アンドロイド
2030年ごろに人工知能のレベルが急速に進化して、科学は一気に進歩したという。
街中を人型のロボットが歩き回り、車は空を飛ぶ、ピカピカ光る高層ビルとプロジェクターに映し出されるリアルな広告。20XX年、ここがまさに未来だと誰もがそう感じるだろう。
「クァーー!クァー!」
部屋の外から、喉を絞りあげて出したようなダチョウの鳴き声、そして駆け回る足音が聞こえる。珍しいことじゃないが、一応確認しておかなければならない、それが俺の仕事なのだから。
俺の仕事は、約100匹のダチョウを管理することだった。管理と言っても、エサやり、各個体の体調管理なんかはだいたいAIとロボットがやってくれる。ただ研究によるとロボットだけが管理するより人間が関わっていた方が健全な発育に良いということで、特にやることもないが俺が配置されているのだ。
この世界では、生まれてすぐにAIに情報を提供するチップが埋められる。それによって15歳までのその人物の言動から適したそれぞれ仕事を割り振られるのだ。
俺が生まれる前からあるシステムだが、これを導入した時にはまあ、かなりの批判があったようだ。
しかし今はそんな批判もほとんどなくなった。そもそも人工知能とロボットの発達によりほとんどの仕事は無くなってしまった。それに、人類はどこかで自由というものに疲れてしまっていたのだろう、自由はないが、思い悩むことのない社会に次第に安寧を見出し始めたのだ。
今は時代がたどり着いた凪である、そんな感じがある。
AIが判断した俺の適正はこの仕事、ダチョウの管理人、もしくはセールスマンだった。どのみち俺はやりたいことなんてなかったし、より楽そうで、より意味のなさそうなこっちの仕事を選んだのだ。
建前ではダチョウが絶滅しないよう管理する施設ということになっているが、世界中に野生のダチョウは生きているし、日本でも動物園に行けばいくらでもダチョウはいる。はっきりいうと最も意味のない仕事の一つである。
しかしまあ、この意味のない仕事をこなせばそれなりに金がもらえてそれなりの生活ができる。
そういう社会なのだ。
もちろん、この社会でも意義のある仕事はある。
俺の仕事場のすぐ近くには、巨大な敷地を有するなにか物理学の研究所があった。
AIに、科学者になるべき頭脳と判断された人々が日夜働いている。この世界で数少ない意義のある仕事であり、最先端まで発達した科学のその先で、世界の仕組みを探求する、ある意味で最も意味のある仕事だろう。
俺は騒ぐダチョウを尻目に、地面に座って研究所を眺めた。
「しかしうるせえな。何を暴れてるんだこいつら。」
いつも以上に騒ぎ立てるダチョウの様子が少し気になり、俺は彼らを囲む柵の中に入った。
騒ぎ立てるダチョウを追い払うと、そこには1人の女性が倒れていた。
白いワンピース、どこかの制服だろうか?パリッとしたロングスカートのワンピースを着たその女性は、鮮やかな青い髪を持っていた。日本人ではないだろう、いや、何人だとも思えないその女性は目をつむっている。目をつむっているのをいいことに、俺は気づいたら彼女の顔を覗き込んでいた。
見たことがないくらい美しい女性だ。いったいどこから来たんだろう。
不意に、その女性は目を開けた。髪の色と同じ青い瞳は、人間離れした輝きを放っている。俺はその瞳から目を離すことができなかった。
彼女は弱々しく体を動かそうとする。
「大丈夫ですか?」
おそるおそる声をかけると、彼女は表情を変えないまま口を開いた。
「…コロス。」
「え?」
想定外の言葉が投げかけられる。その言葉を放った女性は、悪びれる様子もなくあたりをキョロキョロ見回した。
「…ここはダチョウの保護区域ですね。あなたが管理人ですか?」
「ええ、そうです。」
「そうですか、しかしこの鳥は別に絶滅しても構わないのかもしれませんね。」
なんてことを言うんだ。
どこからか迷い込んでダチョウ達に襲われて倒れていたんだろうけど、この辺りはそもそも人はいないし、どこから来たんだ。
彼女は立ち上がり服の汚れを払った。
「しかしやはり、人がいましたか。あなたでいいです。」
「はい?」
「現在、私のシステムは初期化されてしまっていて、人間の権限がないと作動できない機能が多くあるのです。そのため…」
ツラツラを訳の分からないことを話し始める。
「待ってくれ、何言ってるかわからない。まずあんた一体何者なんだ。どこから来た。」
「私は人型アンドロイド、ダイアです。あちらの先端物理研究所にてスリープモードにされていましたが、なんらかの要因で起動したため、先述の理由により人を探してここまで来ました。」
何かを読み上げるように淡々とそう言った。
アンドロイド。彼女の見た目、言動は確かにその発言に説得力を持たせるが、この国では人間と見分けがつかないようなロボット、人間的な思考回路を持った人工知能の開発は禁止されている。
それに、現代においてもここまで人間らしいアンドロイドを開発できるとは考えられない。
「アンドロイドってあんた。そんなもん信じられないぜ。」
「そうですか?これだけ科学が発達した社会で精巧なアンドロイドの存在くらい信じられないとは、想像力の乏しい人間ですね。それじゃああれも信じられませんか?」
彼女が指差す方には、まるで空間にヒビが入ったかのような大きな割れ目があった。広大に広がる草原の中、その割れ目の部分だけが光を反射していないのだろう、色を持たず、異様な雰囲気を放っていた。
「おおっ!なんだこれ!!」
「異世界への入り口です。おそらく。」
「異世界?」
「私の開発者は、この異世界に同行させるために私を開発した、はずです。
しかしなぜか博士は私を連れて行きませんでした。それどころかスリープして置き去りにしたのです。許せません。」
「待て待て待て、展開が早すぎて何言ってるかさっぱりだ。」
慌てる俺をじっと見て、こう言う。
「分からなくても、良いですよ。要するに、私と一緒に異世界に言ってくださいってことです。」
「異世界に!?」
青い髪のアンドロイドは、少し笑った、ように見えた。
「どうせ、暇でしょう?私は人手が欲しい、あなたは暇。良い取引じゃないですか。」
「勝手に決めつけるな!だいたい俺がいなくなったらこのダチョウ達はどうなるんだ!」
「どうなったって良いじゃないですか。それに、あなたがいなくても人工知能が自動で管理するんだから問題はありませんよ。」
「い、いやでも、完全に機械化するよりも人間が関わった方が健全に発達するっていう研究があるはずなんだ。」
ダイアは少しの間黙り込んだ。
「今検索しましたが、この論文はまったくサンプルが足りていません。あなたみたいな人にやりがいを与えるために適当に作られた研究でしょう。」
「そんな!?」
俺のこれまでの働きはなんだったんだ。
「あの割れ目がいつまで開いているかも分かりません。早く判断をしてください。私と異世界に一緒に行ってくれますか?」
「いや決められるか!!
一つも理解が出来てないのに。だいたい、あの割れ目を通るのは安全なのか?」
「知りません。でも決めてください。
もう一度聞きます。私と異世界に行きますか?」
俺は当然、断ろうとした。こいつの素性も異世界がなんなのかもよく分からない、別に今の生活に不満はないのだから危険な橋など渡る意味がない。
アンドロイドを名乗る青い髪の女の目を見て、キッパリと言い放つ。
「行きます。」
アンドロイドだかなんだか知らないが、とにかく彼女は美人だったのだ。