第64話~豹変~
少し長めです。
「……失礼致します」
執務室の扉が開く。
(最小限の音……もしかして、人目を避けている?)
「アケビ様。先日は無理を聞いていただき、ありがとうございました。お陰さまで、長く抱えていた問題が解消されましたわ」
やはり来客は、フロレンヌで違いない。
「それは良かったですね? こちらとしましては、まさかそれが『親友を陥れる為』だなんて、思いにもよりませんでしたけど……貴女が『朝の庭園や、セレクタントの森をスケッチしたい』と言うから、私は案内をしましたのよ?」
「貴女には嘘をつく形になってしまい、申し訳ないと思っております。ですが……こうするより方法がなかったのです。ライリー様の自然なお姿や立ち振舞いを、私は知る必要がありました」
「……終わった事はもういいわ。で? 私に話したい事って何です? 『交流会(文化祭)』ですか? それなら貴女のご要望通りに、専用の作業室を確保しましたよ?」
アケビの言葉や口調に、無数の棘がある。
私にはクールな会長を装っていたが、本当は……。
(アケビったらっ! でも、ありがとう)
「その事なのですが……」
「まさか不満があるとでも? 最も日当たりが良く、教室からも一番近い場所ですが?」
「正直に申し上げますと、そうなりますね。もう少し日の光が柔らかく、人があまり立ち寄らない場所へ移りたいのです。そう、丁度このお部屋の様な……そうですわっ! 執務室をお借りできませんか?」
(生徒会長相手に、かなり挑発的だな……)
「この部屋を……ですか?」
アケビの声が、分かりやすく怒りで震えている。
「是非、お願い致します! 後、ライリー様は今どちらに? お会いしたいのですが?」
その一方で……少しも空気を読まない、フロレンヌ(天然か?)。
「『執務室の件』については、一応考えておきます。それと彼女なら、私は知りません。他を探したらいかがです?」
「そうですか? では、そちらにある2つのティーカップは、どのように説明をしましょう? それは好みが分かれる、グリーンティーですよね? ライリー様がお好きなのは、私も知っていますよ?」
(しまったっ! カップを持って、隠れるべきだったわ)
しかしアケビもまだまだ、負けてはいない。
「……ライリー嬢に会って、言い訳でもするおつもりですか? もう遅いのではなくて?」
「勿論『お茶会の件』は、謝罪をするつもりです。但し……どんなに拒否をしようと、私からは逃げられませんよ? 何よりベイロッサ家が、それを許しません。匿うのなら、侯爵家のご令嬢であろうと、貴女も同罪とします!」
「脅迫するつもり!? なんて、卑怯なっ!」
「……もういいわ、アケビ」
私は机の下から、顔を出した。
これ以上、親友を巻き込めない。
「やはり……こちらにいらっしゃったのですね?」
フロレンヌの表情が和らぐ――。
今の瞬間だけをキリトリすれば、どう見ても感動の再会だ。
「まだ私に、何か? フロレンヌ嬢? 『即刻、この学院から出て行け』と言うのなら、喜んでそういたしますわ」
「えっ……何故です!? どの様な理由があろうと、ライリー様は、学院に居なくてはならない存在です!」
「『何故?』って……貴女は先週、私の屋敷から引き返したじゃないっ!?」
「その件につきましては、大変申し訳ありませんでした……あの日は急用ができてしまい、どうしても帰らなければならなかったのです」
「へっ? 『急用』って、本当だったの!?」
「……? そのように、お伝えをした筈ですが?」
「……? なら、キュラス家の衰退は!?」
「衰退? まさか……他にも揉め事がっ!? でしたら私も、お力になります! 『貴女様を失う』なんて、考えられませんっ!」
(んんー? どうにも、話が噛み合わない気が……)
「……」
黙って首を傾げたままのアケビは、眉間に皺を寄せ、フロレンヌを凝視。
そしてようやく、声を出した。
「1つだけ……質問をしても、宜しいかしら?」
「ええ。何でしょう? アケビ様」
素でキョトン顔のフロレンヌ……こんな時でも、規格外に美しい。
「お茶会の日に入った、貴女の用事とは何です?」
「正直に申し上げますと、あの日は早朝にライリー様を拝見した際、それまで悩んでいた衣装のイメージが急に思い浮かびましたの……『早く形にしなければ!』と、急ぎ自宅へ戻りました」
「……衣装? イメージ?」
フロレンヌの口から出た単語を、ただ復唱するだけの私。
(駄目だ……全くもって、意味がわからん!)
「はいっ! 昨年、交流会での執事姿……『次にフラワー・ドレスを着るのは、ライリー様!』そう私は決めておりました! しかし、なかなか良い構想が出ずに、暫く悩んでしまいまして……スピーチ大会では制服を脱いだお姿から『閃きを求めた』のですが、それも駄目でした」
「だとすると? スピーチ大会で、私を睨んでいたのって……?」
「えっっ!? またやってしまいましたか? 実はお恥ずかしい話……私は新しい作品と向き合うタイミングで『世にもおぞましい形相』になるらしいのです。家族にも厳しく注意を受け、気を付けてはいるのですが、自分でも上手く制御ができません。ですのでもしお邪魔でさえなければ、この執務室を兼用で使用させてはいただけませんか?」
カミングアウト後、指先をモジモジ……顔を真っ赤に染めた、フロレンヌ。
「ははっ。そうだったんだ……」
何だろう? ドッと疲れた。
「それとこの事は、どうか内密にお願いしますっ! 周囲に知られてしまえば、家に迷惑が……」
「……どうします? アケビ会長?」
「仕方がないわね? 内密に、執務室の使用を許可します」
心なしか? アケビもこの短時間で、少し顔がやつれたみたいだ。
「ありがとうございますっ! 後……ライリー様? 卵が、出ていますよ?」
「卵? ……げっっ!?」
私は最後まで楽しみに取っておいたタマゴサンドを、見るも無惨に握り潰していた――。
次回、第65話~爺ちゃんと孫娘(前編)~
明日か明後日に投稿予定です。




