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10. お嫁さんになるのは。

 『出前中』の札を『営業時間終了〜また明日お越しくださいませ〜』の札に替える。紫水が三杯のラーメンを作る間にも数人の客が来て、


「ああ、もっと早く来れば良かったな。紫水さんのラーメンは本当に美味しいから、お前にも食べて欲しかったのに」


 などとぼやいて帰った。

 実際に彼の作るラーメンが美味しいのもあるが、そういえばこちらには古風な店が多い。その中で“ラーメン”というのは、“月の側”の住人には非常に刺激的で革命的な食べ物なのかもしれない。


「はい。お福は量少なめ、のり増量、たまごトッピング、スープ濃いめ、麺硬めね」

「わーい! お姉ちゃんはオプションなしの普通のラーメンなんだ」


 わたしのラーメンを横目で見て、ふふんと鼻を鳴らす。


「きよのちゃんもなにかトッピングする? 僕のおすすめはチャーシュー。三日前から仕込んでるんだ」

「じゃあ、もらおうかな」

「オーケー。僕も食べようっと」


 どんぶりの端に載せてもらったチャーシューが、深い茶色の醤油スープに少し沈み込む。スープと同じくらい茶色のチャーシューは味が沁みていて美味しそうだ。


 わたしを挟んで座った紫水が嬉しそうに箸を割る。お福はどうしてか機嫌が悪く、不貞腐ふてくされつつラーメンを啜った。


 小麦風味の麺が素朴な味であるぶん、チャーシューのガツンとくる濃い味が次の一口を誘う。すぐに歯で噛みちぎれて、それでいて肉肉しい食感は残っている。

 恐怖心が喉を塞いでいるような感覚があったが、ラーメンの美味しさに救われた。とは言っても、半分まで一気に食べたところで苦しくなって一度箸を置いた。


 わたしが食べているのを見ていた紫水のどんぶりには、まだたっぷり麺が残っている。食べないのと問うように彼のほうを見ると、心配そうな顔に出くわした。


「大丈夫? 苦しい?」

「少し。喉が詰まった気分になってる。でもゆっくり食べるからラーメンはこのままにしておいて」


 紫水は頷き、一口だけ麺を啜った。もう箸を置いてしまう。


「紹介をしていないね。こちら、お福。狐族の五歳。水証会で育っていて、普段は会が所有する家に住んでいる。こちら、松ヶ谷きよのちゃん。“陽の側”から来た、僕の婚約者」

「婚約した覚えはないけど⁉︎」

「えっ、もしかして紫水くんとの結婚を嫌がってるの?」

「そりゃそうでしょ。突然結婚なんて言われても……」

「ありえない! だったら福に紫水くん譲ってよ! そもそも“陽の側”から来たってだけで紫水くんと結婚出来るってこと自体ずるいのに。もう福にはその可能性はないんだから」


 意図がよくわからず、間抜けな顔を晒す。彼女はさらに怒ったようにわたしの腕をぽかぽかと叩く。とは言え五歳の力は可愛らしいものだ。


「紫水くんほど素敵な人はいないよ! 福は生まれたときから紫水くんのお嫁さんになりたいんだから」

「お福が赤子の頃、僕はおむつを替えているんだよ。僕にとっては妹みたいなものだ。ほら、そんなにきよのちゃんを睨むのはやめて……」

ひとと福はライバルなんだからね! 福がお嫁さんに選ばれてみせるんだから。明日もここ来る。ごちそうさま!」


 勝手に恋敵宣言をして、彼女は店を出て行った。ぴょこんと尖った耳が歩くたびに揺れるのを、わたしたちは見送った。

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