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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

復讐法執行マシーン

作者: 野火AF子

「あれ、右手がドロボーで左手が性犯罪だっけ?」

「そう」


目の前をおどおどと歩き去っていく左手の無い男を見て、秋典(あきのり)が聞いてくる。


俺と秋典は幼稚園から大学までずっと同じ学校に通っている。腐れ縁だ。


「弁護士を目指すなら、いい加減覚えろよな『復讐法』は新しい法律なんだから」


「やだ、親友でしょ?サポートして欲しいナ!」


「…キモイ」


手をクネクネとさせてしなだれがかってくる髭面熊男、20歳。


「イヤ、正直な所、既存の法律を読み込むだけでもいっぱいいっぱいでな。正人(まさと)は『復讐法』に変に詳しいから助かるぜー」


凶悪犯罪が増え、闇バイトやらなんやらで未成年を利用した犯罪も増えた時。

復讐法が立案され、世間の意見はほぼ三分化した。


犯罪者が減るから歓迎だと称賛する派

人権侵害だと主張して断固反対する派

そして、この国で一番多い事なかれ主義派。


俺は称賛派だった。だから政党も立法を推進する党に投票したし、何ならパレードにも参加してねり歩いた。毎回じゃないけど、何回か。


あの時に見た、すれ違った歩行者の無関心な目。

車からこちらを邪魔そうに覗き見る迷惑そうな視線。


あいつらは自分や家族がその対象になるなんて、きっと爪の先ほども考えていなかったんだろう。


「結局この国は、なんでも他人事なんだよな」


「今となっては、全国民が執行を身近に感じているだろうけどな~」


『復讐法執行マシーン』は爆弾だ。

爆弾とは言ってもその本人以外には被害が及ぶものではなく、極々小さな爆弾だけど。

軽度の執行なら周囲にわかることはないが、見える場所、例えば手や腕、顔ならすぐにわかるし、近くにいれば血飛沫が飛ぶ。

スーパーで買い物をしていたら目の前で他人の指が爆発する、そんな世の中が今は普通だ。


執行される身体個所については裁判などで決まることも多いが、執行の多さからか簡略化され続け、被害者の意見があればそれが通るようになった。


万引きや窃盗は指1本~10本、爪1枚~10枚、手の筋、肘、肩、手首、脇の下と順番が決まっていて、手首以降は生死にかかわる事もある。

押し込み強盗や人に危害を加えたものは当然別の個所にもマシーンが追加される。


虐めや強姦、殺人は特殊で、マシーンを埋め込む場所は必ず被害者が選べる。

ほとんどのイジメ被害者は、加害者の顔に埋め込むことを選ぶ。

鏡を見るたびに思い出させるためだという。

強姦は顔のこともあるが、一番は性器。それか肛門だ。理由は知らない。


殺人は脳か心臓か、両目が選ばれることが多い。犯罪者と同じになりたくない、と両目を選ぶ被害者家族は意外と多かったのだ。

ただ、両目を失った後にすぐ自殺をする犯罪者の多さから、関係者や復讐法に興味を抱く者たちからは、一番効果的な刑罰だと密やかに語られている。





ピピピ、という電子音。

秋典の腕時計が鳴っているのを見て、俺は(まさか)と思う。


「あ、時間だ」


「お前、それ…復讐法執行命令マシーンか?」


黒光りする腕時計型のそれは、復讐法の執行命令を、犯罪者に埋め込まれたマシーンに送信する機械だ。


以前の死刑執行と比べても桁違いに膨れ上がった復讐法の施行待機数は問題になった。

その問題に対峙することを想定していた官僚が盛り込んでいた一文。


『執行は国民の義務である』


18歳以上の国民全員に義務化が告知され、同時に送られてきた腕時計型の命令マシーンも携帯義務になった。車の運転をするときに必ず持つ免許証と同じだ。

つまり、成人した国民がこの国で生きるための免許のようなもの。

通知音が鳴れば押す。ただそれだけの義務。


勿論、俺の腕にもはめられている。


身体的事情ではめられない人には首輪型の命令マシーンが送られて来るそうだが、装着している人間が歩いているのを見たことはいまだに無い。


「はぁ~、押さなきゃなぁ」


「…あー、俺ちょっとトイレに行ってくるわ」


「あれ、正人は押すの見たくないのか?」


誰かが執行ボタンを押すのを見たがる奴は多く、動画配信では一時期流行っていた。


「もうオワコンだろ」


「オワコンw久しぶりに聞いたなそのフレーズ。じゃぁ行ってる間に復讐法執行、済ませちゃうな。

近くのマシーンが爆発するんだから、一応気をつけろよ?血しぶきとか、服にかかったらやだろ」


「ああ」

俺は気のなさそうな返事をして、少し早歩きで公衆トイレに向かう。


マシーンが爆発する時、音は出ない。


見てわかる場所や人命にかかわる箇所じゃない限り、周囲にはバレないようになっている。

そこのところでは、人権保護派の意見が通ったのだ。



「あ」


喉の奥で小さな爆発が起こる。


悪口や嘘、名誉毀損で仕掛けられるのは、一度めは喉の声帯だ。

二度めは口蓋垂で、次は舌。

最後の舌の付け根は、運が悪ければ死ぬ。


しかし、俺を訴えたやつは誰なんだ。

多分あのパレードで目をつけられたんだろう。

あの時は参加者全員が興奮状態で、今までの死刑執行の遅さやそれに伴う死刑囚にかかった費用、逃走犯や証拠不十分での科刑の甘さなどを、実名を出して散々に糾弾したからな。


クソ、のどが痛い。


しばらく話せないぞ、これは。


告発者め、調べてやる。必ず突き止めて訴えてやるからな。



そう言えば最近、手首に嵌められない人に対しての人権侵害だとして、復讐法執行命令マシーンを赤ん坊の時に手首か耳に埋め込み、IDチップ化しようという動きがある。


この国のことだから、未成年や赤ん坊の執行命令マシーンに誤送信が起こるだろうな…



訳の分からない子供なら、自分の体の中から出てくる音に反応してきっと触ってしまうだろうな


……


それでも、復讐法は賛成だ。…賛成だったら。






了〆

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