第75話~王太子のあだ名~
曇り空の週末に、王城へと続く馬車の列。
その後方で、私とフロレンヌは順番待ちをしていた。
「申し訳ありません……ライリー様。もう少し、時間が掛かるかと思います」
花で溢れる車内。
満開のそれらよりも美しい親友が、外の様子を伺う。
「平気よっ! 私はお邪魔をしている身だし、気にしないでね? でも驚いたわ……『花の装飾』って、一大イベントなのね」
この長い車列は全て、ベイロッサ家から始まっている。
大量の花を乗せた荷馬車に、およそ130名の使用人とお弟子さん達――。
毎度この大所帯で、作業を行うらしい。
従って今日の王城やその周辺は、早朝から賑わっていた。
『チッ、今回も待ちか……』
クガイの代わりに護衛として無理やり連れてきた妖精仕様のヤプ(フロレンヌには見えない)が、わざとらしい溜め息を吐く――。
「しかも最近は検問が厳しいので、余計に時間を要するのです」
「そうでしょうね……」
フロレンヌの不満に、私は大きく頷いた。
城士に加えて、今日は軍の兵士まで警備に立っている。
クガイの話によると、3週間前に王城では『不審者による、侵入未遂』があったらしい。
被害は無かったものの、犯人には逃げられたそうだ。
(しかし何故、わざわざ王城へ侵入をしたのただろう? ブレイムを襲うのなら、前回と同じく外出時を狙う方が、報復リスクも低いのに……)
「フロレンヌ様、ライリー様。大変お待たせしてしまい、誠に申し訳ございません」
更に30分も待たされた後――門衛に見送られて、私達は城内へ入る。
(おぉぉー!)
人、人、人……。
この日の王城は、これまでの華やかな印象と大きく違って見えた。
忙しなく行き交う人々。
打ち合わせ・花や空間の装飾・清掃作業等……皆がひたいに汗をかいている。
「ライリー様っ! 私達も早速、廊下から始めましょう!」
フロレンヌとお弟子さん達(女性3人)が装飾を任されているフロアは、王太子であるオブジュ殿下の居住区だ。
その長い廊下には等間隔に、大きな花瓶が置かれている。これは王太子フロアのみの『特別仕様』だと聞かされていた。
「次に、白い花をお願いします」
「はいっ! ……これはもう少し、茎を切りましょうか?」
「そうですね! 素晴らしいバランスです!」
私は暫く(数時間)の間、フロレンヌの助手として作業をこなす。
学院では『恋仲』と疑われるくらいに距離を縮めていたおかげで、私と彼女の息はピッタリだ。
(会社員だったあの頃を、思い出すわ……)
長時間労働から得られる充実感が、なんだか懐かしく思えた。
「これで廊下は完了しました……後は『お部屋』になります」
「ええ」
(いよいよか……)
「オブジュ王太子殿下には、私からライリー様を紹介しますね」
「ありがとう、助かるわ」
「――失礼いたします」
ノック後に主から了解を得たので、5人が部屋へ入る。
「……」
お弟子さん達は、久々に拝見する美しい青年を前に、声を失っていた。
耳の下で切り揃えられた銀髪。
華奢な体格に、透き通る様な白い肌。
そしてブレイム(弟)とお揃いの、エメラルドグリーンの瞳……。
机の上でペンを走らせているのは、間違いなく『オブジュ・ハーロッジ王太子殿下』だ。
「オブジュ様、これより花の装飾に入りますね? こちらは本日お手伝いをお願いしている、ライリー・キュラス嬢です」
フロレンヌに続き、私も笑顔でお辞儀をする。
「ライリー・キュラスと申します」
「ああ……」
「父のイーサン・キュラスから『宜しく伝えて欲しい』と、言付かってまいりました」
「そうか……」
(噂は、本当だったのね)
目も合わさずに放たれる、いい加減な返事……別名『冷血のプリンス』に、嘘や偽りはなかった。
誰に聞こうと、オブジュ王太子の塩対応は有名だ。
他人を遠ざける彼が社交的なブレイムを妬んでいても、別に不思議ではない。
『……ちょっと、世紘っ! いい加減に起きなさいよっっ!』
『…………ぐぅ』
王太子の『裏側や魔法の有無』を探るべき肝心な場面で、胸元の妖刀は沈黙(爆睡)していた――。
約20分後、花を飾り終えたフロレンヌがオブジュに声を掛ける。
「作業が終りました。ではこれで、失礼致します」
「フロレンヌ、ご苦労だった……ライリーと言ったな? 君に頼みたい事がある。少し残ってもらえるか?」
「……?」「……?」
2人で顔を見合わせる。
フロレンヌの表情から『素直に応じた方が良い』と判断した。
「はい、承知しました」
「私達は他を手伝っております。ライリー様……後はお願いしますね?」
足早に部屋を出る、フロレンヌ一行。
室内には王太子と私……そして妖精の3名だけとなった。
「オブジュ殿下――『頼みたい事』とは何でしょう? 実は私も、お聞きしたいこっ……!?」
「ライリーッ!」
ヤプの声に『焦りと緊張』が混じる。
「ライリー・キュラス……これ以上、ブレイムには関わるな」
(速い……)
気付けば私の眉間スレスレまで、剣先が迫っていた――。
次回、第76話~敵対心(仮)~
明日か明後日に投稿予定です。




