07_食事
「あのエルフ、ユンナだろ」
「……」
ユンナが消えた後、エドアルドが聞いてきた。
いやいやいや。"捕縛"の魔術に拘束されて絶体絶命でも、友達についてペラペラ話すわけにはいかない。
あたしは沈黙を保つ。
エドアルドも返事を期待したわけではなかったようだ。動けないあたしに構わず、カツカツと靴音を立てて狭い店内を見てまわる。
「盗品専門のユンナの骨董店か。長い間探してたんだが、城から目と鼻の先にあったんだな」
盗品だらけの店内を見渡し、彼は顔をしかめた。
そう。ユンナは今まで、彼女を血眼で探しまわってた騎士団や宮廷魔術師から、完璧にこの店を隠していた。なのに、こいつに追尾されてるとは知らず、あたしが迂闊に訪ねたせいで見つかってしまった。
ユンナに見捨てられても仕方ない。彼女はもう、ここでの商売を諦めざるを得ないだろう。
あーあ。悪いことしちゃった……
猛烈に落ちこんでると、眼鏡男はわけのわからないことを言い出した。
「……とりあえずこの店のことは置いておく。飯食いにいくぞ。干しパンの礼だ」
「干しパンの礼」
「お前、ろくに食ってないんじゃないのか。顔色がよくない。頬もこけてる」
「はぁぁあ? 何いってんの、失礼にもほどがあるわ!………まぁ、お金がないのは事実だけどね、誰かさんのせいで盗掘失敗したし!」
ヤケクソになって非難すると、彼はうんうんと頷く。
「やっぱりな。もっと肉つけないと体を壊すぞ。とりあえず飯だ」
……なにこのひと。オカンなの?
唐突なお誘いに戸惑っていると、タイミングよくあたしのお腹が、ぐうう……と鳴った。
「飯」の一言に、お腹が素直に反応したらしい。我ながらさもしい……
「……ほんとにご飯食べるだけ? 何もしないって"星神"に誓える?」
「誓う」
「へえ。ほんとに誓うんだ」
あたしは目を丸くした。
"星神の誓い"は、この世界では非常に重い意味を持つ。特に、魔術師や神官にとっては命をかけるのと同義なのだ。
そんなわけで、エドアルドの誘いをとりあえず受けることにした。まずは"捕縛"の魔術を解いてもらわないと、どーにもならんし。
「わかった……ご飯行くからこの魔術解いて」
「お前も暴れたり逃げたりするなよ。あと盗った本は返せ」
「はいよー」
やる気ない返事を確認して、エドアルドは小さく呪文を呟き、"捕縛"の魔術を消した。自由になったあたしは、懐から出した本をむすっとしている男にしぶしぶ手渡す。
彼はそれを受け取って、改めて転移魔術を行使した。
++++++
移動先は、あたしが絶対に行かないような上品なレストランだった。
「えー……ここ、すっごく高そうなんだけど」
「お前に払わせるつもりはない。ちなみに僕はここの常連だ」
「え、なに。嫌味?」
涼しい顔をしている男に、べーっと舌を出す。
平然と店に入っていく男のうしろに、おそるおそるついていく。
落ち着かなくて、きょろきょろと店内を窺う。おや、高そうな皿とか壺が飾ってありますね。
「店のものをじろじろ見るな」
欲しいなぁ……と思ったのがバレたのか、エドアルドに怒られた。すいまへん。
あたしたちは個室に案内され、向い合わせで席に着いた。エドアルドはてきぱきと料理を頼んでいく。
あたしはフードの下に顔を隠しながら、じっと相手を観察していた。やっぱり、エドアルドに悪意とか敵意はないようだ。
……本当に、あたしにご飯を奢るだけなのかな。よくわかんないやつだなぁ。
困惑してる間に、料理が次々と運ばれてきた。
おいしそうなにおいを前に、お腹はくうくううるさく鳴る。でも、あたしは手をつけるのを躊躇っていた。
「……毒は入ってないぞ」
警戒を隠さないあたしに、眼鏡の魔術師は苦笑を浮かべた。
「そんなに疑うなら毒味してやる」と料理を少しずつ自分の皿に取り分け、全種類口にしていく。
うん。たしかに毒は入っていないようだ。
あたしは意を決して、手前のカトラリーを手に取った。そして────最初は遠慮がちに食べてたのに、途中から料理に夢中になっていた。
「おいしいー!肉やわらかー!」
歓声をあげて夢中で食べながら、ふと頭に浮かんだ疑問を口にする。
「ほおして、あたひにほんなほとひてんの?」
「食いながら喋るな……」
「……どーしてあたしにこんなことしてんの?」
ごくんと飲みこんで尋ねると、エドアルドはきれいな顔をしかめる。
「…………別に、意味はない」
「でも、宮廷魔術師が盗賊と馴れあっても得することなんてないでしょ」
「…………お前は命の恩人だから、それだけだ」
「命の恩人……?」
意味がわからない。
フォークをくわえてきょとんとしていると、エドアルドは気まずそうに目をそらした。
「あの小部屋に飛ばされたのは、間違いなくお前のせいだが………食料も分けてくれたし、寒さから守ってくれただろう。魔術を封じられた僕だけなら、あの部屋から脱出できなかった」
彼はひどいしかめっ面で「ありがとう」と小さく礼を述べた。
「そんなにお礼言いたくないなら、別に言わなくてもいいんだよ……?」
生温い視線を投げかけると、男はこほんと咳払いした。
「……恩人が捕まって、火炙りになったら忍びないからな。これ以上悪事を働かないと約束するなら、お前をこの国から逃がしてやってもいい」
「えっ……」
「それにお前は、貴重な若い"人狼"だろう。生きて血を残すべきだ」
エドアルドはごく真剣に言った。
おぉ……なんという渡りに船。それにあたしの種族のことまで考えてくれるなんて……すっごくいいやつ……!
まぁ母からは、「種族問わず好きな男と添い遂げなさいね」と言われてるんだけどね。
「ほんとに助けてくれるの?」
「ああ」
「あのね、実はあたし……今日を最後に盗賊から足を洗って、遠くの国に行くつもりだったんだ」
もしかしたら本当に、危ない橋を渡らずにこの国をを出れるかもしれない。それが嬉しすぎて、思わず席を立ってエドアルドに抱きついた。
「ありがとうっ!!」
「おい、やめろ……!」
魔術師は赤くなってあたしをべりっと剥がす。
なんだこいつ。スカした美形眼鏡のくせに意外と純情だな。
すごすごと大人しく席に戻って食事を再開すると、エドアルドも気を取り直して、話を続けた。
「……行くならサリエラ王国辺りがいいだろう。あの国は少数種族にも寛容だし、遺跡に潜れる優秀な探索者を探してるらしい。応募するなら、推薦状を書いてやってもいいぞ。採用されるかは実力次第だけどな」
「え、すごく嬉しいけど……なんでそこまでしてくれるの」
「だから、ただの礼だ」
「ふーん」
「それに僕は犬派だから……」
「なに?聞こえない」
「何でもない」
エドアルドは"人狼"の耳でも拾えない小声で何か言うと、するっと話を変えた。
「そもそも、お前はどうして盗賊になったんだ」
「んー。それがねぇ」
ギルドでの出来事をかいつまんで説明すると、エドアルドの眉間の皺がどんどん深くなっていった。眼鏡の奥の切れ長の瞳も、危険な光を帯びていく。
「……許せんな。僕の方で調べてみるから、そいつの名前を言え」
あたしが名前を教えると、エドアルドは「……お前は苦労したんだな」とそっと嘆息した。
……かつて、あたしに狼藉をはたらいたギルドの男が、ほかのメンバーへの恐喝罪で捕まったと風の噂で聞いたのは、それから少し後のこと。
余罪がありそうだなぁとは思ってたけど、エドアルドはあっという間に、その証拠をおさえたらしい。
あのひと有能そうだもんね。眼鏡だし。




