第1話~転生意義(前半にプロローグを含む)~
私は今……開始されたばかりの新たな人生で、命の危機に晒されている。
季節は秋。
場所はぼっちの森。
目の前には猪。
おまけに、熊よりデカイ。
奴の滴るヨダレから察するに、どうやら私は食料と認定されたらしい。
(ていうか、こんな『肉ナシのまな板女』相手に食欲なんて湧くのか!?)
その流れで、何気なく自身の胸元に視線を落とす。
「えっ!? マジッッ!? なんでっっっ!?」
なんという奇跡!
恋い焦がれたバストが、見事に実っているではありませんか!
己の女性らしい肉体や、桜色が美しいロングのつや髪を指先で確認後、私は敵から目を逸らさずに立ち上がった。
(この難局さえ乗り切れば『今度こそ』幸せになれるっ!)
しかし身なりは白いドレス……違う? 生地の質からして寝巻きか?
勿論、武器はなんも無し。
さて、どう戦う?
いや、逃げるか?
「……よしっ! 登るっっ!」
私は速攻で、すぐ側にある木に飛びついた。
「痛っっ!」
ささくれ立った木の皮が、素足に刺さる。
隙を突かれた猪が寝巻きの裾を引きちぎり、中身のデカパンが露になる。
しかしそんなことはお構いなしに、私はより高さを求めた。
数分後――。
「ガルルルルル……」
悔しそうに、下から獲物を睨む猪。
「アンタに木登りは無理でしょ? 諦めなさいっ!」
安全を確保した私には、すっかり余裕が生じていた。
「……ドスンッッ!」
「何っ!?」
敵の頭突きで木が大きく揺れる。その威力からして、折る気満々だ。
「ひぃぃぃっ!」
数撃で斜める命綱(木)に、私は情けない悲鳴を上げる。
(嘘……私の容姿端麗な人生、もう終わりなのっ!?)
地上の猪まで、後1メートル足らず。
私の命が、再び果てる直前だった――。
「グギャァァー!」
たった1本の矢で、奇声を発した巨体が簡単に倒れる。
「大丈夫ですかっっ!?」
折れかけた木の先端にて、ナマケモノと化した女。
そこへ躊躇なく差し伸べられる、紳士の手。
「ハイ、大丈夫です……」
非常に分かりやすい展開だか、単純な私の脳内には、秒で花が咲き乱れた――。
◇◇
「ちょっと何なのっっ!? やっと転生が成功したのに、あの方が来なかったら、あっさり死んでたじゃないっ!」
死亡回避から2時間後――。
森からそう遠くない屋敷の自室で着替えと傷の手当てを終えた私は、到着したばかりのエルフ相手にクレームをつけていた。
「いや、スマン。転生先が想定外だったもんで、準備や書類作成に手間取ってな? 迎えに行くのが遅くなった」
手のひらサイズのおっさんが、角刈りの白髪頭を掻く。
そう……このつなぎ服を着た小さな彼が、私の担当妖精『ヤプ』だ。
私はヤプの紹介で、中世ヨーロッパ風味の異世界へ転生――そして現在に至る。
……ん? ヨーロッパ? 屋敷の廊下で動物を模した日本の赤い郷土玩具を見た様な気がするが、あの時は『前世の影響』からまだ脳がバグっていたのだろうか? 今は正常に戻っているといいが……。
「で? 此処はどこ? 私は誰? 屋敷住まいなら当然、お金持ちよね?」
ほぼ勝ち組で確定だか、前回の失敗を思うに、一応確認は必要だ。
「場所はセレクタント。この国の王が住まう城から少し離れた、まだ自然が多く残る長閑な町さ。そしてお前の名は『ライリー・キュラス』……キュラス伯爵夫妻の1人娘だ」
「ふーん、まあ合格ね。鏡はある?」
「そこだ。まさかお前が越えていたとはな……」
「えっ、なに? よく聞こえない」
「いや、なんでもない……」
少し疲れた様子で飾り棚に置かれた手鏡を指差す妖精。
私は深呼吸をした後、品定めの最終事項と向き合う。
種族 人間
性別 女性
身分 貴族
スタイル 良き
バスト かなり良き
残すは『顔面レベル』……これが最も重要だ。
前々回の顔はフルメイクを施し、ひいき目に見て中の下。おまけに体の方も、凹凸無しの残念なポテンシャルだった。
前回は……もはや『人』ですらない。
初転生の直前『要望があるなら3秒以内に言え』と、流星群を背にしたヤプから説明を受けた私。
『女!』『巨乳!』
コンプレックスの呪縛もあり、そう叫ぶのが精一杯だった。
そして今回。
モォォー、失敗は許されない。
これが定められた、最後の転生だ。
『人間、美女、金持ち』
厳選した欲まみれの言霊に、私は全てを賭けたのだった。
次回、第2話~標的~