第62話~トラウマ(ユーセ・クフェアという沼……その5後編)~
「……やっぱりね」
彼等の動きが、手に取るようにわかる。
普段から手合わせをしているロドと比較すれば、幼児並みのスピードだ。
ドサッッ――!
「なんだとっ!?」
指示役の貴族が、用心棒の味気のない敗北に驚く。
各々の脇腹にたった一撃……峰打ちを与えただけで、早くも2人は倒れた。
「『女だから』と甘く見るから、そうなる。相手はロド・キュラスの孫……訓練を受けていても、何も不思議ではない。追加料金が発生するが、いいか?」
「分かった。騒ぎになる前に、早くしてくれ!」
「だそうだ……少し本気を出すぞ!? お嬢さん?」
大男は剣……ではなく、拳を構える。
刃物より、倍は厄介だ。
ドゴォォン!
「――つっ!」
(今のは危なかった……)
屋敷の塀に、3度目の亀裂が入る。
力もさる事ながら、スピードまで備わった敵の打撃に、一筋の汗が背中を流れた。
ここまでは回避したが、少しでも集中を欠けば確実に『一発終了』だ。
『……今だわっ!』
敵が打撃を仕掛けるタイミングで、その脇へ木刀を突き出す。
「チッ!」
舌打ちは私……折角の攻撃が、空を切ったからだ。
そして唯一の武器(木刀)は、敵の手に捕まる。
「棒切れで、何が出来る? 笑わせるなっ!」
そのまま折られた木刀。
ポトッ……先端が地面に落ちる。
「その棒切れを折っただけで、調子に乗らないでくれる?」
「生意気な娘だ……今すぐに、終わらせてやるっっ!」
目を見開いた大男が、拳を打つ――。
「……うっ、ぐっっっ!」
動かなくなった右腕と腹を抱えて、大男はゆっくりと尻餅をついた。
「ごめんなさいね? 言いませんでしたが、私……足も使えますの」
みぞおちへの中段蹴り――。
相手が体勢を崩した隙に、私は残った木刀で上腕骨を突いていた。
「小娘がっ! ふざけやがって!」
冷静を欠いた指示役の貴族が、剣を握る。
「……何をしているのですっっ!?」
敵の背後で、数多くの兵士を従えた侯爵令嬢のアケビが、仁王立ちで睨みを効かせていた。
「クソッッ!」
部下達を置き去りにして逃げた指示役は、数十秒で確保。
『待機していた』という黒塗りの馬車は、いつの間にか消えていたが、直ぐに今回の首謀者が明るみになり、ジジイ侯爵も重い罰を受けるだろう。
「ライリー様っ! お怪我はっっ!?」
そう主を心配するが、息苦しい様子の女性使用人。
私はなんとなく、ユーセの頭を撫でた。
「平気よ……それより、貴女こそ大丈夫? 1人で怖かったでしょう?」
小さく頷いた後、彼女は私の胸に顔を埋める――。
「……ありがとう、ライリー!」
「どういたしまして」
(何より、ユーセが無事で良かった)
私も多少腕が痺れているが、大きなダメージは負っていない。
これで一件落着かな?
「何故こんな事になったのっ!? 説明してっ!」
後始末を兵士に任せたアケビが、えらく怯えた目で、私を見る。
「そんな顔をしなくても……こうして、解決したじゃない?」
『違うっっ! 来ているのよ……彼女が!』
「えっ? 彼女って?」
「……もっ、もしや!?」
私とユーセはアケビの肩越しに、その先へと目を凝らす。
煌びやかな馬車……そこから1人の女性が降りる。
朝っぱらから光輝く、美女のオーラ。
間違いなく彼女だ――。
(なんでっ!? どうしてこんなに朝早く、フロレンヌがっ!?)
「私……急用が入りましたので、帰りますっ!」
あっさり私を……いや、キュラス家を見限った、フロレンヌ。
「――!? ちょっと待って! これには事情がっっ!」
「フロレンヌ嬢! せめて、彼女の話を聞いて下さいっっ!」
アケビと共に必死で引き留めたが、彼女は足早に、キュラス邸から立ち去ってしまう。
「……」
ユーセは何も言わず、その場にへたり込んだ――。
次回第63話~衰退の恐怖~
明日か明後日の投稿予定です。




