悪人と善人
ある国で、悪人が悪意を撒き散らしておりました。
ああしてやる、こうしてやる…、憎しみを叩きつけて、暴力的に過ごしておりました。
自分の感情を撒き散らすのは、とても心地の良いことでした。
毎日感情の的を求めて、街を徘徊しておりました。
ある日、激しい感情の衝突がありました。
悪人の感情の塊は、誰かの心をぶち抜きました。
悪人は、自分の悪意が人を殺せる事に気が付きました。
悪人は、自分の悪意でたくさんの人を殺しました。
やがて、周りに誰もいなくなったので、殺せる誰かを求めて徘徊するようになりました。
悪人が消えた町には、悪人がいたという伝説が生まれました。
悪人がいたという伝説を胸に、街に住む人たちは穏やかに暮らすようになりました。
ある国で、善人が愛を撒き散らしておりました。
ああしてあげないと、こうしてあげないと…、思い込みを押し付けて、陽気に過ごしておりました。
自分の感情を撒き散らすのは、とても心地の良いことでした。
毎日感情の的を求めて、街を徘徊しておりました。
ある日、激しい感情の衝突がありました。
善人の感情の塊は、誰かの心をぶち抜きました。
善人は、自分の善意が人を救える事に気が付きました。
善人は、自分の善意でたくさんの人を救いました。
やがて、助けて欲しい人に囲まれて身動きができなくなったので、救いを求める人を探して徘徊するようになりました。
善人が消えた町には、善人がいたという伝説が生まれました。
善人がいたという伝説を胸に、街に住む人たちは穏やかに暮らすようになりました。
ある国で、普通の人たちがおとなしく暮らしておりました。
こうしてやる…、ざまあみろ…、憎しみを叩きつけられて、過ごしておりました。
こうしてあげる、これが良いよ…、思い込みを押し付けられて、過ごしておりました。
ああしたい…こうしたい…、望みを飲み込んで静かに過ごしておりました。
誰かに感情を撒き散らされるのは、とても心地の悪いことでした。
毎日誰かの感情を受け止めながら、あてもなく街を徘徊しておりました。
ある日、激しい感情の衝突がありました。
悪人と善人が出会って、お互いの心をぶち抜いたのです。
悪人は、自分の悪意が善人を殺せない事に気が付きました。
善人は、自分の善意が悪人を救えない事に気が付きました。
普通の人たちは、黙って見ていました。
悪人は、自分の悪意がしぼんでしまった事に気が付きました。
善人は、自分の善意がしぼんでしまった事に気が付きました。
普通の人たちは、黙って見ていました。
何人もの人を殺してきた悪人は、ただの人になって普通の人に混じりました。
何人もの人を救ってきた善人は、ただの人になって普通の人に混じりました。
普通の人たちが暮らす街に、普通の人が2人増えました。
普通の人たちは、何事もなかったように、いつもの暮らしに戻りました。
どんな人も、いつかはただの人になるという伝説が生まれました。
いろんな人がいるという当たり前の事を胸に、街に住む人たちはみな、穏やかに暮らしているそうです。