第37話~完璧な呪い~
「さぶっ! もうっ! どんだけ待たせるのよ!?」
冬休みから8日目の午後、私とクガイはセレクタントの森へ来ていた。
雪こそまだ降ってはいないが、冬にわざわざ森へ入った理由……それは勿論、未来の旦那様(予定)の為だ。
ネムの占い(殆ど予知)によると、ブレイム殿下の出現率が最も高いのが、今日の14時頃らしい。
「こんな馬も入れない場所まで、わざわさ歩いて来るのかしら? とても考えられないわ」
指定されたポイントは森の奥。
木がわりかし密集していて、人が辛うじて歩ける程度の道幅だ。
馬車で森の手前まで行き、そこから30分のハイキングの末、ようやく目的地へ到着。
そして現在――寒空の下でクガイと2人、時折落ち葉を蹴り上げながら、20分もの時間を過ごしていた。
「しかもあの子達は、1人も付いて来ないしっ!」
ユーセは、数量限定販売の薬草を求めて王都へ。
ネムはデート。
アケビは『学生スピーチ大会の地区予選』に参加をする為、一旦自宅へ帰った。
(この機会を利用して『恋心の在り方』をとことん教えてもらいたかったのにっ! ……結局、何も分からないままじゃないっ!)
「……クガイ?」
「はい」
「暇だから、メガネを外して」
「お断りいたします」
「ケチくさっ! そんなに勿体ぶっていると、ハードルが無駄に上がるわよ?」
「はーどる? ……何と言われましても、緊急時以外は外しません」
もはや2人の間でお約束となっているこの会話。あの『女子会』以降、クガイは意思表示(主に拒否)をするようになった。
それまでの彼には、常に心の壁的なものを感じていたのだが、少しは破壊されたのだろうか。
(女子会へ『強制参加』をさせた甲斐はあったかな?)
「……ライリー様」
クガイの声に緊張が混じる。
「何? ブレイム殿下が来たの?」
「殿下かどうかは分かりかねますが、血の匂いがします。おそらくこの森で争いが起きているのかと……まだ少し距離があるので、直ぐにこの場から離れてください」
「争い!? 冬だというのに、また猪でも出たのかしら?」
(王子は大丈夫なのか?)
「獣ではありません。人間同士の……! 匂いが急に濃くなりました。早急にお逃げくださいっ!」
剣を抜いたクガイ――。
見えない『敵?』に、早くも臨戦態勢だ。
「貴方も逃げて!」
「対象の移動速度が思ったより速く、一緒に逃げても見つかる可能性が高いのです。私が足止めを……危ないっ!」
私を背に、クガイが剣を振る。
彼の足元には矢が2本、真っ二つに切られていた。
(凄っ! 一瞬で!?)
「(早く)逃げてくださいっっ!」
「……そうするっ!」
『私は邪魔でしかない』
自分の役割りを見極めて、助けを呼びに走り出そうと拳を握った直後、微かに声が聞こえた。
「死ねぇぇぇー! ブレイムッッ!」
(――なっ!?)
「クガイッッ! ブレイム殿下が襲われているわ!」
「殿下がっ!?」
「間違いない! この先を真っ直ぐ行ったところ! イケる!?」
「……御意!」
「ぎょっ、御意!? ……って、もう見えない」
それまでに見た誰よりも、駿足のクガイ。
私も彼に習い、全速力で馬車へ走った――。
それから約1時間半後――。
伯爵夫妻が不在のキュラス邸は『瀕死の王子』でパニックに陥っていた。
ブレイムを襲った犯人は5人組。
クガイの存在に気付くと、散り散りに逃げたという。
森に残されていたのは、怪我を負った意識不明のブレイムのみだった。
「ユーセ、殿下は!?」
私は肌着姿で複数の毛布を抱えている。
屋敷への移動中、急激に体温が下がるブレイム。自分のコートや服をかけても効果は得られず、屋敷に着くなり、とにかく毛布をかき集めた。
「足や肩の傷は、それほど深くはありません。ただ……」
傷口を再度確認すると、ユーセが息を飲む。
「強力な『呪い』がかけられています」
「呪い!? それって……」
「この騒ぎは何なの!? 空気も濁っているし、とりあえず換気をしたら?」
帰宅したばかりのネムが、入り口に群がる他の使用人を掻き分けて、客室へ入る。
そしてベッドに寝かされたブレイムを見るなり、彼女は口を覆った。
「これって……」
「そう『呪い』です。私もここまでのものは初めて見ました。どの類いの術かさえ分かれば『薬』が調合できるのですが、傷口に残る筈の痕跡が消されていて、その糸口すら掴めません……」
ユーセが毛布を捲り、ネムに傷口を見せる。
「確かに、完璧な呪いね……私が『見る』わ! 過去に手掛かりがあるかも!」
「ネムってば、過去まで分かるの!?」
ツンデレ小悪魔娘が、今日ばかりは天使に思えた。
「過去は未来より簡単に見えるのよ。断片的だけどね。それで? 何でまた、貴女は下着姿なの?」
「そんなことより、早くっっ!」
「分かったからっっ! 急かさないでよ」
ネムが目を閉じる――。
「ネムッ! ヤメなさいっっ! やはりこの呪いは、何かおかし……」
怯えた様子のユーセが止めに入るが、既にその声は届いていなかった。
『ドックン……』
その瞬間、私の心臓が大きく音を鳴らす。
口から一筋の血を流し、目を剥いてネムはその場に倒れた――。
次回、第38話~神聖領域~




