第4話~ク○ガキと理不尽~
「……何でカボチャ? 意図が分からないんだけど!?」
『――!?』
ノックも無しで、いつの間にか少女が部屋に入っていた。
濃紺の襟つきシャツに同色の膝下スカート――服装は地味だが、深緑の長い髪を耳の下で2つに結った、大きな瞳の可愛らしい女児だ。
おそらく森で遊んでいた3人目の使用人だろう。年齢は、ギリ小学生くらいか?
「それをどうするの? ライバル令嬢でも殴り殺すのかしら? 随分と下品で幼稚な発想ね」
ヤプの情報は正しい。
口が悪く、生意気なクソガ……お子様だ。
「違うわ! 魔法で、馬車にするのよ!」
「『魔法で馬車?』誰がそんな術を使えるの? 聞いた事も見た事もないけど? イノシシ相手に頭でも打ったんじゃない?」
(この異世界って、妖精はありなのに、魔法の類いはなしなの!?)
『成功の鍵その1(カボチャの馬車)』は使えないか……そもそも、何でカボチャなんだっけ?
確かカボチャの馬車とガラスの靴さえがあれば、王子と結ばれると記憶していたのだが……。
(うーん、所々思い出せない……こんなことなら幼少期に、絵本を読んでおくべきだったわ)
私は幼い頃から、非現実的な世界にあまり興味が湧かなかった。幼稚園児で初恋と失恋を経験する程に、現実を生きる子供だったのだ。
「言葉に気をつけなさい。貴女はライリー様の使用人なのですよ? 『ネム・ストック』」
ユーセの指導が入る。
(ネムねぇ、名前と顔は可愛いのに……)
「どうせ偽物だし、こんなのライリーじゃないっ!」
「元の持ち主は忘れろ……彼女はもういないんだ」
ヤプがややキツい口調で、ネムを諭す。
クガイは、黙って会話を聞いていた。
一方で、子供に『こんなの』扱いをされた伯爵令嬢。
しかし今の私は、それどころではない――。
「元の持ち主!?」
全身に悪寒が走る――。
よくよく考えてみれば、今回の転生は誕生からじゃない。
「私は……他人の『命』を奪ったの?」
王子だの舞踏会だのと浮かれていた自分に、吐き気がする。
『もしそうだとしたら……』
「勘違いをするな! 何もかも、元の持ち主が願った結果だ……後任にお前を選んだのだって、彼女だしな」
付き合いが長い妖精(友)の言葉。
しかし『はいそうですか』とは、素直に納得ができなかった。
『願った』って、何で?
不自由のない生活に、恵まれた容姿。一体何が不満だったのだろうか?
「とても信じられない……真実を話して!」
「ヤプの話は本当です。私もつい3時間程前に、本人より貴女様を任されました」
「私も同じです」
ユーセとクガイが頷く。2人の表情を見るに、嘘はない様子だ。
「まあそうだよな? 疑うのも無理はない。金持ちの優しい両親に、気心が知れた使用人達と頼りになる親友……彼女自身も戸惑い、悩み、苦しんでいた」
ヤプが溜め息混じりに、窓から森を眺める。
「少し長いが、話をする必要があるだろう――」
妖精からの提案。部屋の空気がより重たくなった。
何か深く悲しい事情があったのかも知れない。
だからと言って私だけが知らないのは気分が悪いし、今後の作戦には、少なからず影響が出る。
婚約(条件)を達成する為にも、私はヤプに説明を求めた。
それから、約1時間後――。
「そう……ゲプッッ!」
私の腹は、ハーブティーですっかり満たされていた。
確認がてら、ヤプの長話を要約する。
「つまり、救世主(条件を達成させる者)として産まれた前・ライリーは、この世界である男性に恋をした」
「ああ」
「でもその相手は、此処とはまた別の異世界へ転生してしまい、彼女は原始救世主の特権である※転生の権利? を使用して、彼を追う事に決めた」
「そうだ」
「しかし……既に進行中の条件と救世主の器(体)は、継続させるのが鉄則。だからどうしても中身の替えが必要で、私を選んだと?」
「その通りだ!」
以下、妖精による補足1――。
※転生の権利とは、条件達成が難しくなった際に、1度だけやり直しが効く権利。それまで暮らしていた世界とは異なる世界へ転生し、新たな条件が与えられる。但し権利発動は前条件に対し、達成率30%以上の後任者を探し出せた者に限る。
以下、私の感想――。
『……自分勝手じゃね?』
こちらから見れば、単なる駆け落ち(逃げ)でしかない。無責任にも程があるでしょ!?
因みにこの世は(補足2)、私が元々暮らしていた世界の他に此処を含めて2つの異世界があり、互いが存在することでバランスを保っている。
トライアングル状の3つの世界……その1辺でも崩壊すれば、他の世界にも連鎖してしまい、全てが元の『無』へ戻るのだ。
それを阻止するべく、各々の世界には、複数の救世主がいるらしい。
選ばれし者達が、数ある条件を『1人につき1つ以上』達成させる事で、3つの世界が破滅(崩壊)へと導かれない様に調整をしている。
もっと言えば、前・ライリーの恋人も、その救世主とやらに選ばれていた。
この世の『要』同士に生まれた恋……引かれ合う『何か』があるのだろうか?
長話の補足2で付け加えられた重大な事実に、私はただただ驚いた。
「……結局、私達は捨てられたのよ」
肩を落とした少女が嘆く。
「ネム! 何度も言っただろ!? 生まれながら(原始)の救世主に限っては『協力者』も条件未達成で処刑される――彼女はお前達を巻き込みたくなかったんだ。いい加減に、理解をしろ!」
「でも……それでも私は、一緒に行きたかったっっ!」
『ヤプ・ネム』の口論が激しくなる。
他の2名は、彼等の仲裁に入った。
「……」
いやいや、私は?
グルグルに巻き込まれてますけど!?
条件未達成で、処刑されますけど!?
そう怒りのツッコミを入れたかったが、一応新たな救世主? として冷静を装い、どうにかその場を納めた。
皆の協力が得られなければ、成し遂げるのはおそらく不可能だろう。
『屈辱に耐え、感情を殺す』
それもこれも全部、森のプリンスと結ばれる為だ――。
『あっ!』
イケメン(仮)使用人の顔面を拝み忘れた。
この空気で言い出すのは……無理だな。
また今度にしよう。
次回、第5話~消えた主(ネムの葛藤その1)~