を使用しているようですね。彼らは、それなりの文明を持っているかもしれっません。」

「何を喋ってるのかわかるのか?」

呆れた顔で俺の方を見る。

「こんな少ないサンプルでわかるわけないじゃないですか。まあ、言語の解析は私の専門なので時間さえあれば解析は可能だと思います。少し黙っていてください。」

そうか、この世界の住人と会話ができるならかなり希望が持てるな。

俺たちが殺される前に言語を解析できればの話だが。狼人間たちは俺たちを品定めするような目で見て、威嚇するように唸り声をあげる。

「おいおい、解析の方できるだけ急いでくれよ。」

俺はできるだけ格子から離れた。

「時間の問題ではなくサンプル数の問題ですので、急ぐということは不可能です。この状況で私が急いでいないと考える、その根拠を聞きたいのですが。」

そう言うエナも狼男の唸り声を聞いて明らかにさっきより縮こまっている。牢屋に近づいてきた狼男の1人が石の格子に触れると、崩れるようにに穴ができた。

動く間も無く、その穴から何かが投げ込まれた。いや、人間だ。狼男が格子に手をかざすと、開いた穴はすぐに塞がった。

「ウワンッ、ワンッワン!」

少し吠えた後、2人の狼男は立ち去った。

「この牢の仕組み、どうなっているのでしょうか。電気が通っている様子はありませんが。」

「いや、それもそうだけど、先にこっちだろ!!なんか人間投げこまれてきたぞ。」

人間、狼人間ではないその人間は、小柄な女の子のようだ。ショートカットで赤髪のその女の子は、少なくとも日本ではそうそう見かけないような見た目だが、しかし俺の知っている人間と同じ姿だ。彼女もこの世界に飛ばされてきたのだろうか?

「おい、あんた。大丈夫か? 日本語はわかるか?英語か? えーっと、Can you speak English?」

現代では外国人と話すときはだいたい翻訳機を使うため、言語の勉強をする人は少ないが、これくらいの英語はわかる人間が多いだろう。少女は俺の方を見ると、口を開きか細い声を発した。

「$&%&'(('&%%%%&''(((('&%%#".」

全然分からん。何言ってんだ。英語では確実にないし、中国語でもフランス語でもないだろう。

「%&)=()('%$$&'('0(0('$%&''()')(''&$#$'&')(&&%.」

そう言うと、いや何を言ったのか分からないが、彼女は目に涙を浮かべてうずくまった。

「ダイア?分かるか?」

「…いえ、どういう仕組みなんでしょう。私が触れたときは確かに石のように硬い物質だったんですが、彼らがあの格子の硬度を変化させる物質を持っていて、コントロールする技術があるのかもしれません。」

「いやそっちじゃなくて。お前言語の解析が専門なんだろ。」

エナはようやく赤髪の少女に目を向けた。

「なんですかこの小娘は?」



自称言語解析が専門のアンドロイドによると、赤髪の女の子の言語は地球上の全ての言語が記憶されているという自慢のデータベースにもない言語だったようだ。要するに、この世界の住人である可能性が高いと言うことだ。

「サタケさん、服を脱いでください。」

「は?」

急に何を言い出すんだこいつは。

「出来ればその少女の前で性器をいきなり露出してもらえると効果的です。」

「故障したのかポンコツアンドロイド?」

「情報収拾のために必要なことです、あなたの性器に恥ずかしがるほどの価値はありませんので早くしてください。」

いや、そらそうかもしれないけど…。わけがわからないが、わけのわからないこの世界では、俺はこいつの言うことを聞くことしかできなかった。

少女の前に立ち、ズボンに手をかけた時、少し逡巡したが、どうにでもなれと一気にパンツをずり下ろす。

「#$%&'())00('&%%%$$!!!!!!」

赤髪の少女は声にならない声をあげると手で目を覆い顔を伏せた。

冷静に考えたらけっこうヤバイことやってないか俺。

「ある人類学者は、人間を定義するときに恥という概念を用いました。今のリアクションから、彼女が私たちに近い感覚を持った人間だと分かります。何か言葉を放ってくれれば解析が進んだのですが、今の声はおそらく言語ではありませんね。」

お前は冷静すぎるだろ。真面目に考えてあんな提案していたのか。

「サタケ、いつまでその見苦しいものを出してるんですか?早くしまってください。」

俺はズボンを履き、牢屋の隅でうずくまることにした。


しばらく、憂鬱な気持ちでうずくまっていると、ダイアが赤髪の女の子に話しかけ始めた。黙って見ていたが、肉体の構造を調べているのか、リアクションを引き出そうとしているのか分からないが、無遠慮に彼女の体を触り始めた。怯えているようだったので、止めようと近づいたが、俺が近づくと少女は泣き出した。俺は彼女に下半身を露出したことを忘れていた。どうしようもないので、俺は彼女から離れてまたうずくまった。

しばらくすると狼男が牢に近づいてきた。俺たちに飯を置いて去っていった。何かの肉のようだが、なんの肉だかも分からないので俺は食べなかった。ダイアはためらいなく肉を口に入れた。

「…お前、アンドロイドなのに食事するのか。」

「私は人間と同じように経口でのエネルギー摂取ができるようになっています。電力でのエネルギー摂取もできますが。サタケは、食べないのですか?」

「こんなわけわからん肉食えねえだろ。毒を盛られてる可能性もあるんだし。」

「このタイミングでの食事の支給は、生命を維持させるためのものである可能性が極めて高いと思いますが。今解析しましたが、サタケが食べても問題はないと思いますよ。」

そう言われても、なんだか分からん肉を食う気にはならない。

「食べないなら私の言語解析を手伝ってください。」



夜通し、外と繋がっていないから昼か夜かは分からないが、そもそも昼と夜というものがこの世界にあるのかも分からないわけだが、とにかく俺は身振り手振りを使って女の子に話しかけ続けた。彼女もだんだんと俺たちに協力的になってくれたため、途中からはやりとりがスムーズに進んだ。数時間やりとりを続けたところで、ダイアが俺に指示を出すのをやめた。

「もうやめましょうか。どのみちこの女性一人のサンプルでは完璧に解析することは不可能です。この女性が住んでいる街にでもいければ、豊富にデータはあるでしょうし、ここから抜け出す方法を探しましょう。」

「ええ、散々やってきたのに。」

「最低限の会話はできますので、脱出する方法を優先して考えます。」

本当に最低限の会話はできるのなら、大したものだが。

「ちなみに謝罪の言葉はなんて言うんだ。」

「現時点での解析では、ignisだと考えられます。アクセントはg。」

赤髪の女の子に近づき、そっと声をかけた。

「イグニス。」

頭を下げてそう言うと、彼女は少し笑って顔を伏せた。いや、顔を伏せた後もしばらく笑っていた。

「エナ、なんで笑ってるんだ?」

「さあ、発音が下手なんじゃないですか?」

まあいいか。笑ってくれたなら。

「イグニスイグニス。」

続けてそう言うと彼女はまた笑った。顔をあげたところで、自分の胸を叩いて自己紹介をする。

「サ・タ・ケ。サタケ。」

彼女に俺の意図は伝わったようだ。

「ミーヒャ。」

可愛らしい声でそう応えてくれた。

「いいですねサタケさん。そのままあなたの男性的魅力でその子を懐柔しておいてください。色々と好都合ですので。私は寝ます。」

「残念ながら俺にそんな魅力はない。…てかお前寝るのかよ、一応アンドロイドだろ。」

「私の頭脳は人間の脳を模して作られていますので、データを整理するために睡眠が必要となっています。3時間ほどでおきますので、サタケはその間起きて見張っていてください。それでは。」

そう言って目を瞑ると、まったく人間的に、スヤスヤと眠り始めた。

「………。」

「………。」

気まずい。そもそも言葉が分からないんだから話しかける必要もないし、気まずくなることもないんだけどな。

彼女からしたら、牢屋の中で急に下半身を見せつけてきた男と2人っきりにさせられたんだから気まずいというか身の危険を感じているだろう。

そもそも、彼女はなんで彼女は捕まっているのだろうか。気を失っていただけの俺たちも問答無用で捕まったことを考えると、狼人間たちと普通の人間の姿をした種族は戦争中なのだろうか。ダイアを起こして聞いてみようかと思ったが、どうせ大した分析はしてくれないだろうと考え直した。


ため息をついて牢の外を見ると、そこには狼人間が1人、立っていた。







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