第68話~爺ちゃんと孫娘(後編)~
ドックン、ドクッ、ドクッ、ドクッ……。
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ……。
真っ暗闇の中――先走る自分の心音が、大きく体内で響く。
部屋中に充満している冷気と狂気に、鳥肌は常に出っぱなしだ。
「……」
正体不明の、気配あり。
しかもこれは……生き物?
嫌悪、憎悪、敵意、殺意……今までに感じた事のない禍々しい空間が、私を取り囲む。
パキッ! パキパキッッ!
(もう、何っ!? 何なのっっ!?)
私は一歩も動いていない。
なのに板床から、他の振動は感じなかった。
(とすると……)
ピキッ! パキッッ!
これはおそらく、ラップ音――。
その尖った音は、まるで『威嚇』だ。
(せめて、灯りが欲しい)
全ての光が吸収された様な漆黒の闇に、目は慣れそうもない。
極度の緊張と不安から、声も出ない。
(ヤバいな……)
ブゥゥゥン!
「――!?」
恐怖から半歩後退りした瞬間に、それは飛んできた。
(なっ!? 今のは……まさか?)
恐る恐る手探りで、自分の外もも(太もも)を確認。
「痛っっ!」
ヤられた……視覚が使えない分、研ぎ澄まされた臭覚が、血の匂いを捉える。
私のスカートと太ももは、パックリ切られていた。
ブゥゥンッ!
さっきとは違う方向からの、もう一撃。
今回は敵の位置とスピードを耳で予測し、どうにか避けた。
(靴音に反応か……だから畳ではなく、板床なのね)
「ヴヴゥー」
怪奇現象に休憩は無く、次は男性の唸り声が耳に入る。
(怖っっ!)
『声を出すまい』と、私は強めに口元を押さえた。
部屋中から聞こえるうめき声は段々と大きくなり、突然プツリと途絶えてしまう――。
『オ……』
(今度は話をしているの? というより、脳に直接伝わって……)
『オモテ』
(おもて? いや、何!? 表……部屋の外ってこと!?)
『オマエ、オモテダケ、クエナイ』
(はっ? 『くえない』? ちょっと待って……餌じゃんっ! 私、生け贄じゃんっ! また騙されたわ)
『クエナイ、ノム……オマエ、アジナイ。ケド、タマシイ、ノム』
『あじないけど、のむ』って、水と同じ?
餌じゃなくて、飲料水なのね……私。
(つか、そんな事はどーでもいいわっ!)
自分の価値に、ショックを受けている場合ではない。
1ヶ所に留まっていては、敵にとって好都合。私はブーツを脱ぎ捨て、引きちぎった服で太ももを止血。それから滑る様に、暗闇を逃げ回った。
ブゥゥゥンッ。
ブゥゥンッ。
ブンッッ!
3段階のギアを持つ見えざる敵は、まるで刃のついたブーメランだ。
(そもそもこれって『対話』なの!?)
聞こえるのは空を斬る音と『生け贄=私』への不平、不満。
獲物を捕らえられない苛立ちから、うめき声も復活している。
(このままだと、刻まれるわね……)
肉体だけでは済まされない。
奴が本当に狙っているのは、私の『魂』だ。
「ヒッッ!」
冷たい風が舐める様に、私の頬を撫でる。
(……地震!?)
風から間もなく、足元が揺れた。
原因不明の揺れが収まると、視覚が機能し始める。
「うわっ……」
ようやっと視界が捉えたのは、歪んだ空間。
説明されずとも分かる……コレに飲まれたら、私の負けだ。
(とにかく、自分を保てっ! 見失うなっ!)
『オマエ、チガウ……オマエ、イラナイ、ツカエナイ、キエロ』
精神的にもがっつり獲物を追い込む、人見知りの化け物(姿は見えていない)。
要らないから『死ね』と?
冗談じゃないっ!
私はこの世界で、まだ何も成し遂げていない。
好きな人に、告白すらしていない。
キス1つ、王子から奪っていないっ!
「嫌よ……異世界まで来て頑張っているんだから、チューくらいさせてよ!? こんな所で死ぬなんて、絶対に嫌っっっ!」
……ブォォォンッッ!
「ぷはっ!」
暫しの沈黙の後――大きな風を浴びた。
私を通り越した風は速度を更に上げて、分厚い扉を切り刻む。
「……眩しっっ!」
外からの光で、大まかに部屋を把握。
(上の道場よりも広い……そして、ナニコレ?)
黒い塊?
細めていた目をゆっくり開けて、顔を近付ける。
「……うぎゃっ! 蛇っっ!?」
私の目の前では、宙に浮いた無数の黒い蛇が、身を寄せ合い、超高速でうねっていた。
暫くして、蛇は自ら作り出している塊の中央に吸い込まれ、濃紺の細長い物体が現れる。
「これは、鞘よね? ……えっ!? いつの間に!?」
左手には巾着袋。
右手には鞘と同じ色の『刀』が、しっかりと握られていた――。
次回、第69話~泣きたい昼~
明日か明後日に投稿予定です。




