第60話~トラウマ(ユーセ・クフェアという沼……その4)~
いつもより長めです。
セレクタント城に身を寄せてから、1週間……ユーセは実に穏やかな日々を過ごしていた。
王国屈指の兵士が集う城。
その強固な守りは『王城と同等』と言われている。
これで彼女の安全は保証されたも同然だが、友人のメンタルを重んじる元・ライリーは、毎日様子を見に来ていた。
「ユーセ、お邪魔するわね!」
陽気な鼻歌混じりに、部屋へ入るライリー。
「ごきげんよう、ライリー様。今日はまた一段とご機嫌ですね? 何かありましたか?」
「実はねぇ……待ち望んでいた人が、やっと来たの! 『是非、ユーセ嬢に会いたい』そうだから、少しだけ付き合ってくれる?」
「構いませんが、一体どなたが?」
「それは……会ってからの、お楽しみですわ!」
(前に言っていた、騎士様かしら? そういえば、お会いしていなかったわね……)
城内で最も日の当たらない寒々しい部屋に、ユーセは案内された。
「私がドアを? ――!?」
ライリーに促されて扉を開けると、眼前の光景に言葉を失う。
足元にはセレクタントの屈強な兵士達が、何人も倒れていた――。
「……連れてきたわよ? 助けは呼んでいないし、これで満足? 執事を解放してもらえるかしら?」
「そう。それでいい……久し振りだね、ユーセ。ずっと会いたかったよ」
ヘッドロックをかけていた執事の首筋に、細長い針のようなものを刺すと……『ルタウ』が気味の悪い笑みを浮かべる。
「ちょっと! 約束が違うじゃないっっ!?」
あっけなく床に倒れた執事――ライリーがルタウを睨んだ。
「……次は、お前だっ!」
痩せこけた顔で目をむき出しにしたルタウは、ライリーを強引に引き寄せ、胸元からナイフを取り出す。
「ルタウ、どうしてこんな事まで!? ……もう嫌っっ! それほど憎いのなら、いっそこの場で私を殺しなさいっ!」
「ユーセ! 私は大丈夫だからっ! とりあえず、落ち着いて!」
頭に血の登ったユーセを、捕まっている側の子供がなだめる。しかしながら、全く聞き入れてはもらえない。
「その言葉を待っていた……やっとその気になってくれたね? 直ぐにでも『浄化』をしてあげたいが、此処は舞台に適していないな? そうだっ! 愛を誓ったあの丘で、今度は『永遠』を誓うとしよう」
「……どんな死に方でも結構です! ですから、ライリーには手を出さないで!」
「ユーセってばっ! 私は『大丈夫』だと言っているでしょう!? 貴女は絶対に渡さないわ!」
「五月蝿いんだよ!? お前はっ! 今すぐに黙らせてやる!」
「お願いっ! やめてっっ!」
ドゴォォン!
ナイフを持つ手に力が入り、ユーセが叫んだ瞬間――。
ルタウが背中をつけていた壁に、拳サイズの穴が空いた。
「うぐっっっ!」
気付けば穴(隣の部屋)から伸びた手が、ルタウの首を掴んでいる。
「……!?」
ユーセが状況を把握する前に壁一面が一斉に崩れ落ち、ロド・キュラスが姿を現した――。
「甘い香り。やはりこの毒だったか……お前達、もういいぞ? ご苦労だった」
「ハッ!」
倒れていた執事や兵士達が、次々と起き上がる。
「なっ、ん……だっ、とっっ!?」
「驚いたか? これしきの毒、セレクタントの兵士や使用人には効かぬ。耐性があるからな! ライリーやユーセ嬢の為に、解毒剤も用意してある。従って『浄化』は不可能だ。何と言うか……残念だったな?」
「浄化……?」
ユーセが呟く。
「そう……『白浄化草』だ。その毒は人間を仮死状態にした後、時間を掛けて全臓器を真っ白な灰にさせる。おそらくコイツは貴女を浄化させて、自分の側に置いておくつもりだったのだろうな」
ルタウの首から手を離し、ロドが諭す。
「もういいだろ? 罪に向き合え、ルタウ」
「貴様……よくもっっ!」
発狂したルタウが、ロドにナイフを突き立てた。
「懲りない奴だ……お前には、小刀すら抜く気になれん!」
ドカッッ!
ロドは無表情でナイフを払いのけ、軽めの拳を一発、ルタウの顔面に入れる。
「これで『追放』は完全に消えたな? もっと重い罰を受けさせてやるから、覚悟しておけ」
すっかり伸びた罪人は兵士に担がれ、雑に運ばれていった――。
「……」
「ユーセっっ! 大丈夫!?」
何も言わずにへたり込んだユーセに、ライリーが駆け寄る。
心配をする孫娘の隣で、ロドが頭を下げた。
「『危険人物』をただ追放するだけでは、貴女は勿論、モスカトアにとっても害になりかねない……とは言っても目的の為に敵を招き入れ、大きな恐怖を与えてしまい、誠にすまなかった」
「そんなっ! 私の方こそ助けて頂き、感謝しております。まさかライリー様の騎士が、ロド様だったとは……お手を煩わせてしまい、申し訳ありません!」
立ち上がろうとしたユーセがよろけて、再びへたり込む。
極度の緊張が解けた反動からか? 体に力が入らない。
「どうしよう!? ユーセがっ!」
今日初めて、焦りを見せたライリー。
「やはり、無理をさせていましたか……」
ロドがユーセを横抱きする。
「きゃっ!」
「医者に診てもらいましょう!」
「はっ……はいっ!」
ユーセはこれまでになく高鳴る心臓を、必死に両手で押さえつけた――。
◇◇
(吐きそう……)
昔の恐怖を思い出した、ユーセ。
強く拳を握り、歯を食い縛る。
「本日はベイロッサ家から来客があるそうですね? キュラス家ご自慢の庭園で、少し遊んで行きますかな?」
侯爵の取り巻きによる、理不尽で腹立たしい脅迫だが、ユーセの決断に迷いはなかった。
(今度は私が、キュラス家をっ!)
「侯爵様のご指示に従いますので、キュラス家には関わらないで下さい……」
「ほう。聞き分けが良くて助かります。では、参りましょう」
「はい……」
ユーセが下を向いたその時、背後から物凄く機嫌が悪そうな、女性の声が聞こえた。
「朝から人の屋敷で迷惑なんですけどっ!? つーか、ユーセは『絶対に渡さない』わよ?」
手には、木刀。
そして安定の寝巻き姿。
現・ライリー・キュラスの登場だ――。
次回、第61話~トラウマ(ユーセ・クフェアという沼……その5)~ユーセ編ラストです。
明日か明後日に投稿します。




