第57話~トラウマ(ユーセ・クフェアという沼……その1)~
「皆さん、今日は宜しくお願いしますね」
キュラス邸の庭園で1人……花に挨拶をする、女性使用人。
ライリー・キュラス主催の茶会当日――。
ユーセ・クフェアは誰よりも早起きをして、準備に勤めていた。
主は簡単に今回の茶会を決めたが、それは庭師のヤプを含めた使用人達にとって、何よりも優先すべき重大任務となった。
結果次第では解雇まであり得る。
まさに人生を掛けた、一大イベントだ。
本日の『核』……招待を受けた、フロレンヌの実家でもあるベイロッサ家には、王国を代表する最高峰の芸術家が名を連ねている。
一族は代々、どの貴族よりもセンスや品格を重んじており、実際にベイロッサ家が付き合いを断った貴族は、1つ残らず衰退していた。
今回の茶会。ベイロッサ家からの来客は令嬢1人だが、その確かな目利きは『あらゆるプロを凌ぐ』といわれている。
つまりは庭園やインテリア、服、おもてなし等……全てにおいてフロレンヌの審査をパスしなければ、キュラス家の将来に、暗雲が立ち込める事を意味していた。
今日だけは『品格』に対し、少しの綻びもあってはならない。
ユーセは、キュラス家の令嬢であるライリー対策として『何が起きようとも、寝巻きや下着姿で自室からは出るなっ!』と、イーサン(ライリーの父親)から注意をしてもらうよう頼んでいた。
(裏庭も異常は無し。次は……アプローチの確認ね)
屋敷から門までの道のりを、くまなくチェックする。
ゴミ1つが命取りになる為、客人が来るまではユーセや執事が交代で、広い庭を巡回しなければならなかった。
長い時間を掛けて、ようやく門扉の一部が視界に入った……が、ユーセはある異変に気付く。
(門衛がいない!?)
早足でアプローチを進むと、見えたのは門扉の外で倒れている、門衛2人だった。
「大丈夫ですかっ!?」
外へ出たユーセが、辛うじて意識がありそうな門衛の体を起こす。
「ユッ、ユーセ様っ! ここから離れてくださいっっ! 屋敷へ戻っ……」
門衛の体から、スッと力が抜けた。
「しっかりっっ! 人を呼んできます!」
「……そうはさせませんよ?」
背中に掛かる、低い声。
「誰っ!? ……!」
少し離れた木陰から姿を現す、数名の男達……。
その顔ぶれに、ユーセは顔をしかめる。
以前に舞踏会で絡まれた、あの年寄り侯爵の取り巻き達だ。
クガイの顔を見るなり尻尾を巻いて逃げ出した彼等が、ニヤリと彼女を眺めている。
100メートル程離れた場所には、黒塗りの馬車が待機していた。
軽く会釈をする、1人の男――。
「お迎えに参りました、ユーセ・クフェア嬢。貴女の婚約者である、我が主がお待ちです」
「婚約者!? そんな話……私は聞いておりませんっ!」
「それはそうでしょうね? 昨夜に決まったので。貴女様がまさか『伯爵家のご令嬢』だったとは驚きました。しかしそうと知れば、話は簡単です。我が主の申し出を、直属の部下である、クフェア伯爵が断るとは思えない……ですからこうして、直接貰い受けに来たのです」
『まただわ……』
過去の忌まわしい記憶が、ユーセの体を小刻みに震わせていた――。
次回、第58話~トラウマ(ユーセ・クフェアという沼……その2)~
明日投稿予定です。




